#007「通り雨」
@三宮地下街
アツコ「定時で上がろうとテキパキこなせばこなすほど、仕事が増える摩訶不思議」
カズアキ「手伝わせて悪かった。今度、肉か魚をご馳走するから。それとも、このまま谷上までついてくるか?」
アツコ「改札口で引き返します。そろそろ、食べ放題にお得感を見出だせない年齢なんですけど?」
カズアキ「ホテルだが、バイキングじゃなくてディナーのほうだ」
アツコ「助かりますけど、よしときます」
カズアキ「提案じゃなくて、命令にしようか?」
アツコ「パワハラで訴訟に踏み切られたければ、どうぞ」
カズアキ「おぉ、やめてくれ。胃が痛くなる」
アツコ「だって、裏があるでしょう?」
カズアキ「まぁ、ここで餌付けしておけば、また助けてもらえるかな、という腹積もりがあるのは事実だな」
アツコ「心算が口から漏れてますよ。――あっ」
カズアキ「隠すつもりも無いからな。――どうした?」
*
ナオミ「ヘヘッ。こうやって並んで歩いてると、デートみたいですね。手を繋ぎましょうよ。あっ、腕を組むのもアリですよ?」
イヅミ「距離を空けたほうが良さそうですね」
ナオミ「冗談、冗談。そんな、あからさまに拒絶しないでくださいよ」
イヅミ「花時計前まで見送るつもりでしたが、この辺で」
ナオミ「待って、待って。ワガママ言いませんから、そばにいてください」
イヅミ「谷崎さん。念を押すようですが、改札口までですからね?」
ナオミ「分かってますよ、先輩。今日のところは、それで我慢します。本当は和田岬までついてきて欲しいところですけど、仕方ありませんね」
イヅミ「下心が隠しきれてませんよ。――あっ」
ナオミ「つい、本音がポロッと。――どうかしましたか?」
*
@同、カレー料理店
カズアキ「ここは、トンカツのシーエムでお馴染みの、某有名企業の系列店だから」
イヅミ「だから、カツカレーなんですね。――ところで、本当によろしいのですか? 僕たちまで御馳走になってしまって。半分、出しますよ」
カズアキ「いいから、奢らせてくれ。高級店なら経費で落とすし、ここは一人千円もしないから」
イヅミ「そうですか。ご馳走さまです」
カズアキ「いえいえ。話を変えるけどさ。不審に思わないよう、先に断っておくが、俺と中嶋は、あくまでも仕事上の関係でしかないから」
イヅミ「こちらも、お断りしておきますが、僕と谷崎さんとは、職場が同じと言うだけです」
カズアキ「そうか。それを聞いて安心した。てっきり俺は、修羅場に居合わせたかと思ったものだから」
イヅミ「僕も同感です。ホッとしました」
カズアキ「文化系草食男子と体育会系肉食女子。良い具合に釣り合いが取れてるじゃないか。頑張れよ。応援してるぜ」
イヅミ「ありがとうございます」
*
ナオミ「全然振り向いてくれないと思ったら、やっぱりお相手が居たんですね」
アツコ「ごめんなさいね。横取りしてしまって」
ナオミ「良いですよ。お似合いですもん。話は変わりますけど、樋口さんって、いま誰かとお付き合いされてますか?」
アツコ「さぁ。この夏に三年ほど付き合ってた彼女と別れてから、浮いた話ひとつ聞かないわね。もしかして?」
ナオミ「ヒヒッ。そうみたいです」
アツコ「一回り近く歳の差があるわよ?」
ナオミ「恋に障害は付き物ですよ。むしろ、そのほうが燃えます」
アツコ「あらまぁ。――そろそろ席に戻らないと」
ナオミ「そうですね」