#028「ハイテンション」
@鷹取のアパート
アツコ「美味しかったわ、抹茶プリン。ごちそうさま」
イヅミ「お口に合ったようで、何よりです」
アツコ「ここ、カスタードだけじゃなくて、抹茶もあるのね」
イヅミ「イチゴもありますし、プリン以外にも、ゼリーやチーズケーキもありますよ。色々と迷ったんですけど、抹茶がお好きかと思いまして」
アツコ「そうだけど、どうして分かったの?」
イヅミ「以前、岡本でクリームパンを買ったときに」
アツコ「あぁ、なるほど。――空き容器は、お店に返すのかしら?」
イヅミ「いいえ。僕も疑問に思って訊いてみたんですけど、どうしても輸送途中に微細なクラックが入ってしまい、回収しても、再加熱に耐えられないそうです。資源ゴミに出すなり、小物入れにするなり、ソーダグラスとするなり、家庭での活用を勧められました」
アツコ「そうなの。洗って、ウイスキーグラスにしようかしら。この前、割っちゃったのよ」
イヅミ「是非、そうしてください。――スタイリッシュで、いいお部屋ですね」
アツコ「ありがとう」
♪ドアの開く音。
リオ「ホントだ。敦子がボーイフレンドを連れ込んでる」
アツコ「ちょっと、何で来たのよ。来ないでって言ったじゃない」
リオ「あぁ、聞いた。だが、だから行かないとは言ってない。二人で何を食べてたんだ? おっ。この袋ならプリンだな」
アツコ「呆れた。ともかく、今日は先客がいるんだから帰ってよ」
リオ「会って三十秒で帰すな。実の父親に対して冷たいぞ、敦子」
イヅミ「(敦子さんのお父さんか。遊んでそうな見た目だな。)あのぉ」
リオ、立ち上がろうとするイヅミを座らせ、隣に座る。
リオ「まぁまぁ、座んなさい。ねぇ、名前は? 星座は? 血液型は? 好きな女優は?」
イヅミ「えぇと、僕は」
リオ「おい、敦子。空腹だから、何か軽く作ってくれ。――柔和な顔をしてるね。モテるんじゃない? 俺の娘で妥協して良いの? どこが好きなの?」
イヅミ「(どの質問に答えれば良いんだろうか?)それはですね」
アツコ「灰皿を用意しなさい、このチェーン・スモーカー。テーブルや床が焦げるじゃない」
リオ「枝豆か。ビールはあるか? ――あっ、食べて良いよ、ツトムくん」
イヅミ「和泉です。各務和泉。(やっと名前を言えた)」
リオ「和泉くんか。アルコールは平気?」
イヅミ「お酒は、ちょっと」
リオ「そっか。まぁ、おあがり。――麦茶、追加」
イヅミ「いただきます」
アツコ「はい、ビール。――ごめんなさいね。急に、こんなことになっちゃって」
リオ「俺は邪魔かい、和泉くん?」
イヅミ「いえ。賑やかになりましたから」
リオ「良い子だな。敦子には勿体ないくらいだ。涙が出そうだ、出ないけど。ところで、和泉くん。将棋や麻雀は強い?」
イヅミ「いいえ。どちらもルールを知りません。囲碁や花札やトランプと一緒で、ギャンブルに繋がるから禁じられていたもので」
リオ「ギャンブラーになるかどうかは、個人の性格次第なのに。よしよし、レクチャーしようじゃないか。六十の手習いという諺もある。三十なんて、まだまだ若い。ビバ、東南西北。レッツ、スタディー、チャイニーズ。あれ? 雀卓は、どこだ?」
アツコ「はい、麦茶。――あれなら、ゲーム機や漫画と一緒に、夢野台に送りつけたわよ。誰かさんたちが、グズグズ居座らないようにね。窓や壁が汚れるから、禁煙するかベランダで吸ってくれると助かるんだけど」
リオ「そう、カリカリするな。俺のオフクロみたいな小言を垂れるんだから。まったく、気が滅入るぜ。ピアスや刺青を勧めないだけ、丸くなったってのに」
アツコ「昔は、もっと酷かったのね、この金髪クズ野郎」
リオ「どっかの落語家みたいに言うなよ。白髪が目立たなくて良いんだぞ?」
イヅミ「あのぉ、えぇと」
リオ「リオ。李に雄と書いて、李雄。それとも、パパって呼びたい? 最近、冗談でも呼んでくれなくてさ」
アツコ「当たり前よ」
リオ「聞いたかい、和泉くん。敦子も、昔は、こんな刺々しくなかったんだぜ? 『パパ、抱っこして』とか、『パパ、あれは何?』とか、パパ、パパって言って懐いてたのに。ウオォン」
リオ、イヅミに泣きつく。
アツコ「みっともない真似をしないでちょうだい。和泉さんが困るわ」
イヅミ「そう、怒らないであげましょうよ。僕なら平気ですから。――李雄さん。それは、敦子さんが立派に大人になった証拠ではないでしょうか?」
リオ「グスッ。そうだな。親の手助けを借りなくても、しっかり独りで立てるようになったってことだもんな。偉いことだよな。そうだよな。そうさ。そう」
アツコ「お父さん? お父さんっ」
イヅミ「お疲れだったのでしょうか? 眠りは深そうですよ」
アツコ「んもぅ、だらしないわね。はしゃいで、酔っ払って、挙句の果てに、他人様の膝の上で寝てしまうなんて」
イヅミ「きっと、娘のことが心配で堪らなかったんですよ。責めないであげましょうね」
アツコ「しょうがないわね」




