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#022「ノンストップ」

@湊川公園

イヅミ「おかしいな。初めは、敦子さんのご両親が若いときに着ていた洋服が、衣替えのときにゾロゾロ出てきたからって、試着を勧められてたはずなのに。どうして、あんな目に」

アツコ「いやぁ、傑作だったわ。下も穿けば良かったのに」

イヅミ「そこまでしたら、きっと大切な何かを失いますよ」

アツコ「毒を食らわば、何とやらなのに。――胸当てのエヌの刺繍までバッチリ写ってるから、どこの高校の制服か丸判りだわ」

イヅミ「撮影してないで止めて欲しかったですよ。そもそも、何で高校時代の制服を置いてあるんですか? 襟にクリーニングのタグまでありましたよ」

アツコ「知らないわよ。コスプレ用じゃないの? わたしだって、保管してると思わなかったんだから」

イヅミ「……もう、お婿に行けない」

アツコ「そんな、お嫁に行けないみたいな言いかたしないの。これでも、まだ序盤なのよ。お父さんに会うまでに、アレで免疫をつけなさい」

イヅミ「訊くのが怖いけど、もっと酷いの?」

アツコ「見境無い狼に食われたくなければ、自衛策を講じるように」

イヅミ「うぐっ。心得ます。何で中嶋さんがこんなにしっかりしてるのか、今日のことで色々と理解できた気がします」

アツコ「褒めてないわよね、それ? 仮に賛辞だとしても、手放しで喜べないわ」

イヅミ「ごめんなさい」

アツコ「謝ることはないわ。まぁ、もし行く当てがなくなっても、そのときは、わたしが貰ってあげるから」

イヅミ「えっ?」

アツコ「ううん、何でもないわ。忘れて。――そうそう。あの制服、赤いスカーフもあるのよ。そっちは見つからなかったみたいね。どこか隙間に挟まってるのかしら。残念だわ」

イヅミ「何よりショックなのは、サイズがピッタリだったことですよ。入らなかったら良かったのに」

アツコ「大きめのサイズを買わされたのよ。ちょうど良かったわ」

イヅミ「全然、良くないですよ」

アツコ「でも、懐かしかったわ。学期の終わりにはスカーフやハンカチを糊付けして、熨しイカみたいにしてスノコに貼り付けてベランダに干したものなのよ」

♪時計塔のカリヨンの鐘の音。

アツコ「三時になったわね。さっき買ったドーナツを食べましょう。ここのドーナツ、有名なのよ」

  *

イヅミ「スカーフの話で思い出したんですけど、僕の家でも、祖父が存命の頃は、カフスやカラーを糊付けしてましてね。乾く前に指でなぞって遊んでたら、国北さんに怒られたことがあって」

アツコ「あらあら。そりゃあ、怒られて当然よ。でも、やりたくなる気持ちは共感できるわ。国北さんというのは、親戚か誰かなの?」

イヅミ「いえ、お手伝いさんです。とっても優秀な人なんですよ」

アツコ「現在形ということは、今も各務本家で働いてるということかしら?」

イヅミ「そうです。僕が物心付いた時点で、既に各務家の使用人として住み込んでいたので、かれこれ四半世紀以上になるんですけど、何年経っても見た目が変わらない、ミステリアス・レディーでして。どれほど若く見積もっても四十歳を超えているはずなんですけど、そう見えないんですよね。会えば理解できると思いますけど」

アツコ「そうね。対面すれば解るわね」

イヅミ「えぇ」

アツコ「岡本よね?」

イヅミ「はい。あの、敦子さん。もしかして」

アツコ「思い立ったら吉日と言うでしょう?」

イヅミ「諺がお好きですね。わかりました。ご案内しましょう」


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