#021「スキンシップ」
@夢野台の市営住宅
アツコ「ここよ。――ただいま」
イヅミ「緊張する。――お邪魔します」
ツキコ「おかえり、敦子。その子が彼氏なのね? 話はナツメちゃんを通して聞いてるわ。なかなか紹介してくれないから、見た目に難があるのかと思ったら、ゆるふわ小動物系で、なかなか可愛らしい子じゃない」
アツコ「母よ。分かったと思うけど」
イヅミ「はじめまして。僕は、敦子さんとお付き合いさせていただいています、各務和泉と申します。――ワッ」
ツキコ、イヅミを抱きしめ、後頭部を撫でる。
ツキコ「よしよし。そんな畏まらずに、もっとリラックスして良いのよ。はじめまして。敦子のママの月子です。こんな可愛い子なら、息子として大歓迎よ」
アツコ「また始まった」
イヅミ「フエッ。ちょっと。助けてよ、敦子さん」
ツキコ「あぁ、若い男の子は良いわね。柑橘系の爽やかな匂いがする。揚げ物をしたあとの油みたいな臭いがする、中年親父とは違うわ」
アツコ「通過儀礼のようなものだから、我慢して。動揺したら負けよ」
イヅミ「そんな、冷たいこと言わないで」
ツキコ「可愛げのない娘でしょう? 何でこんな堅物に育っちゃったのかしら。親の顔が見たいわ」
アツコ「洗面所で鏡を見れば? この先、すぐ右手、お手洗いの手前よ」
イヅミ「あの、そろそろ離していただけますか? 腕が痺れてきてしまって」
ツキコ「あら、それは大変」
ツキコ、イヅミを離し、腕をさする。
ツキコ「ごめんなさいね。痛かったでしょう? ――そんなんだから三十過ぎても独身なのよ、ハリネズミちゃん」
アツコ「余計なお世話よ、ダメンズウォーカー」
イヅミ「敦子さん。それは、言いすぎではありませんか?」
ツキコ「そうよ。根拠もないくせに」
アツコ「自分で言ったのよ。顔と身体の相性は良いけど、甲斐性無しの男ばかりを渡り歩いてきたって」
ツキコ「ヒッドーイ。何も、いま、それをいう必要は無いじゃない。ママ傷ついちゃったわ。こうなったら、いっくんに慰めてもらうんだから。ねっ?」
イヅミ「えっ? あぁ、いっくんというのは、僕のことなんですね。――オッと」
ツキコ、イヅミの手を引き、奥へ進む。
アツコ、イヅミのもう一方の手を引く。
アツコ「待ちなさい。そっちは寝室よ」
ツキコ「そうよ、寝室で間違いないわ。――この下は、お色気ムンムン、紫のスケスケなの。見たいでしょう?」
イヅミ「あの。とりあえず、お二人とも腕を離してください」
アツコ「バッチリ妊娠線もあるくせに」
ツキコ「ベージュのオバサンは黙ってなさい。スーパーのワゴンじゃなくて、たまにはランジェリーショップに足を運びなさい」
イヅミ「そんなに引っ張られたら、腕が、腕がっ」
アツコ「誰がオバサンよ。機能性とコスパを重視してるだけなんだから」
ツキコ「省エネルックはダサいわよ。レースとリボンは、涙と笑顔に次ぐ女の武器なんだから。覚えておきなさい」
イヅミ「言い分なら、じっくり伺いますから、僕で綱引きしないでください」




