#041「予行演習」
@銭洗弁財天宇賀福神社
アツコ「洗うだけで元本の何倍もの利子が付くっていうんだから、大した利回りね。優良証券だって、ここまで増えないわよ」
イヅミ「銀行員らしい発想ですね」
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@鎌倉市御成町
イヅミ「アイスキャンディーを買ってきましたよ。イチゴとキウイ、どっちが良いですかって、ちょっと、敦子さん」
アツコ「わたしじゃないのよ。この右手が、勝手に」
イヅミ「まだラフなのに。ちゃんと色付けしてからお見せしようとしてたんですよ? 出来上がってからのお楽しみにしててくださいと、描く前に言ったじゃありませんか」
アツコ「下書きでも、充分見る価値があるわよ。弁財天でしょう? 美人に描けてるじゃない」
イヅミ「反省してませんね。悪戯なお嬢さんには、差し上げません」
アツコ「ごめんなさい。つい、出来心だったんです」
イヅミ「よろしい。好きなほうを、どうぞ」
アツコ「やったぁ。キウイをいただくわね」
イヅミ「着色料無しで、生のフルーツを使った健康志向だそうです」
アツコ「ウゥン。冷たくて美味しいわ」
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@鶴岡八幡宮
イヅミ「しっかり結んで、ギュッと掴んできましたか?」
アツコ「えぇ、もぅ、それはそれは入念にね。大凶を強運に変えてきたわ。――和泉さんの鳩ストラップは緑だったのね」
イヅミ「えぇ。正確には、根付というそうですよ。敦子さんのは何色ですか?」
アツコ「わたしのは紫だったの。無くさないうちに付けようっと」
イヅミ「お揃いが増えましたね。今度は小町通りを散策して、江ノ電に乗りましょう」
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@藤沢市片瀬海岸
アツコ「街中を縫うように走ってたと思ったら、急に海が見えてきたから驚いちゃった」
イヅミ「ここまで生活に密着した路線も、全国では少なくなってるそうですよ」
アツコ「情報源は、尾崎さんかしら?」
イヅミ「正解です。次は、水族館に寄りますよ。クラゲの展示が見所だそうです」
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@藤沢市江の島
イヅミ「さぁ、描いたものを見せてください」
アツコ「駄目よ。とても見せられたものじゃないもの。アァッ」
イヅミ「すみません。右手が勝手に動きました。これは、アザラシですか? それとも、アシカかな?」
アツコ「ペンギンよ。氷の上を滑ってたのが面白かったから」
イヅミ「今度は、立ってるところを描きましょうか。あと、ペンギンは鳥類ですから、嘴がありますよね? まぁ、これはこれで、独創的で良いですけどね。僕には、真似できません」
アツコ「もぅ。無理に褒めなくて良いわよ」
イヅミ「怒らないでくださいよ、弁財天様」
アツコ「誰が弁財天よ」
イヅミ「さっきは言いそびれたんですけど、この絵のモデルは、敦子さんなんです」
アツコ「ナッ。わたし、こんな美女じゃないわ」
イヅミ「そうですか? 僕には、こう見えてるんですけどね。――あっ、どこへ行くんですか?」
アツコ「テッペンまで競争よ」
イヅミ「そんなに走らなくても、いいじゃありませんか。待ってください」
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@龍恋の鐘
アツコ「汗ビッショリね、和泉さん」
イヅミ「ですから、エスカーに乗りましょうと言ったんです。僕は、敦子さんほどタフではありませんから」
アツコ「よく食べて、よく動くことよ。人間、身体が資本なんだから。さぁ、鐘を鳴らしましょう」
イヅミ「その前に、ひとこと言わせてください。――わたくし、各務和泉は、世界中の誰よりも、敦子さんのことを愛しています」
アツコ「そんな。突然、改まっちゃって。どうしたのよ?」
イヅミ「いえ。ちゃんと好きだと伝えてなかったと、ずっと思ってたものですから。さぁ、鐘を鳴らしますよ」
♪鐘の音。
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@江の島のイタリア料理店
アツコ「江の島だけあって、ピザにもシラスが乗ってるのね」
イヅミ「名産ですからね。――海が、よく見えますね」
アツコ「本当。見晴らしが良いわね」
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イヅミ「本当は、こんな近場ではなく、パリやナポリにでも行けたら良かったんですけど」
アツコ「無理に背伸びすることないわよ。素敵なところじゃない、江の島。日本語が通じるし、海外に比べれば、ずっと治安も良いし。少しずつ遠出して、旅行に慣れることにしましょう」
イヅミ「いつか必ず、海外に行きましょう」
アツコ「そうね。でも、まずは国内線に乗れるようにならなくちゃ」
イヅミ「そこなんですよね。離陸するときの揺れに対する恐怖感を、何とか克服しないと」
アツコ「飛行機は滅多なことでは墜落しないし、日本の航空会社は海外よりずっと安心だから。まぁ、何事も場数を踏むことよ。飛行機に乗れるようになれば、本州を出て、北海道にも沖縄にも行けるわ」
イヅミ「北海道へは、新幹線でも行けますよ?」
アツコ「揚げ足を取らないの」
イヅミ「すみません。鋭意、努力いたします」
アツコ「ウフフ。二人一緒なら、きっと何だってできるわ。本番は、これからよ」
イヅミ「長いリハーサルでしたね。フフッ。これから、ですね」
アツコ「そう。これから、夏がやってくるわ」
イヅミ「そうですね。もうすぐ、七月ですからね」




