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#034「ゼンカイ」

@鷹取のアパート

アツコ「取れかけてた袖のボタンも、シンクに溜まってた洗い物も、ベランダに干してた洗濯物も。付け直して、洗って、取り込んで畳んでくれた訳?」

イヅミ「気になって、仕方なかったものですから。余計なお節介でしたか?」

アツコ「ううん、大助かりよ。ねぇ、和泉さん」

イヅミ「何ですか? 困ってることがあるなら、遠慮せずに言ってください」

アツコ「あのね、知っておきたいことがあるのよ。和泉さんのお父さんについて、どんな人なのか、人物像を把握したくて」

イヅミ「ウゥン、困ったなぁ。ひとことで言えば、とにかく怖い人、かな。厳格で融通が利かないんです」

アツコ「フゥン。(なるほど。そんな高圧的な両親じゃ、萎縮するハズだわ。国北さんが唯一の救いね。)写真は無いの?」

イヅミ「二年ほど前の写真なら、あると思いますよ」

イヅミ、スマートフォンを操作。

イヅミ「これです」

アツコ「これって、選挙のときの写真じゃない」

イヅミ「市議会議員をしているものですから。区が違うので、ご存知ないでしょうけど」

アツコ「へぇ、代議士の先生なのか。フムフム」

イヅミ「何か参考になりましたか?」

アツコ「えぇ。いいヒントになったわ」

  *

ツキコ「いっくん、もう帰っちゃったの?」

アツコ「和泉さんにも、和泉さんの都合があるもの。長居していられないのよ」

ツキコ「そこを引き止めるのが、敦子の役目じゃない」

アツコ「そんな役目は無いわ。それより、話って何よ?」

ツキコ「そうそう。黒いスーツ姿の男の人に、パート帰りに声を掛けられたの」

アツコ「ナンパされた話だったら、耳を貸さないわよ?」

ツキコ「はじめは、そうじゃないかと思って、ドキッとしながら期待して振り返ったんだけど、残念ながら、そういう砕けた感じの人じゃなかったわ」

アツコ「それじゃあ、税務署かどこかの人だったの?」

ツキコ「目が合った瞬間、そうじゃないかと思ってヒヤッとしたんだけど、あいにく、そういう堅い人でもなくて」

アツコ「結局、誰だったのよ? その人の名前は?」

ツキコ「後宮春樹」

アツコ「数寄屋橋に行きなさい、氏家真知子」

ツキコ「大判のマフラーを巻かなくちゃ」

アツコ「アラブの女性みたいにね。もぅ、話が脱線してばかりだわ」

ツキコ「ウフフ、閑話休題。適当に、はぐらかされちゃったんだけど、きっと探偵さんよ。よく調べてるもので、パート先のことや、なっちゃんのことまで知ってたわ」

アツコ「お母さんに訊きに来たってことは、依頼主は」

ツキコ「たぶん、いっくんのご両親よ。いやらしく感じたものだから、自分の娘だと思えないほど良く出来た孝行娘だって言っておいたわ。ズバズバずけずけ言ってしまうところを除けば、その通りでしょう?」

アツコ「好きでアグレッシブに育ったわけじゃないわよ。(そうだ。その攻略方法があるわ)」

ツキコ「何か閃いたみたいね」

  *

イヅミ『そんな奇襲攻撃みたいな方法、僕は気が進まないですよ。怒らせるだけですから』

アツコ「心配ないわ。外堀は埋めてあるから」

イヅミ『外堀、ですか?』

アツコ「そう。敵将を討ち取りたければ、まず馬を射ないとね」

イヅミ『いよいよ、後戻りできないところまで来ましたね』

アツコ「セイケイの戦いよ。今こそ、趙を打ち負かそうではないか」

イヅミ『背水の陣、ですね? フフッ。勝てばカン軍ですか?』

アツコ「ハハッ。カンの字が違うわよ」

イヅミ『そうですね。すっかり本調子に戻ったようですね、敦子さん』

アツコ「和泉さんのお陰で、グッスリ眠れたから。看病に来たのが、わたしの両親やなっちゃんだったら、こんなに早く快復しなかったわ。ねぇ、協力してよ」

イヅミ『わかりました。訊いてみましょう』

アツコ「ありがとう。よろしくね」


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