#011「珈琲の館へ」
@キャンパス通り
アツコ「長田でおしまいではなかったんですね」
ヨウゾウ「まだまだ、これからが本番さ。せっかくだから、俺と各務のホームタウンである岡本を紹介したいと思って。面白い場所が目白押しなんだ」
ナツメ「クンクン。香ばしい匂いがする」
イヅミ「二時を回りましたから、たぶん、さっき通り過ぎたパン屋さんでしょうね。食パンが焼き上がったんだと思います。老舗で、予約が殺到する人気店なんです。お店の奥には、煉瓦の窯があるんですよ。ライ麦に胡桃や干し葡萄を練り込んだパンや、天然酵母のパン、冬場はシュトーレンも販売してます。美味しいんですけど、値段がお高めなので、学生のお財布には厳しくて」
*
イヅミ「お昼をいただいたあとなので寄りませんけど、さっきのお蕎麦屋さんには、僕と先輩とで、よく通ったんですよ」
ヨウゾウ「大学生協も学生食堂も、狭いからゆっくり出来なくて、混雑を避けるために、二限か三限を空けて時差で昼食を摂ってたんだが、同じことを考える人間は少なくなくて。仕方ないから、少し足を延ばすことにしてたんだ。パン屋と同じで、地元では老舗でさ。お座敷もあって、竹久夢二の黒船屋の複製画が飾ってある、なかなか情緒ある店なんだぜ。年配教授に遭遇したら、奢ってもらえたし」
アツコ「黄色い着物を着た女性が、黒猫を抱えてる絵ですね。――どこの大学でも、学生は同じ悩みをかかえてるみたいね」
ナツメ「この辺は、コンビニが無さそうだもんね」
イヅミ「全く無い訳では無いんですけど、少し離れたところにあるので、ちょっと不便なんですよね」
ヨウゾウ「弁当の一つでも持って来いということなんだろうが、そうそう毎日毎日、作ってられないからな」
*
@天上川沿いの道
ナツメ「見て見て。下の河川敷に、瓜坊がいるわ」
アツコ「あら、本当。こんな街中にまで下りてくるのね」
イヅミ「この辺では珍しくない光景なんですよ。何せ、六甲山のすぐ麓ですからね」
ヨウゾウ「ここいらの猪は、人間に近付けば楽して餌にありつけると思ってるんだ。困った奴だよ」
ナツメ、ヨウゾウに耳打ち。
ナツメ「作戦ビーを始めるわ」
ヨウゾウ「了解」
ナツメ「そろそろ、喉が渇いたわ。それに、歩き疲れちゃった。石畳なんだもんなぁ」
アツコ「急に元気が無くなったわね。さっきまでのハシャギっぷりは、どこへ行ったのよ?」
イヅミ「踵の高い靴では辛いですね。どこかで一休みしましょうか」
ヨウゾウ「そうだな。そこの喫茶店で、コーヒーブレイクと洒落込もう。まっ、店名の通りだな」




