4・羽子崎飛行訓練場尊
一
父・渓太郎が櫂浬を車で送るのを見送ったあと、流留はすぐさま深二に電話をかけた。
「深二ー? おまたせ。笑ってた理由話すわ」
〈それよかおまえ、あの野郎になんか言われなかったか?〉
「ああ、都会にきてみなさいみたいなことを……」
〈それ、結婚の申し込みじゃないだろうな?〉
そうなのだけれど、プロポーズされて断った話をぺらぺらしゃべるのも失礼だと思い、流留は「いやー、そこまでは」と言葉を濁した。
〈いまさら清一を裏切んじゃねーぞ。ちょっとヒヤヒヤしてんだよ。あいつかっこいいからな〉
「えー。ああいうのは好みじゃないよー。だって星乃川の気障神子様だよ?」
〈なんだそれ?〉
「私の愛読書に出てくる神子様。『空飛ぶ神様』だよ。出てくるじゃん、えらい神子様なのに、羽子崎の神様をぜんぜんつかまえられないの。あの情けな~い神子様、櫂浬さんのひいおじいさんだよ。星乃川の気障神子様。イメージそのまんま。わらうー」
〈あれか! 鳥居まで立てたのに、相手にされなかったあいつか〉
「それそれ。その鳥居は飛行機着陸の目印にしかならなかったっていう」
〈はっはっは〉
「わたしだって神様つかまえたーい。でもかっこよく逃げてもほしー。風に乗って」
〈風神だからなあ〉
「風神だったらいいなあ。羽子崎飛行訓練場に生まれた、情が深くてお茶目な風神様」
『空飛ぶ神様 ~僕らの羽子崎飛行訓練場~』は、大戦が激化し、日本がアメリカと泥沼の戦闘に突入していくまでの、軍の戦闘機飛行訓練場におけるひとりの訓練生の手記である。と言ってもかたくるしいものではなく、ごく私的な日記の形式をとっている。
まだ入隊したばかりで、飛行のイロハもわからない筆者・高井賢介は、厳しい教官と怖い先輩たちに囲まれた緊張の日々の中、宿舎や訓練場におかしな気配があるのに気づく。意地の悪い先輩から、訓練中に墜落して死んだ訓練生の怨霊だ、見た者は死ぬときかされていたが、賢介は母方の実家が神子家であったため神子の素質があり、それが飛行場に生まれた九十九神であることがだんだんわかってくる。怨霊話におびえて訓練がままならない仲間のために、悪霊ではなく害意のない九十九神だと証明したい思いにかられて、母方の実家で付け焼刃の神子修行などしてみたりする。このあたり、素人修行のおろおろ感に笑いをそそられ、仲間思いの友情にほろりとさせられる。
賢介には神子の才能が眠っていたようである。修行をきっかけに、おぼろげながら九十九神の人態が見えるようになる。神様というのは重々しい古代装束を身にまとっているものと思いこんでいた賢介だったが、この九十九神はごくふつうの白いシャツと濃灰色のズボンを適当に着た姿だった。そして兵舎の屋根に座るような格好で足をぶらぶらさせながら、戦闘機が飛ぶのをぼんやりながめていることが多かった。
賢介と同年代の十代後半の姿だったこともあり、彼はこの九十九神に親近感を抱くようになる。どことなくさみしそうな表情をしているところに、神々しさではなく人間味を感じていた。
しかし賢介の母の神子家では、人間のほうから神様に話しかけることを厳しく禁じていたから、神様に話しかけるなど思いもよらない。ときおり神様と目が合うことがあったが、賢介は静かに拝の姿勢をとり、神様が目をそらすまで顔を上げなかった。
さて、新人訓練生だった賢介に、ついに初飛行の日がやってきた。
賢介は緊張で震えていた。怖くて仕方がなかった。きっと墜落する、もう家にかえりたい……そんな弱気な気持ちでいっぱいで、頭を抱えて床をみていると、ふっと神様の気配が目の前に舞い降りた。
「おまえなら飛べる。俺も一緒に飛ぶから大丈夫だ」
賢介は顔をあげた。
神様がいた。
「神様」というかんじはあまりしなかった。そのころの賢介は、かなりはっきりと神様の姿が見えるようになっていた。そして神様の声も、人の肉声のようにはっきりときこえた。はじめてきく神様の声。少年の見た目にしては深く低いけれど、口調にやんちゃな響きを残す、不思議な声だった。
神様に勇気づけられて、賢介の初飛行は無事成功をとげた。しかし、「俺も一緒に飛ぶ」とはどういうことだろう?
その謎はやがて解ける。賢介は、神様が波乗りをするように戦闘機の背に立ち、大空を飛ぶ姿を見るのだ!
のちに神様は賢介に「おまえの初飛行が俺の初飛行だ。おもいきってやってみたら、飛べた」と語った。神様がモノに乗るという話はきいたことがない。肉体がないのに、どうやって?
神様は「飛行機がつくる気流に乗る」と答えた。風に宿る力に乗るわけである。
神様の人なつっこくやんちゃな気質と、神子家育ちではない賢介の気楽さから、神様と賢介の間の垣根は、だんだんとっぱらわれてゆく。訓練生仲間たちは、賢介がときおりひとりでしゃべっているのを不思議に思った。賢介は仲間に神様を紹介したいと思い、母の実家に修行に連れてゆく。素質のある者が何人かいた。賢介ほどにはいかずとも、おぼろげに神の姿を見、かすかに声をきく者が出てきた。神様のうわさは訓練場中に広まってゆく。オレも空飛ぶ神様が見たいという訓練生が続出し、教官の目を盗み、宿舎でこっそり神子修行するのが流行る。このあたりのくだりもドタバタ感があってほほえましい。まだ大戦は勃発しておらず、軍もなんとなくのどかである。
神様は、初飛行の新人の機体に、かならず一緒に乗ってくれる。相手に神感能力がなく、声がきこえないとわかっていても、いつも新人の脇にきて、勇気づける言葉を言う。「おまえなら飛べる」と。神様の声はきこえなくとも、その思いは伝わるようで、神様が声をかけると震えていた新人も落ち着きをとりもどす。賢介はそんなやさしい神様を心から慕うようになる。
いつか軍を引退したら、きちんと修行して神子になって、羽子崎に神社を建てよう。飛行場のすぐそばに建てよう。神様が空を飛ぶ姿が、いつでも見られるように。賢介はそう決心する。
そんな一訓練生の思いをよそに、世界情勢は徐々に不安を増してゆく。戦争がはじまり、賢介も訓練生ではいられなくなった。命令しだいで、いつでも空母に乗って出撃しなくてはならない。仲間たちとともに。
戦場において、羽子崎飛行訓練場出身のパイロットは、優秀だと言われた。撃墜数は普通だが、生還率がほかとくらべて格段に高い。戦場に出た羽子崎の若い兵士たちには、その理由がわかっていた。敵の砲弾が、機体を勝手に避けるのだ。隊を組んだ味方の機体のどれかに、神様が乗っている。賢介たちの飛行技術の上達にともなって、神様の搭乗技術も上がっていた。神様は機体から機体へと飛び移り、気流をあやつって砲弾を押しやる。
けれどみなが知らないこともあった。神様は細かい力を操れない。神様の力を媒介しているのは賢介だ。賢介の神術技能もまた、戦場で磨かれていった。
羽子崎には神様がついている。その話は瞬く間に有名になった。
戦況は芳しくない。軍の上層部は、兵士たちの士気を高める必要があった。「軍神」は士気を高めるいい材料だ。羽子崎だけに留めず、広く日本軍全体にその存在を知らしめたい。
神様の人態を実体化する計画がとられた。撮影し、多くの兵士にその姿を見せるためだ。
羽子崎に近い、星乃川の神子が呼ばれた。まだ若いが、能力は折り紙つきだ。九十九神程度は妖怪と同等だと思っており、恐れなく強引な手がとれる点でも重宝な神子である。
結果的に、星乃川の神子は失敗する。
神様の逃げ足のほうがはやかったのである。なにせここの神様は、戦闘機に乗って大空へ逃げてしまうのだから。星乃川の気障神子様は、何日かけても羽子崎の神様の人態を目にすることすらかなわず、「羽子崎に神などいません。いるのは妖怪です」と断定して去ってしまう。
飛行場に、神様のごきげんとりのために建てた朱い立派な鳥居を残して。
気障神子様が去ったのち、神様は人態をとって「妖怪でーす」と言いながら帰ってきた。兵士たちは大爆笑だった。羽子崎の神様はおれたちだけの神様。そんな思いが、羽子崎飛行訓練場……あらため、羽子崎軍用飛行場の面々の、結束をより強くした。
しかし、飛行場に明るい空気があったのは、そのころまでだった。
戦闘は日を追うごとに激化してゆく。賢介も疲弊していた。自分の神術技能だけで砲弾を避けきるのは不可能だった。仲間はひとり、またひとりと空に散っていった。神様だと思ってたけどやっぱり妖怪程度の力しかないんだなと、あきらめたように仲間たちは言った。賢介は自分が歯痒かった。星乃川の神子家に協力を頼みに行ってみたが、門前払いだった。
賢介は泣きながら神様にあやまった。自分の力不足のせいで、あなたの力が生かせないと。あなたは本当に神様なのに、みなを救える神様なのにと。
神様はそんな賢介におだやかに言った。
「俺は力をおまえにしか降ろせないんだ。おまえの力不足じゃなくて、俺の力不足なんだ」
神様は、泣いていた。そして賢介と一緒においおい泣いた。
戦況は絶望の色が濃くなってきた。「降伏」の文字が、多くの兵士の頭をよぎったが、戦闘はまだまだ続く。軍の上層部が自棄になっているのだとしか思えない作戦が立てられる。
遺書を書いておけ。上官はそう告げた。
賢介は宿舎で、父と、母と、妹にあてて遺書をしたためていた。ふと気配がして顔を上げると、神様が賢介の手元を見下ろしていた。
「遺書なんか書くな!」
神様は書きかけの遺書を机から払い落そうとした。しかしそれはできないことだった。神様に、実体はない。神の手はむなしく宙を払うのみだ。
「実体化しろ」
「無理です。やったことがない」
「だったら今やれるようにしろ!」
実体化はかなった。神様は賢介の遺書を破り捨てると、仲間たちの部屋に次々押し入って、仲間たちの目の前で片っ端から遺書を破り捨てていった。
「自分から命を断つ生き物は人間だけだ! もうやめてくれ! やめてくれよ!」
宿舎の廊下に、神様の怒鳴り声が響く。賢介はもう、涙で何もみえず遺書を書くことができなくなった。
遺書を書くのはやめよう。生きて帰ろう。そして帰ってきたら、羽子崎に小さな神社を建てるんだ。かわいい嫁さんをもらって、子供をつくるんだ。子供に神子の素質があったらいいな。そうしたら、俺が死んでも、神様はひとりぼっちじゃない――――。
高井賢介の遺族には、遺書の代わりにその日記が残された。
敗戦後、羽子崎軍用飛行場は撤廃され、なにもない更地に朱い大きな鳥居だけがぽつんとたたずんでいた。
十年ののち、軍用飛行場のあった場所は埋め立てられ、羽子崎国際空港に生まれ変わる。
しかし、ジャンボジェットの巨大な機体に、神様が乗っているのを見た者はいない。
怜流の「神様お宝映像コレクション」に、羽子崎飛行訓練場の記録映像がある。神感を凝らしてよく見ると、大空を飛ぶ戦闘機に神様が乗っている。飛行機の上の神様は、真夏の海でサーフィンに興じているように、生き生きとして楽しそうで、そしてなによりかっこいい。
羽子崎飛行訓練場のフィルムはほかにも何種類かあって、整備中の機体の間を神様がうたた寝中のような姿勢で漂っているものや、教官の話を盗み聞きしているようなものもある。けれども古い映像なので、神様の表情まではなかなかわからない。
しかし先日、深二がものすごい映像を発掘してきてくれた。
なんと、神様のアップである。
音声は入っていなかったが、唇の動きから、神様はカメラに向かってはっきりこう言っているのがわかる。
「けんすけー」
映写機を回しているのが、きっと高井賢介なのだ。
流留は涙がでそうになった。幼さの残る少年っぽい神様の表情は、親愛の情に満ちていた。
流留は、高井賢介になりたいと思った。
二
翌日の日曜、早朝に流留は母親に起こされた。
「沙月ちゃんがきのう夜中に着いたんだって。別荘地でやっかいごとがあったんでしょ? 話をききたいから、急いで鳴沼家に来てって電話があったの。車で行っていいから」
急いで身支度して庭に出ると、父・渓太郎がすでにワゴン車の運転席で待っていた。
「流留、任務か? 任務なんだなっ?」
父の目が輝いている。
(任務ってなんだ任務って。バカじゃなかろか)
返事をする気も失せる。
渓太郎は少年時代からずっと、潤の父親を兄貴と慕ってあこがれている。決まった神社でルーティンの神子仕事なんかするより、日本全土をかけめぐり難問奇問を解決していく潤の父親のようになりたいと、若い頃は鳴滝山を離れてふらふらしていたらしい。
結婚も、利宇摩水系神子家連の反対を押し切って、幼馴染だったまり子とした。今は農業従事者として落ち着いているように見えるが、農閑期になるとちょくちょく姿を消すから、もしかしたら裏でなにかやっているのかもしれない。神子業務は渡鳴神社の臨時雇いしかやっていないにしては、神術技能が年々向上しているのがあやしい。
父・渓太郎の教えは「ピンチを救うのは神力よりも己の身体能力」であって、若い日にどういう経験をしたのか、非常に知りたい流留だった。
そして似合いもしないのに「ハードボイルド」が大好物なので、「任務」と聞くとうずうずするらしい。この目の輝きは、沙月→国家公務員→政府→任務とか、そんな連想だろう……。
流留が鳴沼家に到着すると、リビングで鳴沼家の面々と沙月に出迎えられた。
ひさしぶりに会う沙月は徹夜明けの疲れた表情だが、メイクと髪の巻きにぬかりはない。
「流留ちゃん、残念。ひとあし遅かったの」
「どうしたんですか?」
「私が着く前にイケメン櫂浬君が東京帰っちゃった」
深二が朝刊で沙月の頭をバシッとはたいた。
「ぶたなくてもいいじゃない。目の保養がしたかっただけなのに。……いや、そうじゃなくってね。逃げられた。ルジェンドリ氏に」
「えっ」
「きのう夜にニューヨークに発ったみたい。七時ごろ、いつも宝石の運搬を引き受けてる警備会社に、電話があったらしいのね。それは緊急の依頼じゃなかったんだけど、その三十分後に、すぐ発つからすぐ来いって電話が、またあったんだって。今は別荘、もぬけのからよ」
「逃げたって……。なんで?」
「持ってたらやばいものを持ってたからでしょ。やばいものなのに、知らないで人に預けちゃって、預けたあとでやばいってわかって、あわてて逃げたのかもね」
「エメラルド……」
「そっ。国際協定違反品よ。神力の国外持ち出しは、重罪よ。知らなかったんだもん、ハイそうですかってわけにはいかないからね。持ってた以上取り調べは受けてもらう。調べられたら困ることがあるから逃げたんでしょうね。出国してしまったらもうルジェンドリ氏はWGPOに任せるしかなくなるんだけど……。それと、今ここにあるエメラルドも」
沙月は金庫の方向をちょいちょい指さした。
「たぶん、神力管理局を通してWGPOに提出ね。だから急いでいろいろ調書を作らなくっちゃいけなくて、流留ちゃんにも話をききたいの」
(WGPO。世界神力機構か。ああ、お父さんの瞳がキラキラしてる……)
WGPO「世界神力機構」は、神力活用の健全化を目標に掲げる世界的組織である。大戦時の神力利用で各国神界が混乱したため、それを正すために国境を越えて各国の神力者が共同で設立した。国際間の神力問題の解決も、主にWGPOが担っている。
つまり、潤の父親が日本国内でやってるトラブルシューティングの、世界組織版みたいなものだ。
「協力できることはなんでもしますよ!」
渓太郎は力強く言った。
いやそれはわたしが言うせりふだっての。
父の言葉に、流留はがっくり肩をおとした。
ルジェンドリ氏のことや別荘のこと、お茶会に招かれたときのやりとりなど、流留は沙月に細かくきかれた。……婚約指輪をめぐる、ルジェンドリ氏との舌戦も。
(は、はずかしいっ!)
沙月はにやにやしている。応接間で沙月とふたりきりなのがまだ救いだった。あんな貧乏性丸出しの会話内容を鳴沼家一同の前で話せるものではない。
ひととおり話し終えて、いくつか質問にも答え、沙月がペンを置いたので聞き取りはもう終わりかと思ったら、彼女はまだなにかききたそうにじっと流留の顔をみていた。
「ほんとに結婚するんだ? 清一と」
(あ、そっちの話題ですか……)
きかれないわけがないとは思っていたけれど。
沙月は「○○ちゃんと△△くんがつきあってるんだってー!」という話が大好きなタイプだ。自分自身はどうなんだとつっこんでやりたいが、四十も目前の独身女性にそういう話をふっていいものかどうか、悩ましいところである。
「なんか、あれっ?あれっ?って思ってるうちに婚約することになっちゃって。自分でもびっくり」
気心の知れた女道の先輩なので、流留は正直な気持ちを告げたが……。
「でも流留ちゃん、潤がいいって言ってたじゃない」
流留はおもいきり茶を吹いた。
「言ってない! 一度だって言ってない! 五歳のときですら言ってない!」
「ああああ書類にお茶が。ティッシュティッシュ。……だって抱かれたい男ナンバーワンは潤だって言ってたよ、去年」
「誰が言いますかそんなこと!」
「三人の中で一番オスとして魅力的なのは誰か、だったっけな。そしたら潤だって」
「オスとしてって……。よくおぼえてないけど、せいぜいその程度の表現だったと思うんですけどー。抱かれたい男って……。話とびすぎ」
「おんなじじゃん。あーわかってんなー流留ちゃんって、私は思ったよ。大脳つかって選んだら清一だよね。誠実そうとか将来性ありそうとかさ。顔もいいしさ。リラックスしたいなあとか、自律神経系は深二を選びそう。でも子宮にくるのは潤よね。潤でしょ? 私もそう思う! しなやかで鍛え抜かれたボディ!」
沙月は両手を頬にそえ、きゃーと叫んだ。
さっきまでの凛としたキャリアウーマンはどこへ行ってしまったのか……。
完全に言葉をなくす流留だった。しかし、沙月の話はまだ終わらない。
「母さんには悪いんだけどさ、私、流留ちゃんは潤とくっつけばいいのにって思ってたんだ。潤と一緒に、東野平野常世直しの旅に出るのよ」
「常世直しの旅って。なんですかそれ……」
「ともかく、地元神社にくっついてない流れ神子で、実力のある人材が乏しすぎるのよ、この国は。流留ちゃんは将来、利宇摩川が流れる場所ならどこでも大きい力が得られるようになるわけでしょう。潤は父親と一緒で、五属性なんでもござれでしょう。ふたりにはもっと広い場所で活躍してもらいたいの。そう思って、潤には声をかけたんだけど……」
沙月は言葉を切って、探るように流留の顔をうかがった。
「声をかけた? わたしとつきあえってぇ?」
「ちがうって! ……やっぱきいてないか。三人には自分から話すって潤が言うから、なにも言わずにおいたのに。きいてないの深二だけじゃなかったのね」
沙月は語った。
潤は、来年度から神力管理局の新支部に配属になる。
新支部は、国際関連事項を扱うので、羽子崎国際空港のすぐ近くにつくられた。
羽子崎国際空港は、利宇摩川の河口近くにある。
利宇摩神の、力が届く。十分に。
「流留ちゃんにもきてもらいたいってのが本音よ」
凛とした顔つきに戻って、沙月は書類の角をトンと揃えた。
エメラルドは、神力管理局から護衛の管理官が着き次第、羽子崎の新支部に運搬されることになった。
沙月は清一と話をしているが、流留の用はなくなったので、いつもの修行のために渡鳴湖へ向かった。鳴沼邸から小さな林を抜ければ、すぐに湖がみえる。
渡鳴湖では水柱がひとつだけ、あがったりしぼんだりしている。
浜にいるのは潤だけだ。深二の姿も、渡鳴神の分体も見えない。神様の人態がそこにいなくても、渡鳴湖の力が届く範囲内であれば、神力の利用に問題はない。
しかし、人態の渡鳴尊が立ち会わないときは、緊張感がなくなるのが正直なところだ。
潤のそばへ駆けつけようとして、流留はためらって足を止めてしまった。
潤はどうして、渡鳴湖を去る話を自分たちにしなかったのだろう。
(言えなかったのかな……)
潤は本当に言葉が苦手だ。気持ちを伝える言葉はとくに。
あのときもそうだった。
大ばば様の葬儀のあと、流留が修行に行かなくなっていたとき。
清一と深二は、あれやこれやと話をしたり、なぐさめや勇気づけの言葉をくれたりしたが、潤はふたりに「おまえもなんか話せ」と言われてやっと、前日修行でやったことはあれとこれ、などと言い出した。
流留はむかっときた。もう自分は修行をやめる気でいたから、修行の話なんかききたくなかった。
兄弟が流留の気持ちを察して、あわてて潤を黙らせた。「話せというから話した」と言って、潤もむっとしていた。
でも、翌日潤はひとりで流留のところにやってきた。そして懲りもせず「きのうやった修行は水の気化だ」と言って、出されたオレンジジュースを粉にしてみせた。流留は自分の分のジュースを潤にぶっかけて、「帰れ!」と怒鳴った。
なのに性懲りもなく、毎日のように潤はやってきた。そして修行の話をしていく。深二が持ってきてくれたマンガがおもしろくて荒んだ心も凪いでいたので、もうジュースをぶっかけはしなかったが、先に進んだのをそんなに自慢したいか?と思い、流留はあきれた。
潤の競争心はいつも、一歩先をゆく清一でもなく一歩後れをとる深二でもなく、同レベルの流留に向けられる。
深二が貸してくれたマンガが神子ものだったので、読んでいるとうずうずと神術をつかってみたくなることがあった。ある日流留が庭でこっそり水溜りを波立たせていると、やってきた潤にみつかってしまった。
非常にバツがわるかった。
潤は流留のとなりにしゃがみこんだ。そして流留より激しく水溜りを波立たせると、流留の顔をみて得意げに「ふん」と言った。
――そしてふたりは十分後、庭に干した洗濯物を神術バトルでびしょびしょにしてしまい、まり子にこってりしかられることとなった。
その翌日、なぜ渡鳴湖に修行に行ってみようと思ったのか、流留はよく思い出せない。
でも修行中の潤が流留をみつけて驚き、そしてすぐにうれしそうな顔になったのは、きのうのことのように思い出せる。
流留の記憶の中で「潤のうれしそうな顔」というのはめずらしかったから、ものすごくよくおぼえているのだ。
(おまえがいないと張り合いがないとか一言あれば、わたしだってジュースかけたりなんかしなかったのに。まったくホントにあいつは……)
そういうところが潤なのだけれど。
木陰を出て浜のほうへ歩いていくと、足音で気づいたのか潤がふりかえった。
「おはよー。深二は?」
「サボリだろ」
「渡鳴様は?」
「呼んだけどこない」
ざあっと水音がして、水柱が立ち上がる。勢いよく、まっすぐに。まるで骨でもあるかのように水の形が整っている。深二はこれって将来なんか役に立つのかよとぶうぶう言っているけれど、潤は修行で何を課されても絶対文句を言わない。
「とーなーりーさーまー! ……ほんとだ、こないね」
「例祭も近い。おかしな石も出た。忙しいんだろ」
「そだね」
流留はしばらく潤のつくる水柱をみていた。来年はもう、潤は例祭に出ない。
何本目かの水柱がしぼんだあと、水気を含んだ冷たい風に吹かれながら、潤は一分ほどなにもせず、ただ立ったままでいた。
そしてようやく口を開いた。
「言っておくことがある。清一と深二にも言ったことだ」
「うん」
「来年俺は、羽子崎の神力管理局にいく。沙月さんの下で働く」
「……そっか。深二はなんて?」
「……なぜか怒った」
「ははは。清一は?」
「がんばれと」
「潤はさ……行きたくて羽子崎に行くの?」
「俺は必要とされる場所に行く」
――必要とされる場所に行く。
神力の扱いで、潤に負けてると思ったことはない。けれどこういう答えが返ってくると、流留は潤には絶対かなわないと思ってしまう。潤は自分よりずっと、神力者として選ばれた者の自覚と覚悟がある。流留の心に、さみしさと敗北感が入り混じる。
そのとき背後で足音がした。
「修行中ごめん。ちょっといい?」
沙月だった。ヒールの靴が、砂地では歩きづらそうだ。
「エメラルドの運搬係がもうすぐ着くんだけどさー。本部からの連絡で、ほかでもああいう変な石がみつかったみたいで」
「えっ! 神様の石?」
「うん。だから運搬係が何人か、そっちにまわっちゃう。手薄になると不安もあるから、潤、あんた一緒にきてくんない? 神力者が足りないの」
「わかりました」
「雑神降ろせる? 余所者に協力してくれない土地神がいるところも通るから。そういうところは、いざというとき流れ神が頼りなの」
流れ神と呼ばれる神様は、決まった場所につかない九十九神の一種だ。妖怪に分類する学者も多いが、妖怪よりもっと力が大きい。雑神と呼ばれることもある。
「大丈夫です」
「神子も不足なら神も不足だわ……なんつったらばちが当たるけどね」
沙月は流留を見た。
「利宇摩川の力は……まだ、降ろせない?」
流留は申し訳なさそうにうなずいた。
利宇摩神唯一の神子と言われていても、流留はまだ利宇摩神の神力を扱ったことがない。
降りてこないのだ。利宇摩川はいつも流留の前をただ流れるだけで、水が形を変えることはない。利宇摩川の前で、神子のはずの流留はいまだにただの人に過ぎない。
沙月は腕時計を見た。
「まだ時間があるな。一緒に利宇摩川に行こっか」
さすがの沙月もスニーカーに履き替えてきた。渡鳴湖からほど近い利宇摩川の川岸である。
人目につきづらい場所をえらんだため、近くまでは沙月の車で来たが、川に入るには車道から歩いて山林に分け入らなくてはならなかった。
「……やっぱりだめ」
流留は靴を脱ぎデニムパンツの裾をまくり、流れの端の浅瀬に足をひたしている。
腰を曲げ、両手も水の中だ。足の裏に角のとれた丸い石の感触がある。水はかじかむほどに冷たい。飛沫が高くあがるせいで、服がすぐにびしょぬれになった。
(渡鳴湖の水だったら、鳴滝山の山頂からだって扱えるのに)
足元を流れるこの水は、飛沫く水滴ひとつすら流留の意のままにならない。渡鳴神の力をつかって水を動かそうとしても、利宇摩の流れは別の神には従わない。あざわらうように、流留の足も腕もすり抜け流れ去ってゆく。
それは潤も一緒だった。潤もさっきから試しているが、本当に利宇摩川は、水の扱いに慣れた神力者にとって脅威の存在だ。ここまで誰にも従わない流れというのはほかにない。
「やっぱだめかぁ。潤、やめときなさいよ。私だっていやっていうほど試したけどね、ほんとヘコましてくれるんだから、この川は。上流域は流入河川が流れ込まないから、ほぼ百パーセント動かせないよ」
別の川が流れ込んだって、すぐに利宇摩神に従うから動かせなくなるけどね。沙月はそう付け加えた。
流れ込む川も利宇摩に従い、流れ出る支流も利宇摩の支配からは逃れられない。支流は利宇摩神の力でも動く。利宇摩の水が溜まってできた湖や沼もだ。だから主神なのだ。利宇摩神は、利宇摩水系全域の主なのだ。
潤は無言で川からあがった。
流留も浸していた両手を水からあげる。
「多津子様が利宇摩川を動かせるようになったのは、十六だって言ってたからなあ。そろそろだろうとは思うんだけど」
「子供と男がきらいだもんね、利宇摩様は」
自虐的な気分で流留は言った。結婚だ婚約だと騒いでも、どうせまだ子供だ。
「流留ちゃんが利宇摩神を降ろせれば、一緒にきてもらって利宇摩川沿いに羽子崎まで出るコースでばっちりかもって思ったんだけどなあ……」
「お役に立てなくてごめんね」
「いつかお役に立ってくれるのを待ってるわ」
含みを持たせて沙月は言った。
流留が川原の石の上で足をふいていたら、屈んだ背中の上に布がどさっと降ってきた。見ると、潤がTシャツの上にはおっていたグレーのパーカーだ。
「潤、わたしべつに寒くないよ」
「着とけ」
潤は一言言い残して、さっさと車のほうへ行ってしまった。
「なんで?」
「ブラ透けてんのよ、流留ちゃん……」
「!」
飛沫に濡れて、流留の白いTシャツは素肌に張り付いている。そして水色のブラが、レースの模様もくっきりと浮き出ていた。
(ぜんぜん気にしてなかった……。すみません、子供で)
利宇摩神が力を貸してくれないのも無理はないと反省する流留だった。
三
屈強な体格の男性局員ふたりが、エメラルドとともに神力管理局の車に乗り込む。沙月と潤は、沙月の車でそのあとに続くことになっていた。
さっきまで、局員たちが車の外で羽子崎までのコースの打ち合わせをしていた。その姿を遠巻きにながめ、流留は複雑な気分だった。
潤が、あちら側にいた。政府の公務員たちの側に。大人の側に。
さみしいような、焦ってしまうような、がんばってほしいような、複雑な気持ちがした。おなじ気持ちを清一と深二も感じているのか、流留と一緒に局員と潤をみていた。
いつか潤がどこかへ行ってしまうのはわかっていたことだ。でもこんなにはやく潤が離れていくのを感じる日がくるとは思わなかった。
夕方の風はつめたくて、つめたい風はよりいっそうさみしさをつれてくる。流留は潤に借りたままになっていたパーカーを脱いだ。今返したほうがいいのかと少し迷う。一応きいてみようと思い、助手席のドアを開けようとしている潤に声をかけた。
潤はそっけなく「ああ」とだけ言って、流留の体温が残ったパーカーをうけとった。
神力管理局の黒い車が動き出す。沙月の赤い車にもエンジンがかかる。沙月は車が発進する前にこちらへ向けて手をふった。潤は視線をちらりと向けただけだった。
二台の車はゆっくり道を下り、小さくなっていった。
「……行っちゃった」
流留は言った。
「すぐ帰ってくるじゃないか」
清一は言った。
「また行くけどね」
深二は言った。
「おまえたちさあ……。来年の潤の門出のときは、しけた顔しないでちゃんと笑顔で見送ってやれよ。たいしたものじゃないか、故郷を離れて働くなんて。それに羽子崎だったら利宇摩水域だろ。潤は早瀬家が代々やってきたことも、ちゃんと受け継ぐと言える。先祖の霊にも顔が立つってものだよ」
早瀬家は、今から三百年ほど昔、幕府によって京都から呼ばれた神子を先祖としている。日本の歴史において、東野平野に権力が移ってもその地位が安定しなかったのは、重要な水源である利宇摩川が氾濫をくりかえす暴れ川だからだと考えた将軍は、京都から優秀な神子を呼び寄せ、利宇摩水系の管理を補佐させたのだ。それが潤の先祖だ。
「羽子崎は利宇摩水域かもしんないけど、羽子崎空港は東京湾の埋め立て地じゃん。海神の管轄なんじゃね?」
「……深二、そこはケチつけないで利宇摩様の地ってことにしとけ」
「潤はあんまりそういうこと、こだわんないと思うけど」
流留が言うと、「そうだけどさ」「まあな」と兄弟は答えた。
清一と深二と潤は三兄弟みたいに育ったから、潤のいない今夜はさみしいものになるのかなと、流留は思った。
「午前中は修行にならなかったから、今から湖にいくか」
清一がそう提案すると、深二が「げっ、また?」といやそうに言った。
「またってあんた、午前中きてなかったじゃん」
「行ったよ。遅れたけど。誰もいないし、渡鳴様もこないし、すぐ帰ったけど」
「あーごめん、わたしと潤は利宇摩川いっちゃったから……。でもなんで渡鳴様こないんだろ。忙しいの? 例祭の準備とか石のこととか」
「渡鳴様になにかしていただくようなことは、特にないはずなんだけど……。ともかく湖に行ってみよう」
夕刻の渡鳴湖のほとりでは、人がまばらに散歩をしていた。地元の知った顔のおじさんが、「よお、神子さんがんばって」と声をかけてくれる。笑顔で答えて視線を湖畔に戻すと、流留の目に長い銀髪の青年が映った。
「あ、渡鳴様だ! とーなーりーさーまー!」
流留の呼び声にびっくりするのは観光客だ。地元の人たちは、神子が湖で神の名を叫ぶことにはすっかりなれっこになっている。ぼんやりと湖をながめる渡鳴尊のもとに、流留は急いで駆けつけた。あとに清一と深二も続く。
いつものように涼やかで美しい微笑みを向けてくれると思っていたが、渡鳴尊は流留の顔に目を向けはしたものの、仮面のような無表情で黙っている。
感情のない、凍りついたような顔。
「どうなさったんですか? 渡鳴様?」
流留はうろたえた。こんな渡鳴尊はみたことがない。
渡鳴神の人態は喜怒哀楽が激しいほうではないが、忍び笑いだとか、ムッとするだとか、唖然とするだとか、しょんぼりするだとか、その美貌にはあらゆる感情が畳み込まれている。
なのに、今目の前にいるこの渡鳴様はどうしたのだろう?
のっぺりしていて、なにもない。
まるで滅多に人態をとらない、人間嫌いのよその神様のようだ。
「……渡鳴様、今日のお召し物は、ずいぶんすっきりしてるんですね」
なにか言おう、なにか反応を引き出そうと、流留は渡鳴尊の平安装束に目をやった。いつも寒色でまとめられている袍や袴は、細かな刺繍や織模様が施され、渡鳴尊の美意識の高さをうかがわせるのが常だったはずだ。なのに、今日の衣裳は単色の平織りで、刺繍も模様もない。
渡鳴尊は答えなかった。
流留は助けを求めるようにふりかえり、清一と深二をみた。
「渡鳴様?」
「渡鳴様?」
ふたりのすがるような呼び声に、渡鳴尊がようやく口を開く。
「……瀬之助。……潔次」
「は? ――せのすけ? きよつぐ?」
「おまえは瀬之助、おまえは潔次……」
清一から深二へと順番に視線をめぐらせて、渡鳴尊の視線が流留で止まった。
そして無表情のまま、目を細めて言った。
「……呼江」
***
渡鳴様がおかしい。
その事実は、エメラルドが運び去られてほっと一息ついていた鳴沼家の面々を狼狽させるに充分だった。
すでに深夜となっていたが、月夜と霞月は蔵に閉じこもり、先祖の残した和綴じの古書や帳面を漁っていた。しかし、渡鳴尊の記憶が混乱したというような過去の記録はみつからない。
「神様も痴呆になるのかな……」
深二のつぶやきに、清一がひとにらみして「黙れ」と返す。
清一はパソコンで、神様の「症例」を調べている。神様が、現存の人物と今はもういない過去の人物を取り違えてしまうという「症例」。
「瀬之助は十二代前で、潔次は八代前だってさ……。せっちゃんときよちゃんは同じ時代に存在してない御先祖なんですけど。……呼江に至っちゃ滝家の始祖だよ? 軽く千二百年遡るじゃん。混乱の幅広すぎ」
「……考えようによっては、めずらしくないことなんだ」
「痴呆症の神様はめずらしくないってこと?」
「ちがう。神子をいちいち個別におぼえてない神様がめずらしくないってことだ。今生きてる神子も十二代前の神子も同じに見えるんだ。人間がいちいち鳥や獣の個体を識別しないのと一緒だ。名前をつけて個体別に認識するなんて、思い入れがなければやらないだろ。ペットみたいに」
「……渡鳴様のおれらに対する思い入れが、急になくなったとでも言うのか?」
「そのあたりが解せないんだ……。でも仮説は思いついた。あくまでも僕の仮説だけど」
清一はワークチェアを半回転させて、ベッドに腰かけている深二に向き直った。
「例えば、そのベッドを渡鳴湖だとしよう。渡鳴様はいつも、そのベッド全体の中の枕の部分だけ使って、分体化して人態をとっていた。人態化しているときの記憶もすべて、その枕に蓄積される。でも今日、その枕がなくなってまったんだ。僕らと一緒に過ごした記憶と一緒に。実際には渡鳴様は『水』だから、枕と布団みたいにはっきり分かれるわけじゃない。だから人間と過ごした記憶も少しは残ってるんだ。……大部分は、なくしてしまったけど」
「なくしてしまった……」
深二は小さくつぶやいた。
「こう考えると、いやな連想につながるな……。沙月さんが、エメラルド以外にも『石』が出たって言ってなかったか? 神様の分体が固まってできた『石』だ」
「それが渡鳴様だって言うのかよ?」
「わからないけど。神様の分体が石化するおかしな事態が、あちこちで起こってるとしたら?」
「……」
深二は数秒兄の顔をみつめていたが、おもむろに立ち上がった。
「沙月に電話だ」
そのとき、深夜にもかかわらず、鳴沼家の固定電話が鳴り響いた。
深夜の電話は、どうしてこうも不吉な予感に満ちているのか。
電話に出た怜流が、「ええっ!」と大声を上げた。
兄弟は階段を駆け降りた。
電話は、潤が意識不明の重体に陥ったという知らせだった。