#014「ハイボール」
@摂津本山駅北側
ヨウゾウ「そこの摂津本山駅は、数年前まで純和風の瓦屋根の駅舎だったんだけど」
ナツメ「いまはガラス張りで、すっかり現代風ね」
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イヅミ「この児童書専門書店は、教室で使う絵本の仕入先だよ」
アツコ「小ぢんまりとしてて、童話の世界に出てきそうな店ね」
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ナツメ「どうしたの?」
ヨウゾウ「一階も二階も、ほとんど席が埋まってるそうだ」
アツコ「二階もあるのね」
イヅミ「そこの階段を上がると、隣の店の二階に辿り着くんだよ」
ナツメ「ヘェ。変わった構造ね」
ヨウゾウ「エイヒレと銀杏で霧島をキュッとやるのが定番なんだが、空いてないなら仕方ないな。隣が空いてると良いけど」
アツコ「焼酎が好きなのね」
イヅミ「アルコール類は、何でも飲むんだ。葉蔵は、ワクだから。ワインは葡萄ジュースで、ビールはミネラルウォーターと同じなんだって」
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@摂津本山のダイニング・バー
アツコ「学生客が多いわね。店名に大学名が付いてるだけあるわ」
イヅミ「数年前まで向こう側の立場だったから、あまり偉そうなことは言えないけど、ワイワイガヤガヤと五月蝿いね」
ナツメ「賑やかで面白いじゃない。あたしは好きだな」
ヨウゾウ「世界に通用する紳士を育てる学校のはずなんだけどな。――そういえば、さっき居酒屋に入ったとき、テレビで今後三十年で震度六弱以上の地震が発生する確率の最新データが発表されたとか何とかいうニュースをやってたんだ。神戸は四十五パーセントだとさ」
ナツメ「それって、高いの? それとも低いの?」
ヨウゾウ「奈良で六割、大津で一割だっていうから、高い部類に入るんじゃないかな。太平洋の南海トラフと、大阪平野の活断層が危ないらしい」
アツコ「神戸は海にも山にも近いから、色々気をつけなきゃ駄目ね」
イヅミ「想像したくないけど、もし仮に予想が的中して阪神間が機能不全になったとしたら大変だよね。あっ、でも、葉蔵は実家に戻れるから良いか」
ナツメ「どこで生まれたの?」
ヨウゾウ「京都だ。といっても伏見だから、御所周辺で十代以上住み続けている人間にとってみれば、洛外のヨソサンさ。北大路より北や九条より南は、野卑な田舎扱いだからな」
アツコ「宇治や福知山や京丹波と同じようなものね」
イヅミ「丸竹夷と寺御幸の唄で歌える範囲が都なんだろうね」
ナツメ「お酒に強いのも、伏見出身だからなのかしら?」
ヨウゾウ「関係無いと思うぜ。たしかに実家は造り酒屋だったけど、道楽者の祖父が身上をあらかた潰したせいで、戦後に没落してしまったし。まぁ、三代目が駄目にする、典型的な例だな。ハハッ」
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@岡本坂
ヨウゾウ「なっちゃんは、帰りは神戸方面かい?」
ナツメ「いいえ。伊丹なので、大阪方面」
ヨウゾウ「そうか。それなら俺と同じだな」
ナツメ「どこに住んでるの?」
ヨウゾウ「中津。ガチャガチャしたエリアさ。ホームは狭いし、京都線には十三で乗り換える必要がある。春日野道と一緒で、存在意義が薄い駅だな。危険ですので下がってお待ちください。言われた通り後ろに下がったら、ホームの反対側から転落しかねない」
ナツメ「アハハ。――大丈夫かしら、あの二人?」
ヨウゾウ「何とかなってるだろう。タクシーには乗せたし、免許証で住所を見せたし、頭痛薬も渡したし」
ナツメ「いくら酔っ払ってるからといって、懐から財布を抜くのはどうかしらねぇ」
ヨウゾウ「たかだか乾杯の中ジョッキと、ハーフボトルを空けた程度で引っくり返るほうが悪いのさ。彼女の前だというのに、情けない。でも、これで仲が深まったんじゃないかな」
ナツメ「そうね。そうでなきゃ困るわ。ちっとも進展しないから、傍で見ててヤキモキしちゃうのよね」
ヨウゾウ「本当、本当」
ナツメ「いっそのこと、そのまま市役所に行っちゃえばいいのに。代わりに茶色の用紙をもらってきて、妻になる人の欄を埋めてやろうかしら」
ヨウゾウ「ハハッ。まったくだな。それなら、俺が夫になる人の欄を代筆しよう」
ナツメ「フフッ。ミッション、コンプリート?」
ヨウゾウ「あぁ。ミッション、コンプリートだな」