#025「蹴り口」
@鷹取のアパート
ツキコ「お帰りなさい。ご飯にする? お風呂にする? それとも」
アツコ「ハイ、それまで。何で昼に会ったばかりなのに、こっちに来てるのよ?」
ツキコ「ひょっとしたら、ひょっとするかもしれないと思って。でも、ひょっとしなかったみたいね。ママ、ガッカリだわ」
アツコ「仮に期待通りだったとしても、出迎えかたがおかしいわ」
ツキコ「あら。これをやると、大抵の男の人は喜ぶのよ? パパなんて、狂喜乱舞、欣喜雀躍するんだから。いまは三つ目までだけど、新婚時代は四つ目があったのよ? 後学のために教えましょうか?」
アツコ「結構よ。とっくに銀婚式を済ませた夫婦が、何やってんだか。娘として恥ずかしいわ」
ツキコ「それなら、ママからも言わせてもらうわ。この部屋、殺風景すぎよ」
アツコ「シンプル・イズ・ベストよ」
ツキコ「伊豆だか熱海だか知らないけど、どこぞの林檎族みたいなことを言わないの。ぬいぐるみを置くとか、絵や写真を並べるとか、魚を飼うとか、花を飾るとか。もっとファンシーでワクワクする部屋にしないと、いっくんが失望するわよ?」
アツコ「そんなことないわ。むしろ、少女趣味にドン引きされかねないわ」
ツキコ「何で言い切れるのよ。いっくんは優しいから、敦子が傷つくようなことを口に出さないだけで、胸の内では、不満に思ってることが山積してるかもしれないじゃない。あの子、自分が我慢して丸く収まるなら、湧き上がる怒りや悲しみを押し殺して溜め込んじゃうタイプよ、きっと。いい? みんながみんな、敦子みたいに真っ直ぐでハッキリ物を言う人間じゃないのよ?」
アツコ「分かってるわよ。でも、いつもいつも他人のことを思ってられないじゃない。四六時中、他人の顔色や心情を窺ってたら、わたしは、わたしを見失って、わたしが、わたしで無くなってしまうわ。そんなの、わたしには耐えられない」
アツコ、手荷物をツキコに投げつけ、表へ出る。
ツキコ「待ちなさい、敦子。どこへ行く気よ?」
*
@天満の事務所
リオ「こちら、薬袋法律事務所です」
ツキコ『あなた』
リオ「これは、我が愛しのハニー。沈んだ声をして、何事かお悩みかな?」
ツキコ『また、敦子に余計なことを言っちゃった』
リオ「おいおい。親子の会話は、ドッヂボールではなく、キャッチボールだと、あと何回言えば良いんだい?」
ツキコ『ごめんなさい』
リオ「謝る相手が違うぜ。それで、敦子は今、何をしてるのかな?」
ツキコ『わからない』
リオ「ということは、近くに居ないのか。月子は今、長田かい?」
ツキコ『ううん。鷹取』
リオ「だとすると、敦子は伊丹に居そうだな。よし。これから流石家に寄るとしよう」
ツキコ『お勤めは良いの?』
リオ「愛娘より大事な仕事があると思ってるのかい?」
ツキコ『愚問だったわね。それじゃあ、お願いね』
リオ「おぅ。任せなさい」




