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神は何時までも変わらない人の世に悲嘆に暮れていた。
一度は同族どうしでの殺生を禁じたが、弱者は強者にいたぶられる現実に変化は無かった。
目には目を、暴力には更なる暴力で対抗を。
でも、行きつく先の終点には立ち入りが禁止されている。
だから、その者を止める手立ても、神は奪ってしまったことに気が付いたのはしばらく後だった。
下界の人間という生き物を眺めるうちに、神はある点に気が付いた。
それは神の目から見ても、殺されても仕方がないんじゃないか?という人間こそが、真に愛すべき人々を貪り虐げているという事実を。
革命、クーデター、下剋上…。
これらは旧態依然とした現状に不満をもつ人間が、それまでの生活を一新するために行われる、
およそ数世代を跨いで行われる人種が定期的に行っている衣替えのようなものだと神は認識している。
では、衣替えが行われなかった場合、いったいどうなってしまったのか?
当然着るものは劣化する、でも更新はされない。
国家?衰退するに決まっている。
それはもう、飢えて死ぬ昆虫の最期の様に、結末は決まって無様に人民共倒れ独立国。
一部の人間が贅を尽くすために、国民はワッショイして力尽きる迄が義務ですので…。
殺さないと前に進まない話がある。
仕方ないから1回は見逃した。
で、その結果がコレ
「ふぉぉぉおおおお―!
なぜじゃ、なぜあの何の罪もない幼気な少年が意味もなく虐げられなくてはならないのじゃ?」
神は咽び、悲しんでおられた。
人の子は生まれてから一回だけは、誰もが人を殺す権利を有している。
でも、本当に殺してしまったら、それは果たしてどうなるのか?
人を殺した咎人としての誹りを受け、迫害を受け、周囲の人間から孤立する?
「ひ、人殺しー」って怯えられて生きていくの?
いんや、全然?
だって彼はもう誰も殺すことが出来ないのだ。
これほど人畜無害な人間は果たして、この世に存在しうるものなのか?
争いは、対等な者同士でないと生まれない。
一生に一度きりの大事なアレを誰かに捧げてしまったが最後、少年は人生の一度きりを失う。
もう対等な立場で、自分にはないアレを持っている人間と語り合える資格は存在しない。
だから少年はサンドバックになるしかなかった。
アレを捧げてもらう肉壁として生きるしかなかった。
でも、自分にアレを捧げられるのは怖いので、黙って言いなりになる以外の道はなかった。
少年はいろいろな意味で可愛がられていた。
兜と兜がガッチンコしてた。
神様はソレを見るのが辛かったし、悲しかった。
自分好みの美少年が、人をもう殺せないという理由だけで好き勝手に弄ばれている現状が羨ま…許せなかった。
「もうダメです上官殿、自分にもアレをヤらさせてください!」
「だめだ下士官よ、お前のソレはもっと別のヤツの為に取っておくのだ…」
「上官ン―ッ」
たった一度、身内を助けるためにうっかり殺っちまっただけで、少年の輝かしい未来がこんな泥臭い状態になってしまった事が、神にとっては少し残念でならなかった。
大勢の人間に望まれて殺される人間もいるのだということを、これまで下界に干渉してきた結果から、ようやく神は気が付けた。
だから神はまたしても下界に干渉した。
神の気紛れにより、生まれながらの1度という数は変化する。
どうやら人間とは社会的動物であるにも関わらず、個としての差に重きを置いているようだったから。
性別の差、育ちの差。
それらが生じる選択肢としての差が…生まれ落ちた時点の差が彼らを惑わせるのであれば
だが、それでもその差が彼らへ繁栄をもたらすのであれば…。
わらわは少々、人間を枠に捕らえ過ぎていたのかもしれぬ。
ああ神よ、今更何を仰るのやら?
それなら最初から干渉しなければよかったのです。
貴方が下らない戯れをお考えになったばっかりに、争いの種がまた一つ増えてしまったようですよ?
――――――――――
――――――
―――
俺はどうやら夢を見ているようだ。
世界が変わる数日前の、どうしようもない俺の日常の夢。
ああこんな明晰夢、本当は見たくないのだが。
それでも夢は勝手に頭で上映会を開始するのだ。
タイトルは「俺がいじめられている」と言う―
「ねぇねぇ、ヒカリちゃん…ばらされたくなかったら、分かるよね『アレ』」
― 何処にでも聞くような陳腐な話だ。
「・・・わ、分かったよ」
すると俺は彼女の前にひざまづき、差し出された片足からローファーを脱がせ、靴下を丁寧に下ろして
彼女の座るベンチの上にそっとそれらを乗せ、滑らかなおみ足の指先を口に含んだ。
「あはっ♪」
何処かおどけたような艶っぽい声が頭上から聞こえてくる。
口の中に僅かな酸味を捉えながらも精一杯彼女の足先を舐めとるのが『犬』である俺の使命だった。
「ねぇ美味しい?」
犬に人間の言葉は話せないとは彼女の談。
犬は使命を全うするために、ただ仕込まれた芸を最後までこなす事だけを考えればいいんだと。
だから俺は無言で指先を舐め続けていた。
「ふふっ♪」
何が面白いのか、朗らかな微笑みを湛えた後、今度はもう片足で頭を軽く踏みにじられた。
「そんなに夢中になるほど私の足が好きだなんて、やっぱりヒカリちゃんは私がいないとダメなの…ねッ―」
つま先を最後まで後はこうして自分の唾臭い足で顔を踏みつぶされるまでが俺の日課。
勿論、夢中になるだなんてとんでもないし、俺だって本当はこんな事したくない。
ずいぶん昔に彼女の両親が死に、寂しそうに一人泣いていた彼女に関わってしまったのが運のツキ。
「…傘、貸してやるよ」
「………ぇ?」
「それ、友達んのだから、必ず返せよ」
切っ掛けはそんなつまらないものだったよ。
以来、彼女は俺に依存するようになり、依存はやがて束縛に変わる。
「ヒカリちゃんには私しかいないもんね、私がいないと生きていけないダメな人間だもんね
大丈夫だよヒカリちゃん、私がちゃんとついているカラ…」
それはこっちのセリフだと何回思った事やら…
なんで本当、こんなヤツに関わってしまったのか。
女の子に踏まれるのが趣味の奴、俺の代わりに踏まれてもらっても結構だぞ?
ていうかダレカカワッテクダサイ…
別にこの程度の行為に我慢が利かない訳じゃない。
問題はこいつが他の女子の前で、
『俺が』
『コイツの弱みを握って』
『何かしらのいかがわしい行為』を
『俺が』(大事なところなので2回言いました)
『要求してくる』感を
何処となく仄めかしている部分が気に入らん。
おかげさまでクラスの女子には幼気な少女に変態的要求を迫る変質者扱いされるし
男子には男の風上にも置けないクズとしてハブられている。
俺は何も悪い事してないのに、解せぬ。
そうやってひとしきり彼女の足で弄ばれたのち
「だ、大丈夫?
どこで転んだの?」
といった具合で、お前の頭の調子が大丈夫かよと聞きたいぐらいのすっ呆けを見せ、
まるで聖女様になったつもりであるかの様に涙を浮かべながら俺の顔をハンカチで吹いたり、抱きしめたりしてひとしきり泣いたのち、
「だ、大丈夫!
今度は私が守ってあげるからね」
と言った、決意を固めたような顔をしてさらに付きまとってくるのだが、その頃には休み時間が終わり
校舎の掃除の分担場所へ向かわなければならないので引きはがすのに苦労する。
で、掃除の持ち場に何とか向かい、さあ掃除するか!
ってなると思うじゃん?
「おい五十嵐ぃ…
今日も茜ちゃんと良い事してたんだってぇ?」
「いいナァ、ボクタチも仲間に入れてくれよぉ」
「だってオレタチ、トモダチだろぉ?」
ってな具合でな、何処の学校にも一定数湧くマイルドヤンキーに絡まれるのでしたとさ。
「だから、俺とアイツはそんなんじゃないって何時も言ってーッ」
「うっせぇんだよダアホゥーッ
誰もそんな事聞いてねぇんだよお坊ちゃんが!
さっさと俺らン所にまわして来いって言ってるんだよ馬鹿」
知ってた。
でも言い返しても、返されなくても同じ展開なら、少しは自分に正直に生きたいじゃん?
さーって、俺クン、こっから格好良く連中を締め上げて、孤高の不良少年としてアウトローの頂点に君臨することができるのか?
で き ま せ ん で し た 。
掃除の時間の俺のお仕事は、非行少年たちのオモチャになることです。
すげぇや、ガラスを突き破って空中でバトルしてるぞ、
流石飛行タイプだ! ぼうりょくのちからって、スゲー。
立ち上がるのも億劫なくらい、パンチングマシーンにされた後は次の授業が待ってるぜ!
現代国語、君に決めた!
そうして俺はパケットモンスターの世界一を決めるトーナメントを勝ち上がるため、仲間であるテレホマンと協力して、某小説サイトにF5アタックを仕掛けた所で目を醒ました ―――
――――― えー、では次の文章を、五十嵐く…さん。お願いします。
あーよく寝た。
え?ここ俺のベッドじゃねぇんだけど。
あれれ~おかしいぞ~?
今朝じゃねぇの?
――――― か、彼は休憩中のようですので、後ろの席の伊木田苦無さん、お願いします。
― エー、センセイマタカヨー
― カレダケトクベツアツカイ ズルイ
― フェアジャナイネ
あ、そうか。
ここは学校の中で、どうやら授業の真っ最中だったっけな。
イケナイ、イケナイ
授業はしっかり聞いておかないと。
しかし嫌な夢を見ちまったもんだな。
何が悲しくて夢の中でまでサンドバックやらされなければならんのか…
って、イカンな。今は授業中。
嫌なことはさっさと忘れて授業、授業っと。
ノート代わりのルーズリーフはどこ入れたっけな、鞄か?
……ん?
机の横につり下げた鞄の中からルーズリーフを一枚取り出して顔をあげたときに、今クラスの中で起こっている奇妙な状況に気が付いた。
え?何でみんなこっち見てんの?
そんな疑問の目で周囲をぐるりと見渡すと、すかさずクラスの連中は前の黒板の方に目線を戻した。
何だったんだろうな、今の一瞬は?
もしかして、寝言でも言ってた?
うわー恥ずかしいな、それは。
ぐへへー、茜たんのおみ足様がおいしゅうござるよふへへ~っみたいなこと言ってたらどうしよう?
いや、そんな事は一つも思っとらんけども。
なんだったんだろうなー、気になるなー
そんなモヤモヤとした疑問を感じながらも、今日の授業は過ぎていった。
今日も問題を充てられることは一度もなかった。
相変わらず、俺はボッチだった。
理由?
あの女以外ありえんだろう?
でも、付け加えるなら
数日前、俺の主観で言うなら間違いなく世界の常識が変わってしまった。
具体的にいうと、どうやらこの世界、どういうわけか殺人が出来ないカラクリが成り立っているらしい。
正確には、皆誰でも一回は人間を殺すことができるらしい。
でも、その一度きりを使ってしまうと、以降どうやっても殺人は出来なくなるみたいだ。
全くもって不思議な話である。
俺の知ってる常識だと、やれ空襲で何十万人と人が死んだだの、テロ事件で何千何万と命を落としただの。
そんな血生臭い歴史を知っているだけに、なかなかにこの世界の歴史というのは奇妙な流れを刻んでいる。
まぁ、その辺はひとまず置いといてだ。
中でも一番おかしな話がある。
この世界では厳格に「殺人は1回まで」という法律なり、掟なりが定められているわけでもないのに
人々の無意識の中には「人は一回しか殺せませんよー」といった本能に近い部分の当たり前が存在している。
なぜできないのか?どうしてできないかなんてこの際それもどうでもいい。
物が高いところから低いところに向かって落っこちることが当たり前のように、この世界ではそれも当たり前のことなのだろう。
問題なのはそのルールが、何故か俺には適用されないって所だ。
久しぶりにまっすぐに帰宅することができたように思える。
でも、この世界じゃ俺は恐れられているのか、俺に絡んでくる不良もどきも
犯罪者を見るような鬱陶しい視線を向けてくるクラスの女子もいない。
俺的には殺人という罪を犯した犯罪者って気もしてるんだけど、まあいいか。
洗面台に備え付けてある鏡には、かれこれ十数年にらみ合ってる俺の顔が映っている。
あ?やんのかオラ?
って、俺そんなキャラじゃないし。
容姿に関しては特に前の世界と変わった点は見受けられない。
強いて言うなら髪が少し短くなった気がしないでもないが、ひと月もすれば目や耳に掛かるぐらい伸びてくるので誤差みたいなものだろう。
でも、1点だけ決定的に違う部分があるんだ。
それは目の中にある。
鏡に近づいて目を合わせ、瞳の奥をのぞき込んでみると浮かんで見える数字がフワフワと漂っている。
― 9984
これが俺の残りの殺人可能人数だってさ。
さて、他の連中と一体どこでこんな差がついたのかねぇ?
俺がそんな思考の中に浸っている間、鏡に映る俺のスガタは、楽しそうに口元をゆがめて不敵に笑ってみせていた ―――




