#017「小さな恩人」
@北野坂おえかき教室
カモメ「先生、また落ち込んでるわね。何かあったんでしょう?」
イヅミ「何にもないよ」
カモメ「嘘ばっかり。あのときみたいに、おめめがお魚さんみたいになってるわよ?」
イヅミ「かもめちゃんには、嘘をつけないなぁ」
*
@六甲駅
∞一年前
イヅミ「(鞄には落選作品と『ドミノのお告げ』。財布以外に、その他の持ち物は無し。)きっと傍目には、僕は、もの凄く気障な人間に見えるんだろうな。でも、それで結構だ。志半ばで夢破れた絵本作家には、これくらいで丁度良いんだ。もう、筆を折るんだから」
カモメ「棒が一本、あったとさ。葉っぱかな? 葉っぱじゃないよ、蛙だよ。蛙じゃないよ、家鴨だよ。家鴨じゃないよ、……あれ?」
イヅミ「(あとは、電車が来るのを待つだけだ。)それで、すべて終わりに出来る」
カモメ「ねぇねぇ、お兄さん。この続きを知らない? あのね。棒が一本あったとさ、で始まって、家鴨だよ、までは描けたの。で、このあとなのよ。知ってたら教えてほしいの」
イヅミ「絵描き唄か。――六月六日に、雨ザァザァ降ってきて。三角定規に、罅いって。アンパン二つ、豆三つ。コッペパン二つ、くださいな。アッという間に、可愛いコックさん」
カモメ「わぁ、スゴイ。ちゃんと可愛く描けてる」
イヅミ「唄の通りに描けば、誰が描いても同じだよ」
カモメ「そんなことないわ。かもめは、こんな可愛く描けないもの」
イヅミ「かもめちゃんっていうんだね」
カモメ「そうよ。お兄さんは?」
イヅミ「僕は、和泉。各務和泉だよ」
カモメ「それじゃあ、各務先生って呼ぶわね。もっと他の絵を教えて、各務先生。わたし、もっと各務先生の絵を見たいわ」
イヅミ「参ったなぁ」
駅員「まもなく四号線に、大阪梅田行き普通列車が到着いたします。危険ですので、ホームの内側に下がってお待ちください」
*
イヅミ「あの日、もしも、声をかけられなかったら。もしも、絵を教えて欲しいと言われなかったら。きっと僕は、いま現在、こうして存在しないのだろう。もしも、もしも、の終わりない繰り返しの果てには、一体、何が待ち構えているのだろうか?」
*
@北野坂おえかき教室
カモメ「ねぇ、各務先生。先生ってば。わたしのお話、聞いてるの?」
イヅミ「あぁ、ごめん。ボーっとしちゃってたね」
カモメ「やっぱり変よ、今日の先生。元気出して。ファイトォ」
イヅミ「フフッ。ありがとう。(落ち込んでる場合じゃないや。今は目の前のことに専念しなくちゃ)」