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#041「予行演習」

@銭洗弁財天宇賀福神社

アツコ「洗うだけで元本の何倍もの利子が付くっていうんだから、大した利回りね。優良証券だって、ここまで増えないわよ」

イヅミ「銀行員らしい発想ですね」

  *

@鎌倉市御成町

イヅミ「アイスキャンディーを買ってきましたよ。イチゴとキウイ、どっちが良いですかって、ちょっと、敦子さん」

アツコ「わたしじゃないのよ。この右手が、勝手に」

イヅミ「まだラフなのに。ちゃんと色付けしてからお見せしようとしてたんですよ? 出来上がってからのお楽しみにしててくださいと、描く前に言ったじゃありませんか」

アツコ「下書きでも、充分見る価値があるわよ。弁財天でしょう? 美人に描けてるじゃない」

イヅミ「反省してませんね。悪戯なお嬢さんには、差し上げません」

アツコ「ごめんなさい。つい、出来心だったんです」

イヅミ「よろしい。好きなほうを、どうぞ」

アツコ「やったぁ。キウイをいただくわね」

イヅミ「着色料無しで、生のフルーツを使った健康志向だそうです」

アツコ「ウゥン。冷たくて美味しいわ」

  *

@鶴岡八幡宮

イヅミ「しっかり結んで、ギュッと掴んできましたか?」

アツコ「えぇ、もぅ、それはそれは入念にね。大凶を強運に変えてきたわ。――和泉さんの鳩ストラップは緑だったのね」

イヅミ「えぇ。正確には、根付というそうですよ。敦子さんのは何色ですか?」

アツコ「わたしのは紫だったの。無くさないうちに付けようっと」

イヅミ「お揃いが増えましたね。今度は小町通りを散策して、江ノ電に乗りましょう」

  *

@藤沢市片瀬海岸

アツコ「街中を縫うように走ってたと思ったら、急に海が見えてきたから驚いちゃった」

イヅミ「ここまで生活に密着した路線も、全国では少なくなってるそうですよ」

アツコ「情報源は、尾崎さんかしら?」

イヅミ「正解です。次は、水族館に寄りますよ。クラゲの展示が見所だそうです」

  *

@藤沢市江の島

イヅミ「さぁ、描いたものを見せてください」

アツコ「駄目よ。とても見せられたものじゃないもの。アァッ」

イヅミ「すみません。右手が勝手に動きました。これは、アザラシですか? それとも、アシカかな?」

アツコ「ペンギンよ。氷の上を滑ってたのが面白かったから」

イヅミ「今度は、立ってるところを描きましょうか。あと、ペンギンは鳥類ですから、嘴がありますよね? まぁ、これはこれで、独創的で良いですけどね。僕には、真似できません」

アツコ「もぅ。無理に褒めなくて良いわよ」

イヅミ「怒らないでくださいよ、弁財天様」

アツコ「誰が弁財天よ」

イヅミ「さっきは言いそびれたんですけど、この絵のモデルは、敦子さんなんです」

アツコ「ナッ。わたし、こんな美女じゃないわ」

イヅミ「そうですか? 僕には、こう見えてるんですけどね。――あっ、どこへ行くんですか?」

アツコ「テッペンまで競争よ」

イヅミ「そんなに走らなくても、いいじゃありませんか。待ってください」

  *

@龍恋の鐘

アツコ「汗ビッショリね、和泉さん」

イヅミ「ですから、エスカーに乗りましょうと言ったんです。僕は、敦子さんほどタフではありませんから」

アツコ「よく食べて、よく動くことよ。人間、身体が資本なんだから。さぁ、鐘を鳴らしましょう」

イヅミ「その前に、ひとこと言わせてください。――わたくし、各務和泉は、世界中の誰よりも、敦子さんのことを愛しています」

アツコ「そんな。突然、改まっちゃって。どうしたのよ?」

イヅミ「いえ。ちゃんと好きだと伝えてなかったと、ずっと思ってたものですから。さぁ、鐘を鳴らしますよ」

♪鐘の音。

  *

@江の島のイタリア料理店

アツコ「江の島だけあって、ピザにもシラスが乗ってるのね」

イヅミ「名産ですからね。――海が、よく見えますね」

アツコ「本当。見晴らしが良いわね」

  *

イヅミ「本当は、こんな近場ではなく、パリやナポリにでも行けたら良かったんですけど」

アツコ「無理に背伸びすることないわよ。素敵なところじゃない、江の島。日本語が通じるし、海外に比べれば、ずっと治安も良いし。少しずつ遠出して、旅行に慣れることにしましょう」

イヅミ「いつか必ず、海外に行きましょう」

アツコ「そうね。でも、まずは国内線に乗れるようにならなくちゃ」

イヅミ「そこなんですよね。離陸するときの揺れに対する恐怖感を、何とか克服しないと」

アツコ「飛行機は滅多なことでは墜落しないし、日本の航空会社は海外よりずっと安心だから。まぁ、何事も場数を踏むことよ。飛行機に乗れるようになれば、本州を出て、北海道にも沖縄にも行けるわ」

イヅミ「北海道へは、新幹線でも行けますよ?」

アツコ「揚げ足を取らないの」

イヅミ「すみません。鋭意、努力いたします」

アツコ「ウフフ。二人一緒なら、きっと何だってできるわ。本番は、これからよ」

イヅミ「長いリハーサルでしたね。フフッ。これから、ですね」

アツコ「そう。これから、夏がやってくるわ」

イヅミ「そうですね。もうすぐ、七月ですからね」


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