#002「古典的な」
@御影の文化住宅
ヨウゾウ「邪魔するぜ、各務」
イヅミ「それなら、お帰りください」
ヨウゾウ「さようなら。――オイオイ。ドアを閉めようとするな。仕事を持ってきてやってんだぞ?」
イヅミ「その袋の中身は、カセットテープですか?」
ヨウゾウ「そうだ。たんまりあるから、バリバリ働け」
イヅミ「分かりました。お預かりします。でも」
ヨウゾウ「本業に差し支えない範囲で、だろう?」
イヅミ「その通りです」
ヨウゾウ「その件も含めて、ちょっと相談があってな。立ち話もアレだから、部屋に上がりたいんだが、いま、一人か?」
イヅミ「えぇ。普通に言ってくだされば、僕も普通に応対しますから、たまには普通にしてくださいよ、先輩。――どうぞ、お入りください」
ヨウゾウ「そんな面白くない真似は、浪花っ子に出来かねる。――どうも」
*
ヨウゾウ「新世界の周りは、個性的な人間がウヨウヨしてるからな。下手したら、此花の桜島にあるテーマパークよりキャラクターが豊富だぜ。それは、それとして。なぁ、和泉くん」
イヅミ「何ですか? 先輩が僕を名前のくん付けで呼ぶときは、大抵、何か良からぬことを企んでるときですけど」
ヨウゾウ「疑うなよ。悪い話じゃないって」
イヅミ「たとえ一文無しであっても、鐚銭一枚だって貸しませんよ」
ヨウゾウ「そういう話でもない」
イヅミ「それでは、どういう話なのでしょう?」
ヨウゾウ「ヒントは、女性関係」
イヅミ「答えをお願いします」
ヨウゾウ「シンキングタイム、ゼロ秒か。ちょっとは考えろ」
*
ヨウゾウ「なるほど。小学校時代は、おませさんたちとおままごとしてた大人しい天然坊や。出席番号順では、窓際一列目一番後ろの日当たり良好な居眠りサボり席だったこともあり、教科書の余白に落書きしてばかりで、何とかエスカレーター式に私立大学に潜り込めた貴族が、中退して就職後、通勤途中で頻繁にすれ違う寅年で端午の節句生まれの美女から積極的アプローチされ、メロメロに」
イヅミ「そこまでですよ、先輩」
ヨウゾウ「何だよ。このあと、熱愛篇、浮気疑惑篇、逃避行篇と続くのに」
イヅミ「待ってください。何でドロドロの愛憎劇なんですか?」
ヨウゾウ「経済新聞が好きだから。そういえば、敦子ちゃんは経済学部を卒業してるんだったな」
イヅミ「答えになってませんよ」
ヨウゾウ「ヒントだけで充分だろう?」
イヅミ「……たしか、この辺に磁力の強いマグネットが」
ヨウゾウ「待て待て。シャレにならないから、やめてくれ。良い子だから。なっ? だから、テープをお釈迦にしようとするな」
イヅミ「冗談ですよ。いつも先輩には、からかわれてばかりなので。こういう真似をするのは、面白いものですね」
ヨウゾウ「冒頭の意趣返しかよ。心臓に悪いから、やめてくれ」