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#038「夙川にて」

@大師踏切

♪踏切の警報音。

イヅミ(朝は小雨が降ってたけど、昼前には止みそうだ。午後のスケッチには丁度良い天気になったものだ。傘は、もう畳んでおこう)

女子学生(チッ。普通か)

♪列車の通過音。

イヅミ(川沿いのルートでも良いんだけど、ガード下を潜りたくないんだよね。小さい時ほどではないけど、列車の通過するガガッガガって音が苦手だから。それに、バーベキューや露店は禁止されたけど、観光客で渋滞してそうだし)

女子学生(貨物でも良い、特急でも良い、新快速でも良い。早く手前の線路を通過してくれ)

♪踏切の警報音。

イヅミ(遮断機の高さって、潜るにも跨ぐにも戸惑う高さだよね。よく考えられてるものだ)

女子学生(よし、来たっ)

女子学生、遮断機を潜り、飛び出す。

イヅミ「あっ、危ないっ」

イヅミ、傘で女子学生のリュックを引っ張り、遮断機の手前に引き戻す。

女子学生「キャッ」

♪列車の警笛音と通過音。

女子学生、臀部を摩り、立ち上がる。

女子学生「イタタタタ。何するのよ」

イヅミ「それは、こちらの台詞。何がしたかったのさ?」

女子学生「あんたには関係ないじゃない」

イヅミ「言ってくれないなら、勝手に推測するよ。そこのキャンパスの学生さんかな? でも、二回生までは稲野だし。成人してるにしては、少し幼いような。十九歳かな? 大台に乗る前は悩むよね」

女子学生「ジロジロ見ないでよ。変態。エッチ」

イヅミ「あっ、ポケットに文庫本を入れてるね」

女子学生「どこ見てるのよ。もぅ。警察呼ぶわよ」

イヅミ「呼んでもいいけど、今見た一連のことを話すよ? この子が列車に飛び込もうとしたんですって。それでも良いの?」

女子学生「何なのよ、あんた。あたしに構う必要なんか、これっぽっちも無いじゃない」

イヅミ「あっ、表紙の一文字が見えた。城、だね。志賀直哉でしょう? 当たりかな?」

女子学生「わかった。あんた、この先の教会に居る牧師なんでしょう? 悪いけど、勧誘なら他を当たってちょうだい」

イヅミ「あの教会はカトリックだから、牧師じゃなくて神父だよ。どちらにしても、宗教でもセールスでもないよ。ただ、その自暴自棄な姿が、昨年の僕に似ていると思ってさ」

女子学生「だから何だっていうのよ?」

イヅミ「別に。本当に飛び込むかどうか、次の新快速が通過するまで、もう一度よく考えてごらん。この路線は山手線ではないし、確実にフェータルな傷を負うよ。じゃあね」

イヅミ、踏切を渡る。

♪踏切の警報音。

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