#035「奇兵隊」
@岡本の邸宅
タカムネ「フン。経済学など、たかだか三百年余りの歴史しかない、底の浅い学問だ」
アツコ「政治学こそ、古代の爺さんの戯言を集めた、カビの生えた学問でしょうに」
タカムネ「これだから、半端に学のある女は嫌いだ。次。この男は誰かね?」
アツコ「勤め先の直属の上司ですが、何か?」
タカムネ「何だ、その傲慢な態度は。ふてぶてしい」
アツコ「鏡を見ておっしゃってくださいな。興信所を使って調べさせるなんて、疚しいところがおありなんですね」
タカムネ「何だと? 私は、清廉潔白だ」
アツコ「そうでしょうか? 他人を疑うのは、相手も自分と同じように後ろ暗いところがあると考えているからではなくて?」
タカムネ「無礼千万だな。気分が悪い」
アツコ「こちらも猜疑心に当てられて、いい気がしませんよ。――亜弓さん。二人を呼んで」
アユミ「承知いたしました」
タカムネ「二人? 和泉一人ではないのか?」
アユミ、イヅミとリオを連れ、入室。
リオ「感動の、ごたいめぇん。いやぁ、広いね。豪邸だね。立派なお屋敷だ。迷子になりそうだ。ならないけど」
タカムネ「誰だ、このお調子者は?」
リオ「ブルドック顔のバーコード親父が出てくるかと思ったら、ロマンスグレーの紳士じゃん。ダンディーでいけてるぅ。目元は違うけど、口の周りは和泉くんソックリだ。いや、逆だな。和泉くんがパパに似たんだ」
タカムネ「それ以上、近寄るな。馬鹿がうつる」
リオ「我が家の娘以上に堅物だな。でも、そんな風につれなくされると、余計に燃えてくる。男同士で、新たな扉を開こうじゃないか」
タカムネ「開いて堪るか。いいから、離れろ」
リオ「そっちが逃げればいいじゃん。鬼だぞぉ。捕まえちゃうぞぉ」
タカムネ「黙れ、このフシダラ破廉恥野郎」
イヅミ「止めなくて良いのかな?」
アツコ「いいの、いいの。しばらく、ソファーに座って観劇してましょうよ。せっかく、こんな立派な応接セットがあるんだもの。ほら、亜弓さんも」
アユミ「わたしは、立ったままで結構です」
タカムネ「離せ、貴様」
リオ「ヘヘン。捕まえた。拒絶反応、感度良好、閉塞信号。対向車に注意して、出発進行っ」
タカムネ「えぇい、黙れ。やけに弁が立つ奴だな。接客業でもしているのか?」
リオ「違う、違う。あっ、自己紹介してなかったね。はい、名刺。あぁ、二枚取っちゃった。一枚、和泉くんにあげるよ。ヘイ、パスッ」
イヅミ、リオが投げた名刺を両手で受け止める。
イヅミ「頂戴します。ええっ?」
アツコ「どうかしたの、和泉さん?」
イヅミ「世間は狭いな、と思いまして。法律関係文書のテープ起こしのアルバイトをしてるという話は、以前しましたよね?」
アツコ「えぇ。もしかして、お父さんが?」
イヅミ「はい。声に聞き覚えがあるとは感じていたのですが、苗字が違うので、空似だろうと思っていたんです」
アツコ「そうだったのね。中嶋は母の苗字で、父は婿養子。職場では、ずっと旧姓を使い続けてるの」




