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やっぱり愛だよね

 時刻は12時を過ぎ、4時限目を迎えた授業は

それから時計の長針が30を指し示すあたりまで続いた。

 集中力の限界をとうに過ぎ、生徒達の空腹が頂点に達しようかというその瞬間、

ようやく天井に備え付けられた館内放送用のスピーカーよりウェストミンスターの鐘の音が鳴った。

多くの生徒が待ちに待った昼休み兼昼食の時間である。


五十嵐燈雁もまた、その時を待ちわびていた一人であった。

一般的な男子学生のおおくがそうであるように、彼にとってもまた

昼食の時間という物は一度たりとも欠かすことのできない毎日の習慣の一つであった。


 四階建ての建物のうち三階に位置する彼らの教室から、およそ40人の半分、

20人近くの生徒たちが一斉に教室を飛び出した。

五十嵐燈雁は飛び出さなかった多くの女子生徒と同じように、教室に居残り持ち前の弁当で昼食をとる。

彼が望めば昼食を求めて購売部にごった返した生徒たちの群衆を押しのけ、

それなりの数しか揃えられていないレパートリーの中から、容易く一番人気の品々を独り占め出来なに違いない。

だが、それを彼は良しとしなかった。

彼は自分にあてがわれた机の上で玉子焼きを頬張り、一人思う。



(なんつーか、視線がうっとおしいいんだよね、あの間は)


 人生での殺人可能回数を、誰もが1回は保持している世界において

圧倒的な残数を保持する彼の存在は、一種の神秘性を帯びているといっても過言ではなかった。



ある者は崇め

    嫉妬し

    畏怖する。


 その他大勢が彼から感じる特別な雰囲気、存在感を察知し、一人、一人とまた自分の番を譲る。

モーゼの十戒のごとき様相はかえって彼を困惑させ、不快にさせ、食欲を減じさせた。

 今まで縁の無かった人々からの崇敬は、彼にとってはテレビで見るドッキリのような冗談めいた話で

未だにどこからともなく仕掛け人が現れては、安っぽいプラカードを片手に『ドッキリ大成功!!』なる触れ込みで

自らが道化に仕立て上げられたのだという幻想を思い浮かべる。

 

 だからこそ、気分を良くして群衆を出し抜き、一人贅を貪ることはためらわれた。

この世界の自分は大層な豪胆の持ち主であったようだが、今しがたこの世界で暮らし始めた自分にとっては、

後々影で人々から反感を買われるのは少々ためらわれた。

小心者の自分にとってその買い物は、物の割にはいささか根が張るものだと思い至った。

それゆえに弁当持参である。

時代は女子力だ、みっともなく買い物に走る女子も少しは見習いたまえ。


そうして最近はなりを潜めていると噂される少年・Hは、

自分にあてがわれた机の上で一人寂しく食事を終えた。





 少年が昼食を終えるころには、そのほかの生徒たちも皆、自分の食事を終えていた。

残された数十分という短い時間の中で生徒一同は、思い思いの時間を過ごす。


今まで彼にとってのお昼休みという時間は自らの為にあらず、

さる人物からの呼び出しに応じ、彼女が出した要求に答え、満足させる。

何処か人目につかない場所で、アナタとワタシだけの二人きり。

一度は憧れるであろう男と女の秘め事もまた、自分にとっては不本意でしかない。

そんな時間であった。


 それが今や自由に使えるフリータイム。

この世界ではめっきり彼女からの呼び出しは無くなっていた。

あの人はいま、何処で、何をしているのであろうか?


が、そんなことは彼にとってはどうでもよく、

僅かばかりの戸惑いはどこへやら?

ある日突然休暇を告げられた社畜の如き感動をもってその僥倖は受け入れられていた。

絶好の昼寝日和到来である。


この世界の習慣に刻み付けられた日中の睡眠欲求は抗いがたく、

しかし授業を放棄する選択肢を持たない身の上の、ごく一般的な学生と自負している彼にとっては

残されたわずかばかりのお昼休みこそが、日中の睡眠欲求を解放するための時間となり始めていた。


最も、この世界の自分は時間も処も構わず、自由気ままに好きなだけ眠っていたようだが。

全くもってお気楽なものである。

そのツケの精算を、身に覚えがないとはいえ迫られるとは存外この世界も楽ではないらしい。

まあ授業中の居眠りは止めましょうという、当たり前の事を実践しているにすぎない訳だが。


はあ、全く…なんだかなあ。



 どうにもこの世界で今まで生活していた彼…まぁ自分の事でもあるのだが

大層自堕落な生活を送っていたそうな。


理由は単純。

殺せる回数が人より多くある、それも比べるのが馬鹿らしいくらいに。

ただそれだけのこと。


逆にいえば人を好きなだけ殺せなくなった世界においては、人を殺すという行為はそれだけでプライスレス。

命の価値はお金ではなんとやらと騒がれていた気がしなくもないが、

『殺しの回数』という一種の生存確率の向上が約束されただけで天秤は傾いたようだ。


邪魔な命を減らすだけでもコストがかかるのに増やすのは簡単と来たもんだ。

さて、どうなる?


例えば一人の死刑囚がいたとしよう。

そいつを殺すのに、国民一人の殺害可能回数が減る。

殺した方の国民は以降、殺人はどうあがいても行えない。

それだけで早、職業選択の自由に制限が付く。

なぜならたとえ自分が殺されそうな立場に立たされても、その者に抗えるだけの力はないのだから。

それがたとえただの抑止力だったとしても、自分の身すら守れないことが確定している人間に、誰かを守ることなど当然できない。

護衛だの、警備員だの、警察官だの、マフィアだの、殺し屋だの…



―――― 『殺されたくなかったら今すぐソコを通せや』

『ほう、この私がこの国で一番の剣士である騎士Aと知っての発言か?』

『はっこの国で一番とは笑わせる、この世界一の剣客である俺の前では無意味だろう?』

『面白い、その大層な鼻っ柱をまず切り落としてやろう』



突如幕を上げる戦乱の舞台

突然現れた剣客の正体とは?

自称、世界一の剣客が放つ殺気を感じ、けして大言壮語の類ではないと知るや否や、

騎士Aはこの戦い、一筋縄ではいかないことを理解した。


 張りつめる緊張の糸。

膠着する状況に僅かでも変化が起これば、その瞬間、苛烈な戦いが始まるだろう。

勝負の行方や如何に!―――――



『くらえっ、必殺剣!』

『あ、しまった先週賊を殺った時に残り回数無くなったから引退を決意してたんだった!』



グァァァァア

ヤ~ラ~レ~タ~



――― 国一番の騎士、死す!



『ふん、これでこの国一番か、他愛のない…』

『賊が出たぞ、東門に集まれ!

『所詮は雑魚、組み伏せるのは容易…あ、回数切れ…シマッタァァァアアアア!』



――― 世界最強の剣客、死す!








な、使えないだろう?

時間稼ぎ位にはなっても、それ以上できないことは分かり切ってるから数で押せばあとはこちらの物。

コソコソ隠れる必要なんてないんですよ、奥さん。


100人の強盗に対しては、K察官も100人以上の態勢で対応しなければならないのだ。

強盗はなりふり構わないからね、K官100人いても殺せば強盗の勝ちだよ♪


逆に警察は100人なら、それ以上殺せないからね。

たとえ抑止力でも相手を取り押さえられるだけの必然性を持ち合わせてないと何ら役には立たないよね。




 その点、俺はあと9984人殺せるんだ。

一人殺してもまた次がある、まぁなんて素晴らしい事でしょうか。

それだけで将来を約束されたようなもんだよ。

ていうかいくつかの機関から既にスカウトが山の様に押し寄せてきているのだ。



 例えばK察の特殊部隊とか、要人の護衛とか、暗殺とか、私刑囚の始末とか…

俺の存在が抱え持つリスクも大きいがまた需要がとんでもない。

それに、歴史的にみても殺しの残り回数というものは社会的影響力が大きい。

流石に今は近代化してきて、容易に殺せない風土も出来上がりつつあるが、結局それも抑止力あってこそのモノ。


最初から凡人とは価値が違うのだよ、価値が。


やれやれ、世界に愛されちゃってますね、俺様♥

やっぱり愛だよね!(物理)




 まあ、そんなわけで、将来を約束されている俺にとっては本来、

頑張って学校でお勉強する必要性なんてなかったんですよ。

それは俺の努力をあっさり否定するものだ。

なんだか、やるせんなぁ。


だからこの世界の俺は腐っちゃってたわけだ。

テストの点なんて、いままで悲惨なもんだったようだがそれは世界が変わるまでの事。

あの世界ではボッチながら普通に生活してきた俺に隙はない。

さあ、どこからでもかかってくるがいい、テストよ。

今宵の俺は一味違うぞ?




 それから俺は、休み時間だけ昼寝をし授業は真面目に受けるよう努めていたのだが、

何故かそうすると教師から恐れられたのか、担当教師の体調不良が後を絶たず、たびたび自習の時間が設けられた。

案の定、俺は校長に呼び出しを食らい


「どうだい、今日から校長室で個別授業を受けてみんか?

特別に午前中だけ私の下で授業を受ければ、午後からの授業は科目免除にすることができるぞ?」


なる特別待遇を言い渡される始末。

ええ~、どう考えても厄介払いじゃないですか、ヤダァ~




 いくら殺す回数が多いからって、見境なく人を殺してるわけじゃ無いんですよ、本当。

ただ面倒な連中を思い通りにヤっちゃえたら楽になるのにな~って思ってた頃もありましたよ、ええ。


でもそれは普通の日常があってこそのモノで、言ってしまえば唯の無いものねだりでしかなくて

果たして本当にソレを望んでいたのかと聞かれると、少し首をかしげてしまいたくなるわけで。



はぁ~、結局他人の都合に振り回されるなんてこの世界も存外自由には暮らせないらしい。

俺は唯普通に友達作って、彼女作って、語り合って、笑いあって。

そういう当たり前の学生生活を送りたいだけなのに…。





 そうやって休み時間中、ふて寝を決め込んでいた時に、ふと妙な感覚が胸を騒めかせ、何気なく上体を起こして目を開けた。

目を醒ますと、そこは異世界だった。




「うわぁぁぁぁあ、お前さえいなければぁぁぁあ―!」




 穏やかな昼休みの学校風景のその一角

学校の3階にあるとある教室では、穏やかじゃない光景が繰り広げられていた。

一人は何やら鈍器を片手に。

もう一人は刃物を。


 二人の男子生徒がお昼休憩中に眠っていた少年・Hに襲い掛かっていた。

いじめられていた生徒2人は第三者にけしかけられ、脅され、怒り矛先を置き換え、少年を殺す事を決意した。



 同じはみ出し者でもこの待遇の違いは何なのか。

 数多く殺せるだけで特別待遇、しかも多少のおいた(・・・)は黙認される始末


同じ人間なのに、

同じ学校の生徒なのに、

同じキラワレモノなのに…


なぜ、彼だけ特別扱いされ、学生という立場に身を置きながらもその将来を約束され、一人安寧の未来を歩む保障がされているのか。

こちとら周囲の扱いに頭を悩ませ、伸び悩む成績を両親から叱り付けられ、不穏な毎日を過ごしているというのに。


あれほど自由気ままに、呑気な顔して、まるで悩みなどありはしないような自身にあふれた充実した日々を送るあいつが許せなかった。


―― 僕はこんなにも思い悩んでいるのに。

どうして、どうして??



先日、妙な話を聞いたんだ。

僕が密かに恋い焦がれている思い人、伊木田苦無さんのことに関してだ。


「ねぇ苦無、あんたは誰が好きなの?」

「あ~、それ私も気になってた!」


放課後、いつものように先輩から部活の後かたずけを押し付けられていた帰り、教室に忘れ物を取りに帰っていた時のことだ。

僕の思い人、伊木田苦無さんは他の友人数人と甘い話に花を咲かせていた。


― 彼が好きです、

― それは嘘です。

― あなたが愛しているのは…


いわゆる、コイバナ。

憧れのあの人の意中の男性を聞くことのできる思わぬ機会に、自然と表情がこわばる。


「え~、でも…」

「良いじゃん、言っちゃいなよ」

「あれ、彩夏?あんたは知ってたんだ」

「まぁね♪」


キニナル…

気が付けば身を低くして、教室の外で聞き耳を立てる自分がいた。

バカみたいに胸の中で鼓動の音が高鳴っていた。

たぶん、多くのいじめられている人間がそうであるように、自分はモテる側の人間ではない。

それでも願わくば、彼女の思い人が自分だったらと、そういう甘い幻想を抱いてしまうのだ。


「えっとね…」



茜色指す夕暮れの教室の片隅で、照れくさそうに俯きながら思案する彼女の表情は、とても綺麗だった。


 ― でも、本当は分かってるんだろう?

 ― ウルサイ!

 ― 彼女の思い人が自分ではないことぐらい!

 ― 黙れ!


良くない声が頭の中で響く。

大丈夫、そこまでうぬぼれてはいない。

でも、誰だって夢ぐらいみてもいいだろう?

例えばさ、何かの切っ掛けで彼女と僕の距離が縮んでさ、それで…





「ええっとね…」





彼女は決心がついたかのように…

― ヤメロ




「え、もしかして?」








僕たちはめでたく結ばれることになり、そして…

 ― ヤメテクレ、ソイツダケハ



「うそ!?マジ??」

「へー、意外かも」

「でしょ?」




めでたくゴールインし、幸せな毎日を…

 ― ダメダ、ヤメテクレッ!




茜色指す夕暮れの教室の片隅で彼女は、その正面の空席を指さしていた。



「でも、なんかあんたらしいかも」



その席に普段すわる人物の名は…



「五十嵐燈雁くん、なんかちょっとかっこいいかも…なんて」




― 頭の中で幻想がバラバラに砕け散る音がした。

















「うわぁぁぁぁあ、お前さえいなければぁぁぁあ―!」


そのクラスメイトは眠る彼の頭上目がけて勢いよく、振りかざした鈍器を振り下ろし ―


「あー、ハイハイ。

八つ当たりご苦労様です」


少年は絶妙なタイミングで頭をあげており、間一髪難を逃れていた。


― 外した

ならばもう一度と。

しかしその頃にはもう、少年は席を立ちあがっていた。

包丁を持ったもう一人の少年が繰り出していた、続く第二撃目は、流れるような体裁きで避けられ、そして…



「え?」



― グサリ

その後ろで、茫然と事の成り行きを見つめていた少女の喉笛を、勢いよく突き出された包丁がやすやすと刺し貫いた。




突然起こった異常事態に悲鳴も上げることのできない彼女の体は激しく痙攣を始めた。

目は虚空をさまよい、血の泡を噴き出している。

包丁を持った彼は、自らが引き起こした事態に冷静さを取り戻し、信じられない形相をするクラスメートに恐れをなした彼がとった行動は、一言。


「ご、ごめん」


そういって包丁が引き抜かれた。

― ブシャ

なので、噴水の様に彼女の傷口からは血が噴き出した。

おめでとう、たぶん相手は死んだ。


一方、その光景を唖然と見つめていた鈍器使いは、ようやく自らの恋い焦がれた人物が激しく血を噴き出している現状に理解が追いつくや否や―



「沼田ァァァア!お前、おまえ‟ぇ!」


その惨劇を引き起こした当人である、包丁使い(沼田というらしい)に激昂し、怒りのまま手に持っていた鈍器を、同じクラスの友達と思われる沼田クンに、容赦なく叩き下ろすのでした。

いやぁ、怖い怖い。


沼田クンは結局、一言も発するこの事件現場から退場なすった。

おめでとう、相手は死んだ。


当初の怒りの矛先は、果たしてどこに行ってしまったのか。

鈍器使いの彼はそのまま沼田クンの方へ持っていた鈍器を抛り捨てると、急いで意中の彼女の下へ向かうのです。


 彼女は既にこと切れる寸前です。

絶えず喉元から噴き出る鮮血も今は勢いを失っています。

彼女は真っ青な表情で、でも確かに前を見つめていました。


「苦無さん、ああ…どうしてこんなことに」

「ひ……ぅ…」


彼女は自由にならない声と、体で一生懸命何かを伝えようとしています。

「苦無さんッ!待ってて、すぐに救急車を!」


そういって自ら使用した雑菌あふれるハンケチで傷口の止血を行い、

授業中は使用が禁止されているスマートホンを片手に救急ダイヤルをコールします。


「早く、早く繋がれ…」


 彼がチヌレの手で触るので、なかなか反応してくれないスマートホン。

必死の形相でなんとかキーを入力して打ち間違えてる最中


「ひか…りく…ん…ダ…イス…キ」


それだけ言い残すと、彼女は糸が切れたかのようにクタリと全身から力が抜け、そのまま動かなくなりました。



「そんな…嘘だろ?

苦無…クナイィィィィイ!」


なんと言うことでしょう。

彼女は喉を刃物でやられ、おそらく言葉を発することもあり得ない状態であったはずです。

でも彼女は自らの愛の言葉を主張したのです。

告げる相手は間違っていましたが(´;ω;`)

苦無さんや、俺はこちらですよ。

でも、最後に思いを告白するなんて、あんたは偉いっ!

やっぱり愛だよね!




― キーン

― コーン

― カーン

― コーン



あ、チャイム鳴った。

今日の貴重な昼寝タイムは、残念ながら終わってしまったようです。

皆さん、次はお掃除の時間ですよ~ってまあ、たぶん今日の午後からは中止だろうな、常識的に。


教室をぐるりと眺める。

今まで教室にいた奴はいまだ魔法棒で石にでも変えられたかのように固まってるし、教室の外は戻ってきた連中や騒ぎを聞きつけた連中でごった返しているが、廊下と教室の壁を境に誰も入っては来ない。

教師さえも。


ならば俺も空気を読んでこのままパントマイムでもしておくべきなのかも知れないが、

さっきからずっとトイレに行きたかったのでとりあえず教室を出ることにするよ。


それでは掃除の奴、後かたずけ頑張れよ。



 五十嵐燈雁がトイレに向かうことを決め、ならばさっそく行動に移そうと体を動かしたと同時、この惨劇を生み出した犯人である鈍器使いの彼の脳裏には様々な考えが取り止めもなく消えては浮かんでいた。



  

   

 ―シンダ 

   シンダ  

 何ンデ殺サレタ     

ボあいつがやった

クガコンナコトヲ

シヨウトオモワナ

ケあいつのせいだ


 思い出されるあの放課後の日

気が付けば泣いていた日

物音を立てて教室の彼女らに僕が聞き耳を立てていたことに気が付かれたあの日



「うわ池田じゃん、盗み聞きとかキショ」

「サイテー、信じらんない」

「うわ、コイツ泣いてるんですけど」

「なんなの?マジ意味わかんない」

「つーか何でいるの?キモ」




どうして、あいつが

あの殺人狂が、異常者なのに

どうして…



「ちょ、苦無泣いてるじゃん!」

「どうした、やっぱりウチら以外には聞かれたくなかった?」

「勝手に聞き耳たててマジあり得ないわ、サイテー」

「つーかさ、しゃべったらどうなるか分かってるよね?」

「ほら、大丈夫だよ、うちらが何とかすっし」



でも、何より一番傷ついたのは…



「ご、ごめん」


「は、謝ったら許されると――」

「帰って…」


「え?」


「早くどこか行ってよ!」



― 彼女に嫌われた?


キラワレタ

キラワレタ


まるで逃げるようにその場を後にした時のことは、あまり覚えていない。

ただ、夕焼けがあまりにも綺麗だったことだけは記憶に残っている。



彼女が、

彼女が死んだ?

殺された?

なんで?

それって僕のせいで?

何で殺されたの

分からない

どうしてこうなった?

分からない

何も分からない



あの桜色に染まった彼女の表情が、今は唯、真っ赤なのに真っ青。











「うぁああああぁぁぁあああああ―――!」



 鈍器使い、沼田正弘は最愛の人を屠った凶器を片手に狂気に染まった。(やったね、剣士に転職だよ)

全ての元凶である、五十嵐燈雁を殺すために。

しかし彼は自分が殺されようとするその時もいたって冷静であった。

決してこの世界の体に刻まれた、殺人に必要な様々な技術に自信をもっていたからではない。


なぜなら五十嵐燈雁は知っていたからだ。

沼田正弘では決して、自分を殺す(・・)ことなど出来はしないということを。



「ほい、残念」


火事場のなんとやら。

怒りと憎しみが詰まった渾身の一撃は当たれば必殺であっただろうが、然しそれが五十嵐燈雁を刺し貫くことはなかった。


なぜなら彼に突き刺さる直前の、

届け、包丁に乗せた熱い思い!

はどういうわけか本人の意思に反して、何処かへ吸い取られたかの様に抜け去ってしまうのだ。


それでもなりふり構わず、包丁を振り回しても、かたきを討つ前にへにゃへにゃと力は抜ける。

この不思議な現象がこの世界で決まった回数以上の殺しが出来ない理由の全てである。


 殺意を持つ、持たざるに関係せず、どういった基準で判断されているかも定かではないが、とにかく殺しはダメ、絶対と言わんばかりに、持たざる人間が直接的に人を殺すことを企てても失敗してしまうのだ。

この世界の住民には知る由もない事だが、すべてはアホな神様の仕業である。

なんだ、神様のチカラのせいなら仕方ないよね。アハハハ。



「理解したか?これが人を殺してしまうということだ」

「そんな、嘘だァアアアアア」

「刃物を振り回しているのに安心安全!

不思議な力ってスゲーな」


 これがある限りアイツには俺は殺せない。

だから俺もわざわざ自分の回数を使ってまで殺す価値もない。

だってあと9984回しか残されてないんだぜ?


何かの間違えでもそれ以上の人間を始末しなければならない状況になったときどうするよ?

なんなら世界の全てを敵に回したらっていうアホな話を体現しようとしても、世界の法則というどうしようもない部分で実現不可能なんだぜ?


やっぱり自分の殺し回数は大切に使っていかないと。



そうやって俺が今与えられているチャンスを認識し、これからの決意を新たにしている間に、ようやく矛を収めたのか、攻撃は止んでいた。

彼は自身喪失といった具合で、どうして、どうしてとつぶやいている。

最早俺の存在すら忘れてしまったかのように上の空だ。

勝手に突っかかられてこちらはいい迷惑である。

でも、いい加減そろそろ漏れ出してしまいそうなので、文句も言わずに見逃してやろう。

あ~ヤバイ、ちびっちゃいそう。


そういって足元で崩れ落ちる彼に視点を落とすのを止め、トイレに再度向かおうとすると…





「ははっいいよ、ここでシンデヤル…」



― はぁ~



「苦無さん、今すぐ僕もそっちに行くから少し待っててくださいね」



― アイツ、学習能力ねえなあ。



「あれ、どうして、手が動かない」



― この世界では、大多数の人間が『殺しは一回まで』とされている。

勿論一回なら殺してもいいという理屈にはならないが、そこはまあ置いておこう。


だからアイツも当然一回しか与えられていない側の人間であり、

その一回は仲間を殺して既につかってしまっているんだ。

残基ゼロ


では、銃弾が詰まっていない拳銃で人を殺せるだろうか?


「いやだ、いやだぁあああ」


あ、殴り殺すとかいうトンチ話は聞いていないぞ?

だが、アイツももうわかっただろう。

お前じゃ自分は殺せない(・・・・・・)って。



     何なのですか、この惨状は!

  先生、早く池田を取り押さえて

    ソイツ、沼田を殺したんです

 沼田はクナイちゃん殺すし

         もうわけがわかんねぇよ


しっかし大変だよな、殺せない人間って

自らの命を絶ちたくなる様な苦難に陥っても、自殺すら許されないなんて。

これから殺せる人間に怯え、奴隷のような日々を過ごしていくのだろう。


だってこき使ったって反抗できない、かと言って勝手に壊れたりもしない都合のいい生き物がいるんだもん。

人間の欲望は際限がないからな、それをかなえるための道具として新たな生き方が待ち構えているだろう。

やっぱり自分の殺せる回数って大事だな。

これからは大事に使っていこう。

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