#001「典型的な」
@鷹取のアパート
ナツメ「ハハァン。新しい彼氏が出来たのね?」
アツコ「彼氏って程じゃないわ。ここのところ、ちょくちょく顔を合わせるから、一回、お茶に誘っただけよ」
ナツメ「お茶に『誘った』んでしょう? いつもとは逆じゃない。これは、天変地異の前触れよ。また阪神一帯で水害や地震が起きるわ」
アツコ「縁起でもないことを言わないでちょうだい。そんなんじゃないんだから」
ナツメ「それで、その彼氏の名前は?」
アツコ「教えたら横取りする気でしょう? それに、教える義務も無いわ」
ナツメ「そんなことしないわよ。それに、幼馴染として知る権利があるわ」
ナツメ、アツコに詰め寄る。
アツコ「近い、近い、顔が近いわ。教えてあげるから、興奮しなさんな。鼻息荒いわよ?」
ナツメ「そんな、ヒトを闘牛か競走馬みたいに」
アツコ「似たようなものよ」
ナツメ「まぁ、いいわ。ここは、暴言に目を瞑りましょう。それで?」
アツコ「名前は、各務和泉。北野坂おえかき教室というところで、講師をしてるそうよ。絵本の読み聞かせや予約販売もしてて、レッスンでは途中まで読み進めて、続きを想像で描かせるんですって」
ナツメ「フゥン。どっちが苗字だか分からないような名前ね。いくつなの?」
アツコ「卯年だから、三十歳ね」
ナツメ「年下じゃない。ますます意外だわ」
アツコ「でも、学年は同じよ。桃の節句生まれらしいから」
ナツメ「三月三日か。感情豊かでロマンチストな魚座ね。逆なら良かったのに」
アツコ「余計なお世話よ。フン。どうせ、どっしり地に足付いた牡牛座ですよ」
ナツメ「いじけない、いじけない。――和泉くんだけど、美大か専門学校は出てるの?」
アツコ「いいえ。法学部を中退しただけらしいわ。副業で、法律関係文書のテープ起こしのアルバイトもしてるそうよ」
ナツメ「どこの大学なの?」
アツコ「岡本にキャンパスがある、某私立大学」
ナツメ「お坊っちゃんじゃないの。更に意外。小学校時代は、近所のやんちゃ坊主と水鉄砲でサバイバルゲームしてた、小生意気でアグレッシブな御転婆少女。中学高校時代は、出席番号順でド真ん中教卓前だったこともあり、担任シンパ向け優等アリーナ席で、教科書の余白にビッシリ書き込みする勉強家になり、何とか公立大学に進んだ庶民が、卒業して就職後、通勤途中に見かけた王子様に一目惚れ」
アツコ「ハイ、ハイ。妄想ストップ」
ナツメ「何よ。ここからが盛り上がるところなのに」
アツコ「放っておいたら、マイ・フェア・レディやプリティー・ウーマンばりの一大ストーリーに発展しそうなんだもの。言っておくけど、各務さんはリチャード・ギアとは対照的だからね?」
ナツメ「そうね。ジュリア・ロバーツは、ジャージで木登りしないわ」
アツコ「……ケーキは要らないみたいね。それ飲んだら、帰って良いわ」
ナツメ「いやいや、エネルギッシュでカッコ良かったって話よ。一部の女子からは、憧れの的だったのよ、あっちゃん。ねっ? だから、そっと箱を冷蔵庫に戻そうとしないで」
ナツメ、アツコの腰に手を回し、縋り付く。
アツコ「ちょっと、なっちゃん」
ナツメ「プリーズ、ギブミー、フルーツタルト」
アツコ「分かったわよ。あげるから、離しなさい」
ナツメ「本当? 高々と掲げて、あーげたってのはナシだからね?」
アツコ「そんなことしないわよ。だから、離れなさい」
ナツメ「やったぁ。ワァイ。お皿とフォークは、こっちよね? タラッタ、ラッタラッタ、ラーン」
アツコ「ハァ。どんな思考回路をしてるんだか」




