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最終夜 裏野ハイツへ、おかえりなさい

なぜ瀬戸はここを紹介したのか。

謎の解き明かし編になります。

 ぱぱーっという車のクラクションを聞き流しながら、悠々と横断歩道を渡っていく。渡った先のファミレスへ夕涼みに入るところだった。


「よぉ、瀬戸。久しぶりだなぁ!!」


 無言で振り返る。横断歩道を渡り切ったそばにある電柱の下に、両目を陥没させ、右頬から後頭部に掛けてべこべこに凹ませた広川が居た。

「こんな所で会うとは思わなかったなぁ。なぁ、おい!」

「そうだな」

 やれやれ。今度は一週間ともたなかったか。内心で嘆息しながら、口から血反吐のような液をだらだらと溢しながら話しかけてくる広川に肩を組まれ、「つもる話もあるから、ちょっと話そうや」とファミレスへ折れてぐしゃぐしゃになった足を向けた。

 おれが扉の取っ手を持って開けてやると、「おう、さんきゅ」と鼻歌交じりに先へ入っていく。店内に入ると冷房をガンガンに効かせているのか、少し肌寒い空調の中で店員が「何名様でしょうか」と飛んでくる。それに指を二本だけ立ててみせると「かしこまりました、それではこちらへどうぞ」とまばらに座る人たちを左右に、店員が案内する。指定された席に着くと、広川が「懐かしいな。昔はよくロシアンたこやきとかやってたよなぁ」と笑う。おれは「そうだな」と言って二人分のお冷やを注ぎに行った。

 氷を入れたお冷やを両手に持って席に戻ろうとすると、怪訝そうな顔つきの店員と擦れ違う。その眼はありありと二人分のお冷やに対して疑問を訴えかけていた。

「おっ、悪いなぁ。瀬戸」

「気にするな」

 広川がそう言って笑えば、ぼこぼこに凹んだ顔面がみしりと音を立てる。そのまま手渡せばグラスが落ちることは知っているから、受け取ろうと伸ばされた手は無視してグラスを机の上に置く。おれの振る舞いを昔から知っている広川は「相変わらずつれねぇ奴だ」と再度みしみしと笑った。

 互いに窓際の席に着き、おれは窓の外で沈もうとしている夕陽を眺めながら、楽しげに話す広川の話に相槌を打つ。広川は自分のテンションが上がってくると声が大きくなる人間だ。高校時代でのバカ騒動や先生の話、互いの友人の話など、さまざまな話題が飛び出してくるうちに広川の声が大きくなっていく。しかし、それでも店内でそれを咎める者は誰一人として居なかった。

「なぁ、瀬戸」

 それまでわんわんと吠えていた広川の声が、トーンダウンする。やれやれ、やっとか。おれは努めて平静な声で「なんだ」と話の続きを促す。



「俺はさぁ、昔っからついてなかったんだよ」



 広川の顔に、夕陽がかかる。

 夕陽は広川を通り抜け、向かいの薄汚いソファを赤々と照らした。


「……そうか。ついてなかったか」


 このやり取りも、これで何回目だろうか。


「ちょっと前に借りてた金返せってどいつもこいつも口揃えて言ってきてよぉ」

「金を借りていたのか」

「そうそう。ちょっとすぐに返せそうにないぐらいの」

「アルバイトや就職して返そうとは思わないのか?」

「だって、ダルいことは俺の専門外だし」

「そうか。専門外なら仕方ないな」

「それでさ、和也に優斗、信吾まで酷いんだぜ。取り立て屋にまで連絡してよぉ」

「懐かしいな、その三人組。たしか仲が良かったんじゃないのか?」

「俺もそう思ってたんだけどよ、一人たった百万ぽっち借りてたらすぐ返せって」

「なるほど、三百万か」

「そーそー。んで、今あいつらから逃げてんだけどさ。アパート追い出された」

「いわゆるホームレスってやつか」

「そこでさ、ちょっとの間で良いから、瀬戸。お前の家に泊めてくんねぇ?」

「……」

「家賃は今は払えねぇけど、バイトすっからさ。な、頼むよ」


 そう言って広川は「この通り」と頭を下げる場面まで、寸分の狂いもない。あの日あの時とまったく同じようなやりとりで、むしろ笑ってしまいそうになった。

 間を潰すために飲んでいたお冷やのグラスをことん、と置く。そっくりあの時と同じことをすると、広川もあの時と同じように期待を込めた肩をぴくりと震わせる。


「分かった。そういうことなら」



 広川が勢いよく顔を上げ、嬉しそうに笑うのも、見慣れた光景だった。

















 数年前の夏に地元へ帰ると、おれと仲良くしていた広川が事故で亡くなったという話を耳にした。そうか、亡くなったのか。思い返せば、広川が馬鹿なことをやって後の三人組とおれが笑ったりたしなめたりというような思い出しかない。とくに広川は誰とでも仲良くなる奴だったから、教室の隅でじっとしているおれの元へは特によく来て話しかけて来ていた。

 そんな広川だから、葬儀もさぞや人が多いだろうと思って出向けば、思いのほか人数が少なくて、あの三人組の姿も見当たらない。どうしたのかとその葬儀に来ていたクラスメートに聞いてみると、広川は高校卒業後は多くの友人に借金をして首が回らなくなり、腹に据えかねていた友人たちもとうとう取り立て屋に金をとり返してくれと頼んだらしい。その数週間後に広川はダンプカーに轢かれて死んだ。だから、広川が死んだのはその三人組が頼んだ取り立て屋のせいではないかともっぱらの噂だ。

 さて。おれに広川が金を借りに来なかったのはどういうことなのか。その程度の友人関係であったということなのか、それとも借りにくい理由があったのか。いずれにせよ、広川は友人を裏切り、裏切られたということだ。おれの両親と広川の両親はもともと友人であったため、葬儀をなるべく手伝いながら、通夜を迎えた。

 見送りも過去の栄華に比べれば寂しいものとなったものの、無事に終えておれは都会に戻った。また味気ない日々が始まり、会社に飼い殺されるのだろうなとぼんやりと考えていると。



「よぉ、瀬戸。久しぶりだなぁ!!」



 真夏の太陽の下で、広川が現れた。




 驚いて何度も名前を尋ねると「忘れた」という答えが返って来ていたが、おれが「お前は広川という名前だよ」と教えると「たぶん違う、けど。俺にぴったりかもしれねぇな」と笑って受け入れていた。

 そんな広川も、既に死んでいるのだ。だけど、広川の記憶は死ぬ手前で止まっているらしい。このまま彷徨さまよい続けるのを見過ごすのも忍びない。

 そこで俺は寺出身の同期に話を聞いて「裏野ハイツ」を知った。裏野ハイツは死んだことも知らずに現世に留まり続ける霊たちにとっての居住地であるらしい。そこでなら世の中の人に迷惑もかけずに自分が死んだ理由や来世へのヒントを見出すことも出来るのだそうだ。

 と、同時に、裏野ハイツは天国でもあり、地獄でもあると言われていた。入居する者の生前の行いで、そこでの生活や入居者が決められ、生活が始まる。広川の場合は長年にわたって人を騙して金を借りていたため、この裏野ハイツで五十年以上は過ごさなければならないらしい。

 最初の広川は、一か月はもった。しかし、裏野ハイツで何かあったのか、そこで必ず消息不明になる。内通者を張らせていても、結果は同じだった。すると、またひょっこりおれの前に姿を現す。おれはその度に裏野ハイツを広川に案内していた。

 広川は一体いつになったら自由になれるのだろう。こんなおれに目を付けられたが故にいつまで経っても終わらぬ裏野ハイツへの仮住まいに縛られ続け、あの世にも行けず。おれがもう関わらなければ成仏できるのではないかと考えた時もあったが、広川という存在を手放しにすることも出来ず。

 今やもうおれにとって広川は「人生の暇潰し」でしかなかった。


 この終わりの見えない輪廻に飽きるのは、おれか、広川か。

 狂っているのは、おれか、はたまた広川か。



 

「よぉ、瀬戸。久しぶりだなぁ!!」




 今日もおれの前に死んだ広川が出会い、別れる。





いかがだったでしょうか。少しでも怖いと感じて頂けましたら、幸いです。

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