#018「トランシーバー」
@鷹取のアパート
アツコ「バカバカバカ、わたしの馬鹿。何でツマラナイ意地を張っちゃったんだろう。あんな言い方したらプライドが傷つくに決まってるのに。もぅ、厭になっちゃうな。百年の恋も瞬間冷却だわ。ハァ。……嫌われてしまったわよねぇ」
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ナツメ「高卒で無資格だと、介護関係の仕事って言っても、いつまで経っても雑用ばかりなのよね。だから、専門学校に通おうかと考えてるんだけど。ちょっと、あっちゃん。聞いてるの?」
アツコ「え? あぁ、ごめんなさい。何の話?」
ナツメ「他人が話してるのに、何で上の空でいられるのよ。らしくないわよ? ねぇ。何かあったんでしょう? 仕事は順調だろうから、和泉くん関係よね? どう? 当たった?」
アツコ「実はね。あのあとで、ちょっと言い争いになっちゃって」
ナツメ「あら、大変。あっ、そうだ。ちょっと電話するから、ベランダを借りるわね」
アツコ「どうぞ」
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ナツメ「こちら、くっつけ隊一号。隊員二号、応答せよ。どうぞ」
ヨウゾウ『こちら、くっつけ隊二号。どうかしたのか? どうぞ』
ナツメ「緊急事態発生。和泉・敦子間でトラブルが生じた模様。至急、関係修復が必要な様子。どうぞ」
ヨウゾウ『せっかく、お膳立てしてやったというのに。恩を仇で返すんだな。――了解。二号は、速やかに和泉との接触を図り、問題解消に向けて説得を行なう。どうぞ』
ナツメ「了解。一号は、直ちに敦子の応援に向かう。こちらからは以上です。どうぞ」
ヨウゾウ『こちらからも、何も無い。以上だ。電車が来たから、切るぞ』
ナツメ「了解。成功を祈る」
ヨウゾウ『グッドラック』
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@御影の文化住宅
ヨウゾウ「来るとき、梅田駅の方を見ながら待ってたら、左から京都線、宝塚線、神戸線の三編成並んで出てくるところが見られてさ。スロットで、バーが三つ揃ったような興奮を感じたんだ」
イヅミ「仕事の話をしに来たのではなかったのですか?」
ヨウゾウ「まぁ、家を出てホームで待ってたときは、その心積もりでいたんだ。大学を卒業してから、中堅商社に勤めていたけど三年で退職してさ。今は法律事務所でアルバイトをしてるけど、やっぱりスキルがあったほうが有利だし、得だと思い始めて。ロースクールに通おうかと考えているんだ。でも、この話は脇に置いといて」
イヅミ「結構、重要な案件ではありませんか。続けてくださいよ」
ヨウゾウ「いいから、いいから。俺のことは、この際、後回しだ。――いやぁ、それにしても可愛かったな、ナツメちゃん」
イヅミ「狙ってるんですか? もう一回失敗したら、攻守交代ですよ?」
ヨウゾウ「野球かよ。たしかに、バツ二ではあるけど」
イヅミ「まぁ、ナツメさんが気にするかどうかですね」
ヨウゾウ「そこだよな。――さて。俺のことは、どうでも良いんだ。それより、早く西独と仲直りしろよ、東独」
イヅミ「僕が、誰と、冷戦状態にあると思っているのですか?」
ヨウゾウ「おとぼけでないよ、和泉くん。二人のことで、ナツメちゃんから連絡があったんだ。――葉蔵さんは言いました。あの日、酔って帰った夜のことを、一から十まで説明しなさい」
イヅミ「ロースクールで、船舶免許は取れたかなぁ」
ヨウゾウ「話題を逸らすんじゃない。観念して白状したまえ」