#012「浪漫」
@岡本の喫茶店
ナツメ「レトロと言おうか、アンティークと言おうか、ノスタルジックなお店ね」
アツコ「ここだけ、時の流れがゆったりしてるように感じるわね」
イヅミ「カップやソーサーも、一つ一つ凝った造りでしょう?」
ヨウゾウ「これは、一分の隙も無く丹念に仕上げた珠玉の一杯だ。さぁ、心して飲め、というような押し付けがましさが無いし、コーヒーにしてもココアにしても、好みに合わせて甘さや濃さを調節してくれる。そういう顧客本位の店だから、長く愛されるんだろうな」
ナツメ「あぁ、いますよね。これはイツイツにドコソコで栽培された豆の中から選りすぐりを焙煎して、とか何とか御託を並べて悦に入ってるマスター」
アツコ「自己顕示欲に付き合わされて、ウンザリしちゃうのよね」
イヅミ「そういうお店は、いくら美味しくても、また足を運びたいとは思いませんものね」
ヨウゾウ「顧客を最高のもてなしで喜ばせるはずが、自慢して一人喜んでしまってるようではいけないな」
*
ナツメ「お昼の話の続きですけど、各務さんは中学高校時代に、何かなさってたんですか?」
アツコ「聞きそびれちゃってたわね。以前、文化系だったとは聞きましたけど」
ヨウゾウ「言いそびれてたな。各務は、美術部と書道部を掛け持ちしてたんだ。両方の顧問から溺愛されてたんだぜ」
イヅミ「色々と誤解を招くような言いかたをしないでくださいよ」
ナツメ「へぇ、芸術家肌なんですね。キリンがユーフォーに見える誰かさんとは大違い」
アツコ「悪かったわね、絵心が無くて」
ヨウゾウ「教えてやれよ、各務。基礎から応用まで、手取り足取り、個人レッスン」
イヅミ「尾崎先輩。僕が教えてるのは、子供向けのレッスンですからね。あまり参考にならないかと」
ナツメ「丁度良いですよ。画力は幼稚園児レベルですから。ねっ、あっちゃん」
アツコ「言い返したいけど、その通りなのよね」
ヨウゾウ「決まりだな。良かったな、各務」
イヅミ「良いんですか? 本当に教える流れになってしまいましたけど」
ナツメ「もちろん。良いわよね?」
アツコ「よろしくお願いします」
ナツメ、ヨウゾウに耳打ち。
ナツメ「作戦ビー、成功」
*
ヨウゾウ「模式図は見やすいし字が綺麗だから、すごくレジュメが読みやすかったんだ。しかも可愛いから、女子学生のだと勘違いした野郎によく売れたんだ」
イヅミ「だからといって、一単位千円で売り捌かないでくださいよ」
ナツメ「あたしも、あっちゃんのノートには何度も助けられたんです。一教科百円でしたけど」
アツコ「ちょっと、なっちゃん。褒めたいの? 当てこすりたいの?」
ヨウゾウ「喜んでおきなさいな。――試験明けに飲み代として還元したんだから良いだろう?」
イヅミ「ほとんど単独で飲んでましたよね? それも、途中からハイペースで」
ナツメ「あらあら。お酒呑みなんですね。――そろそろ出ましょうか」
ヨウゾウ「そうだな。それじゃあ、移動しようか」