#019「午後三時」
@鷹取のアパート
アツコ「これでも、仲直りする機会は伺ってるつもりよ。でも、仕事も疎かにできないじゃない」
ナツメ「あれこれ気を揉んで自己嫌悪に陥ってる割には、相変わらず、変なところで強情なんだから」
アツコ「ねぇ。こんな話をしてないで、おやつにしない? カステラをいただいたのよ。お腹空いてるでしょう?」
ナツメ「空いたって良いの。問題解決が先よ。それにカステラなら日持ちするから、最悪、あたしの分は持って帰るわ。あぁ、そうだ。恋愛のエキスパートに電話しましょうよ。固定のほうを借りるわね」
アツコ「ちょっと。そんなポンポン勝手に決めないでちょうだい。誰に掛けるつもりよ?」
ナツメ「決まってるじゃない。短縮二番。あっちゃんのお母さんよ」
*
ツキコ『わかるわ。三十路を過ぎると、失敗を懼れて慎重になるものね。次のステップに進むか、はたまた現状維持か』
アツコ「お母さんが三十代の時分と、今のわたしが置かれてる環境は、ずいぶん開きがあると思うんだけど」
ツキコ『恋する乙女の悩みは、時代を超越するものよ。任せて。恋愛の大先輩、月子先生が、迷える仔猫ちゃんに、新たな局面に踏み出すにあたる懸念と解決策をアドバイスしてあげるわ』
アツコ「助言なら結構よ」
ツキコ『あら。電話してきたのは、そっちじゃないの。素直に、ありがたく受け取りなさいよ。メモの用意は良いかしら?』
アツコ「掛けたのは、わたしじゃなくて」
ツキコ『まず、一番目。経済面。まぁ、これは手堅い仕事に従事してるから、福利厚生と預貯金、そして公的扶助とか何とかで充分賄えるわね。だから、パス』
アツコ「わたしの話を聞いてください」
ツキコ『それから、二番目。人格面。敦子が選ぶ子だから、お相手は浮気するようなタイプじゃないと思うし、敦子は根が真面目だから、浮気なんて出来ないでしょう? よって、これもパス』
アツコ「待ってよ、お母さん」
ツキコ『早口だったかしら? それとも、絶対にしないと確約しなくとも、不器用だから出来ないとは言い切れない何かがあるの?』
アツコ「それは、無いけど」
ツキコ『最後に、三番目。家庭面。外堀から固めて説得するのが一番よ。最悪時の切り札は、既成事実作りだけど、これは奥の手だから切羽詰るまで封印したいところね』
アツコ「もぅ。言いたい放題言ってくれるじゃない。最早、助言ですら無いわ」
ツキコ『つい、ろくでもないことまで口走ってしまったわね。それじゃあ、もう少し真面目なトーンで話すわ。ねぇ、敦子。一度、変わってしまったら、もう友達には戻れないのよ。でもね。しなかった後悔は、結果が不明瞭だから、ずっと引き摺るわ。命が尽きるまで、ずっとよ? そりゃあ、人生のコマンドは全て有効だわ。リセットやコンティニューは出来ないけどね。だけど、悩んでても次のステップには進めないでしょう? ねっ? だから、あの時あぁしていればと後悔する前に、一度、連れてらっしゃい』
アツコ「えぇっ。連れて行くって、そっちに?」
ツキコ『あら。二人っきりのところを押しかけられる方が良いの? お望みなら、そうするのも吝かではないけど。どんなサプライズを仕掛けようかしらねぇ』
アツコ「行かせていただきます。だから、こっちには来ないで」
ツキコ『大変よろしい。楽しみに待ってるわね。それじゃあ』
アツコ、受話器を本体に戻す。
アツコ「ハァ」
ナツメ「フフッ。面白くなってきたみたいね」
アツコ「堪ったものじゃないわよ。当事者は。あぁあ。何でアドレスでもアカウントでもなくて、番号を交換したんだろう。気が進まないし、荷が重いわ」




