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#042「時は流れて」

@夙川駅

∞十年後

ナオミ「和泉さん、お久しぶり」

イヅミ「あぁ、尚美さん。ご無沙汰してます。だいぶ大きくなりましたね」

ナオミ「えぇ。誰に似たのか、暴れん坊でね。ドコドコ遠慮容赦なく蹴られて、堪らないわ」

イヅミ「ということは?」

ナオミ「お察しの通り、また男の子なのよ」

イヅミ「三人とも男の子とは、大変ですね」

ナオミ「ホントに大変だと思うなら、下の子を和子ちゃんと交換してよ」

イヅミ「いま二人は、山形のご両親が面倒を看ているんですか?」

ナオミ「いいえ。宮崎のお義姉さんが来てるの。家の中を駆け回ってるんじゃないかしら」

イヅミ「今度は、また宮崎に帰られるんですか?」

ナオミ「いいえ。一人目のときは宮崎、二人目のときは山形だったから、三人目はココで良いだろうって。孫の顔を見せるという義理は果たしたわ」

イヅミ「なるほど」

ナオミ「欲を言えば、一人くらい女の子を産んでおきたいところだけど、もうすぐ五十歳だもんなぁ、一陽さん。まぁ、無事に生まれて、スクスク育ってくれれば、それだけで満足よ」

イヅミ「そうですね。副頭取になられたそうですが、お元気ですか?」

ナオミ「相変わらずよ。昇進してから責任ばかり重くなってかなわない、なんてブツブツ文句を言ってるけど、あたしに言わせれば、自慢したくてウズウズしてるだけね」

イヅミ「ハハハ。その通りですね」

ナオミ「言ってくれるわね。まぁ、良いわ。忙しいでしょうけど、たまには二人を連れて遊びにいらっしゃいよ。甲陽園だから、ちょっと不便だけど」

イヅミ「近いうちに伺いますね。そちらも、お暇があれば」

ナオミ「えぇ、伺うわ。でも、子供たちには留守番させようかしら。和子ちゃんと違って、お行儀が良くない腕白小僧だから」

イヅミ「それは残念ですね」

ナオミ「アラアラ、心にも無いことを。嵐に遭わずに済んでホッとしたんじゃなくて?」

イヅミ「エヘヘ。正直に言えば、ヤンチャな二人組に来られたら、手に余るだろうなと」

ナオミ「そうでしょう?」

駅員「夙川、夙川です。本日も、阪急電鉄をご利用いただきまして、まことにありがとうございます。この電車は、折り返し、甲陽園へとまいります」

ナオミ「着いたみたい。それじゃあ、この辺で失礼して」

イヅミ「ごきげんよう」

  *

トヨタロウ「各務先生」

イヅミ「あぁ、豊太郎くん。学校帰りかな?」

トヨタロウ「はい。今の女性、谷崎先生では?」

イヅミ「そうだよ。子供に囲まれて、てんやわんやしてるんだって」

トヨタロウ「教室をお辞めになっても、お忙しそうですね。そうそう。お姉ちゃん、無事、推薦に通りましたよ」

イヅミ「そう。合格したんだ。会ったら、おめでとうと言ってあげないと」

トヨタロウ「飽きっぽいけど、要領は良いから、だそうです」

イヅミ「かもめちゃんの口癖だね」

トヨタロウ「それから、僕も」

トヨタロウ、封筒を手渡す。

イヅミ「何だろう? わぁ、凄い。個展を開くんだ」

トヨタロウ「御堂筋にあるギャラリーをお借りすることができましたので。それほど広いスペースではないんですけどね」

イヅミ「これから、どんどん大きくなるさ。若手実力派アーティスト、トヨタロウ・モリ」

トヨタロウ「プレッシャーになりますから、そこまでにしてください」

イヅミ「ちょっとイヤラシイ話になるんだけどさ。ここ、心斎橋の一等地だよね? よくパトロンが見つかったね」

トヨタロウ「実は、篤志家がいましてね。手紙と一緒に小切手が投函されていたんです。ただ、振出人に面識がなくて。向こうは、僕のことを知ってるみたいなんですけどね。この名前に、見覚えはありますか?」

トヨタロウ、手帳を指差して見せる。

イヅミ「よく知ってるよ。忘れたくても、忘れられない名前だね」

トヨタロウ「どういう方ですか?」

イヅミ「怪しい人物ではないことは、僕が保証するよ。だから、安心して。(梅田に行くつもりだったけど、ひと駅手前で降りようかな)」

  *

@中津の雑居ビル

イヅミ「こんにちは、あしながおじさん。酒屋の息子は、やっぱりお金持ちですね」

ヨウゾウ「馬鹿を言うな。全額、弁護士として稼いだ金だ」

イヅミ「僕に言ってくれれば、快く取り次いだのに」

ヨウゾウ「会わないほうが良いと思ったんだ。顔を知らないほうが、ありがたみが増すだろう?」

イヅミ「陰ながら応援し続けて、有名になったら名乗り出るつもりですか?」

ヨウゾウ「そんな下心はない。ただ純粋に、次世代を担う若者を応援したいだけさ」

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