#013「パンの街」
@フェスティバル通り
ヨウゾウ、ナツメに耳打ち。
ヨウゾウ「作戦シーを始める」
ナツメ「了解」
ヨウゾウ「親しき仲にも礼儀ありとは、イ、ウ、ケ、レ、ド」
イヅミ「コマ送りですか?」
ヨウゾウ「そうそう。三倍速で六時間録画、って違う。ビデオデッキのシーエムじゃないんだ」
イヅミ「変質者として通報されないうちに、いまの言動に対する説明をお願いします」
ヨウゾウ「どうも距離を感じるから、何でかなと、無い知恵を絞って考えてたんだが、やっと分かった。言葉遣いが丁寧すぎる」
イヅミ「そうですか? いつもと変わらないと思いますけど」
ナツメ「各務さんは、そんな感じがするわね。でも、あっちゃんは、いつも通りではないわ。この猫かぶりめ。化けの皮を剥いでやる。ウリウリ」
アツコ「やめてよ、なっちゃん。それで剥げるのは、メイクだけよ」
ヨウゾウ「よし。それなら今から、敬語禁止ゲームだ。負けた人間には、罰則を科すということで。スタート」
イヅミ「えっ。ちょっと、急に何を始めるんですか」
ヨウゾウ「はい、ワンペナ。この先の、看板に八角形が書いてある店で、全員にクリームパンを奢るように」
イヅミ「そんな、横暴な」
ナツメ「でも、敬語で話されると、あいだに見えない壁を感じるのは実感よ。ねっ、あっちゃん」
アツコ「それは、そうだけど、各務さんが可哀想だわ」
ヨウゾウ「はい、ワンペナ。敬称を付けたら駄目だぜ、あっちゃん。アダ名か、呼び捨てで言わなきゃ。二人で奢ることにしよう」
イヅミ「いきなりは無理、だよ。せ、……葉蔵」
ナツメ「ほらほら、あっちゃんも何か言いなさいよ。ペナルティーが付かないように黙るなんて許さないんだから」
アツコ「(チッ、バレたか。)わたしは普通にしてるだけよ。誰かさんみたいに、お喋りじゃないから」
ヨウゾウ、ナツメに耳打ち。
ヨウゾウ「作戦シー、成功」
*
@ゲート坂
ヨウゾウ「俺は小倉。和泉がカスタードで」
ナツメ「あたしがチョコで、あっちゃんは抹茶。――いただきます」
イヅミ「見事にバラバラで、だね」
アツコ「なっちゃん、いま食べるの?」
ナツメ「甘い物は、別ストマックよ」
ヨウゾウ「まぁ、食べながら歩くとは、お行儀がよろしくないわな。でも、俺も食べようっと。いただきまぁす。……うん。うまい、うまい」
イヅミ「同調圧力を感じるし、僕たちも食べま、ようか、あっちゃん」
アツコ「フフッ。そうね、和泉」
ナツメ、ヨウゾウに耳打ち。
ナツメ「作戦ディーを始めるわ」
ヨウゾウ「了解」
ナツメ「ねぇ、葉蔵。ひと口ちょうだい」
ヨウゾウ「ん? 食べかけだし、ほとんど食べ終わってるんだが」
ナツメ「構わないから」
ヨウゾウ「そうか? はい」
ナツメ「ありがとう。ほら、あっちゃんも」
アツコ「はいはい。ひと口あげるわよ」
ナツメ「ちがぁう。あたしじゃなくて、和泉にあげなさいっていうのよ」
イヅミ「交換し、するか? 千切っただけで、口は付けてないから」
アツコ「気持ちは嬉しいけど、そっちのほうが大きいし」
ナツメ「あら、丁度良いじゃない」
ヨウゾウ「もらっちゃえ、もらっちゃえ」
イヅミ「僕は気にしませんから、どうぞ」
アツコ「そう。それじゃあ、もらっちゃうわね。ありがとう」
ナツメ、ヨウゾウに耳打ち。
ナツメ「作戦ディー、成功」
イヅミ「そうだ。なっちゃんも、葉蔵にひと口あげたらどうかな?」
ナツメ「そうね。はい、どうぞ」
ヨウゾウ「あぁ、気持ちだけで良いから。オイ、和泉っ」
イヅミ「フフッ。何をそんなに怒ってるのさ?」
ヨウゾウ「怒らずにいられるか。分かっててやるとは、良い度胸だな」
アツコ「どういうことなの?」
イヅミ「フフッ。葉蔵は、チョコレートが食べられないんだ」
ナツメ「まぁ、そうだったのね」
ヨウゾウ「クッ。阪神御影駅南側の、板チョコのデザインのバス停に向かって叫びたい気分だ」
イヅミ「何て言うつもりなの?」
ヨウゾウ「聖ヴァレンティヌスの馬鹿野郎」