#006「末摘花」
@北野坂おえかき教室
ナオミ「センパァイ、聞いてくださいよ」
イヅミ「すみません。いま、レッスンノートの記入で手が放せない状況です」
ナオミ「それじゃあ、耳だけ傾けてもらえれば良いです。昨日、家に帰ったときの話なんですけどね」
イヅミ「僕は、まだ、伺うとも伺わないとも返事してませんよ、谷崎さん」
ナオミ「折り畳みテーブルの上に書き置きがあって、彼の荷物がキレイさっぱり無くなってたんです。まぁ、尚美が使うものや、二人で使ってたものは、ちゃんと全部残ってましたから、物盗りの被害が無かったことは、不幸中の幸いかなぁと思いますけど」
イヅミ「スルーされたことは不問に付すとしましょう。――その彼とは、半年ほど前から同棲されてる方のことですか? たしか、お笑い芸人さんでしたね」
ナオミ「そう、その彼なのよ。朝、出勤する時は普段と一緒だったのに、急すぎるわ。しかも、彼のほうは前々から計画してたみたいだし。もう、ヒドイでしょう?」
イヅミ「おやおや。昨年のミュージシャンといい、今度といい、よく同棲相手が消えますね。何か種や仕掛けでもありそうです。フフッ」
ナオミ「マジックじゃないもん。プンプン。それもこれも、和泉先輩が悪いんですよ?」
イヅミ「どうしてでしょう? 心当たりはありませんね」
ナオミ「和泉先輩が尚美と付き合ってくれないから、変な虫が寄って来るんです」
イヅミ「責任転嫁しないでください」
ナオミ「ねぇ、付き合ってくださいよぉ」
イヅミ「再三申し上げるようですが、謹んで、お断りします」
ナオミ「いつだって、素気無く断るんですから。あっ、そうそう。和泉先輩は、神戸育ちですよね?」
イヅミ「えぇ、そうですよ。岡本に実家があります。山形から、何かお便りがあったんですか? 紅花の季節は、もう過ぎたと思いますが」
ナオミ「収穫期だとしても、東置賜には帰省しませんよ。帰ってすぐに父親から『庄内の中学校で体育を教えてる人なんだが』とか何とか見合い写真を見せられたり、弟嫁さんから『独り身は苦労が多いでしょう』とか何とか上から目線で自慢半分に憐れまれたりするのは真っ平ゴメンだもの」
イヅミ「どちらも、谷崎さんの将来のことを心配しての発言だと思いますけどね」
ナオミ「そうだとしても、余計なお節介よ。こっちはアーバンに生きるって決めたんだから。日照りにも大雪にも悩まされたくないわ」
イヅミ「まぁ、生き方は個人の自由ですからね」
ナオミ「そうでしょう? だから、付き合ってくださいよ。付き合ってケロ」
イヅミ「山形弁で甘えても駄目です。それに、そこで順接の接続詞を使うのは、日本語として誤りだと思いますよ」
ナオミ「何にも間違ってませんよ。すべての尚美問題が、これで解決するんですよ?」
イヅミ「あいにくですが、僕にも、お付き合いする相手を選ぶ自由がありますから」
ナオミ「んもぅ、ツレナイなぁ」