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#036「劇薬」

@岡本の邸宅

タカムネ「薬袋(みない)李雄、弁護士。フッ。甲斐の虎か」

リオ「たしかに、娘と一緒で寅年ではあるけどね。いやぁ、やっぱり議員の先生は、歴史が好きだね。英雄伝を読んでは、自分が織田信長や徳川家康になった気になるんでしょうな。結構なことだ。だがしかし、そんな人間に、足軽や商人の気持ちが理解できるのかな?」

タカムネ「余計なお世話だ。減らず口を叩いてばかりだな」

リオ「喋ってナンボの商売をしてるからね。いくらでも喋るよ。オヤオヤ? よく見ると、襟のフラワーホールに付いてるのは、議員徽章だね。それも、政令指定都市のだ」

タカムネ「ようやく気付いたか」

リオ「でも、徽章なら俺も持ってるもんね」

リオ、財布から徽章を取り出す。

リオ「どうだ、凄いだろう。こっちは、天秤のマーク入りだぞ」

タカムネ「近い、近い。そこは、焦点距離より、はるか内側だ。剥奪されてしまえ」

リオ「ねぇねぇ、名前は何て言うの? 情報の非対称性を是正しないと、不公平だと思うんだけど?」

タカムネ「勝手にベラベラ喋っただけであろうが。誰が、貴様なんぞに名乗るか」

リオ「いいもん。和泉くんに訊くから。――ねぇ、和泉くん。パパの名前は?」

イヅミ「各務高宗です」

タカムネ「コラ。勝手に教えるんじゃない」

リオ「高宗か。呼びにくいから、たっくんって呼ぶね。そうそう、こっちにゲストルームがあるんでしょう? 亜弓ちゃんが言ってたけどさ。腹を割って、しっぽり話し合おうじゃないか、たっくん」

タカムネ「貴様をゲストと認めた覚えは、一度も無い。この、脳内花畑の馬鹿者が。――国北。この変態をつまみ出せ」

アユミ「致しかねます、旦那様」

リオ「嫌よ嫌よも何とやらだもんな。こう見えて結構、力持ちなんだぜ? よいしょ」

リオ、タカムネを担ぎ上げる。

タカムネ「やめないか。よせ。下ろせ。おい、どこへ運んで行くつもりだ。――和泉、国北。あとで話がある。覚えておけ」

アユミ「ごゆっくり」

リオ、タカムネを担いだまま退室。

イヅミ「放置していいのかな?」

アツコ「いいの、いいの。毒を以って毒を制す、よ。――亜弓さんも、わたしの隣に座りなさいよ。主人の目も無いことだし、訊きたいことが山ほどあるの。もし、戻ってきても、わたしが無理矢理引き止めて、座らせたことにするから」

アユミ「そうですか。では、失礼して」

  *

アユミ「可愛かったんですよ。亜弓ちゃん、亜弓ちゃんって言いながら、わたしのエプロンの紐を持ってついて来たり、お勝手に忍び込んで、大旦那様にお出しするお酒を呑んでしまったりして。大人がご機嫌で呑んでる物だから、さぞかし美味しかろうと思ったんでしょうけど、口に合わなくて、すぐに吐いてしまって」

イヅミ「もう、その辺にしてよ。恥ずかしいから」

アツコ「あら。幼少期の微笑ましいエピソードじゃない。他には、どんなことをしたの?」

アユミ「夏の、晴れの日が続いたときでした。離れの裏にある池で、大旦那様は錦鯉を飼ってらしたんですけど」

イヅミ「やめてよ。その話は最後、納戸に閉じ込められるんだから」

アツコ「わかった。こっそり鯉を捕まえようとしたんでしょう? 水嵩が減ってたから」

アユミ「ご名答。まぁ、未遂に終わったんですけどね。それで、夕方に様子を見に行ったら」

イヅミ「ワァ。それ以上は、絶対駄目」

アツコ「これからが、いいところなのに」

アユミ「この続きは、いずれまた、坊っちゃんが居ないときにお話しましょう。それに、お二人が戻られたようですから。足音がします」

アツコ「カーペット敷きなのに、足音が聞こえるの?」

イヅミ「長く務めてると、それとなく判るそうですよ」


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