#033「深い眠り」
@なぎさ銀行京町筋店
カズアキ「だから無理するなって、釘を刺しておいたのに。まぁ、俺も便利に使い過ぎたかもしれないけどな」
イヅミ『用事半分で出てきてしまったようなのですが』
カズアキ「デスクを見れば分かる。残業する気満々だったようだな。まったく。有給は使わないと、常温に放置したドライアイスが昇華するのと同じように、いつの間にか消えてしまうというのに」
イヅミ『真面目で、一生懸命なんですよね。たまに休息を取ったくらいでは、誰も怠惰だとは思わないのに』
カズアキ「あぁ。溜まった仕事の片付けと、有給の申請は俺が引き受けるから、しっかり休んで、万全の状態で、満を持して出勤するように。そう伝えてくれ」
イヅミ『はい。お伝えします』
カズアキ「手厚く看病してやってくれよ。それじゃあ、切るぞ」
カズアキ、受話器を置く。
カズアキ「さぁて。本来、中嶋がやるべき仕事は、このうちの何割だろうな」
*
@鷹取のアパート
イヅミ「しかめっ面だ。そんなに眉間に皺を寄せてると、美人が台無しですよ」
イヅミ、眉間を指で突く。
イヅミ「ハの字眉毛は、困り顔。フフッ」
アツコ「ンンッ」
イヅミ「起こしちゃったかな? ……いや、寝てるね。今のうちに、買い物に行ってこよう」
*
イヅミ「八つに切ったから、あと二羽か。――うさぎ、うさぎ。何見て、跳ねる?」
アツコ「十五夜、お月様、見て跳ねる」
イヅミ「起きましたか。具合は、どうですか?」
アツコ「寝てるあいだに、うさぎが七羽」
イヅミ「六羽ですよ。ナイフ、お借りしてます」
アツコ「いいえ、七羽よ。人語を操り、器用に林檎を剥く、美味しそうなうさぎが」
イヅミ「食べるなら、こちらの六羽にしてくださいね。僕は、お粥を温めて来ますから」
*
イヅミ「連日、夜遅くまで働き続ければ、身体を壊します。機械だって、金属疲労するでしょう? ――おかわりしますか?」
アツコ「もう、充分よ。ごちそうさま。――頼りにされてるから、期待に応えなきゃ」
イヅミ「敦子さん。スキルやキャリアを向上させるために、せっせと自分磨きをするのは結構ですけど、程々にしないといけませんよ。手帳にスケジュールを詰め込んで余白を埋めれば、無駄がないように感じるでしょう。でも、それは勘違いです。容積いっぱい、百パーセント詰め込まれた引き出しは、とっても使い辛いでしょう? 取り出しやすさや見やすさを考えて、せいぜい七十パーセントまでに抑えたいところです。命あっての」
アツコ「物種、ね。分かっちゃいるんだけど、ボーっと出来ないのよ、性格的に」
イヅミ「視点を変えましょうか。何か趣味は、ありますか?」
アツコ「強いて言うなら、資格取得かしら」
イヅミ「そんな予感は、薄々していました。とりたてて趣味が無いなら、絵を描くのを趣味にしませんか? 教える約束もありますし」
アツコ「すっかり忘れてたわ。そういえば、そんな約束をしてたわね。そうね。教わろうかしら。ハワワ。お腹が膨れたら、眠くなってきちゃった」
イヅミ「お疲れなんでしょう。僕に任せて、ゆっくり、お休みなさい」
アツコ「おやすみなさい」
イヅミ「よい夢を」




