天才にイチャモンつける天才
私には若い時から才能があった。あったはずだ。
「あれ?何で君に届けーって歌詞の所にビブラート入れて無いの?指示と違うよね?」
「私は何度も言っているはずですが。ここでビブラートを挟むと音楽バランスが崩れて全体的にのっぺりした表現になると。」
その才能にあぐらをかかず、音楽理論を納得いくまで勉強し、国を問わず良い音楽に触れ、素晴らしき多くの師の元で寝ても覚めても自身を磨き続けてきた。そんな私の全感覚がこの不協和音に悲鳴をあげている。
「おいおい頼むよー。君の世間での認識知ってるよね?1/fゆらぎの美声、ビブラートの女王。世間はそういう分かりやすさを求めているんだよ。」
「それは分かってます!だから他の箇所のビブラートに関しては文句を言っていません。でも、この箇所でのビブラートは明らかに不自然なんですよ。」
音楽理論に基づいたロジックではない。感情的になっているのは分かっている。それでもこれだけは避けなければいけないと本能が言っている。これは違う。音楽ですらないと。
「君は歌っているだけだから知らないかもしれないが、多くのプロの音楽家や専門家が数週間かけて君のために調整して合わせている。マーケティングや展開方法も含めてだ。それを君の一存で作りなおせと?現実的じゃない。」
「・・・・・・。」
声にならない。私の大好きな最強の武器もこうなってしまっては何もできない。
「でも!」
声は出ても意味を形成しない。おもちゃを取り上げられた子供のように騒ぎ散らかすことしかできない。自分はこうも無力だっただろうか。
「まー、僕も君の意思を頭から否定したくはない。今回の楽曲が月間売上げランキング1位を取れなかった場合はこの曲も再収録するし、次回からは全面的に意見を汲もう。だから今回だけは指示通りに作ってくれ。」
マーケティングをしっかりした商品が売れないわけがない。しかも口約束に過ぎないこんなやり取りに意味はないことは分かっていた。しかし、こんな泥船だろうと意思を言語化できない私には乗るしかなかった。
私は頷いた。頷いてしまった。
私の曲「本当の夢」は売れた。2位と10万枚以上の差をつけて見事ランキング1位に輝いた。
「はは、やっぱり私天才だったかー。」
自分が自分の曲が評価されて悔しかったのは初めてだった。「だからノアは気にし過ぎなんだってー」と言ったプロデューサが憎かった。おめでとうとパーティーを開いてくれた関係者が煩わしかった。そして何より自分の感覚を理解できない全ての人を呪った。
今までの私の努力はなんだったのだろうか。
私が音楽を作る必要はあるのだろうか。
余りの悔しさに生まれて初めての仮病を使った。
無気力でも行動せずにはいられない性分なのだろう。
私は近くのCDショップに来ていた。視聴コーナーで自分の曲を探す。
売れたのはひょっとしてあの部分が修正されずに収録されたためではないのか。確かめずにはいられなかったのだ。ヘッドホンを被り冒頭から聴き進めていく。
「いつも探していたんだ。本当の夢を。」
曲自体はやはり悪くない。ポップで若者に多くの希望を届けることができると胸を張って主張できるだろう。
問題は例の箇所だ。あの場所さえなければ過去最高のできといっても過言ではない作品なのだ。
例の箇所が近づくにつれて緊張が高まってくる。
そして、ついに辿り着いた。
「今なら伝わるはずだから。君に届けー。」
なんだ今のノイズは。
これは素人の一発撮りじゃないんだぞ。
ふざけるな。
ふざけるな。
私にはもはや流れる涙を止めるすべはなかった。そう、私は敗北したのだ。
泣きながら大通りを歩くのは恥ずかしかったので近くのカフェに避難していた。鼻声で注文した私にマスターは一瞬ギョッとしたものの察して対応してくれた。良い店だ。
いつもだったらコーヒーを頼む所だったが、今日は甘い甘いココアを頼んだ。今日は苦味は必要ない。十分摂取したから。
ココアをゆっくりと飲み、感情の波も落ち着いてきた頃に新しい客が来た。若い男女だ。
「おっす、マスターまた遊びにきてやったぞ。」
「こんにちはー。」
狭い店内なので声が良く聞こえる。独りで飲みたい時に限って邪魔は入るものなのかもしれない。
マスターは注文を聞かずに準備を始めた。恐らく常連なのだろう。
「ねね、こないだオススメした曲どうだった?」
少女が腕をパタパタさせながら質問している。今は音楽の話は聞きたくなかった。
「お前のオススメは多過ぎてどれのこと言ってんのか分かんねーよ。」
「だから、本当の夢だよ。」
ざわりとする。
悪魔の手はどこまでも追ってきて私に休息を与えるつもりはないらしい。手は震えるのに体は強張って動けなくなってしまった。
「最高だったよねー。あの落ち着く声、素敵な歌詞、ランキング1位も納得ってもんよー。」
何とか声の出し方を思い出して「それ以上はやめて」と吹き出しそうになったときに。
「全然良くねーよ。俺この歌手嫌いだわ。大体バラードは嫌いって言わなかったっけ?」
否定して欲しいとは思ったけど、アンチはアンチでムカつくということを思い出した。
「えー、何が悪いのさ。」
「消費者に媚び過ぎ。流行の曲調の奴ばっか量産するし、無意味なビブラート多いし。」
言っていることは分かるし、当事者からしても妥当性があると思う。しかし、謎の上から目線とムカつく喋り方や態度が鼻につく。絶対に友達に、いや、知り合いにすらしたくないタイプだ。
「でも、それって曲についての意見じゃないよね?」
「曲も最悪だっての。特に君に届けーとか言っている所。素人の一発撮りかと思ったわ。あの箇所が原因で他の良かった部分も台無し。完全に曲全体の抑揚が死んだね。」
息が詰まる。
「これ作った奴ら絶対通しで聴いてないぜ。これでオッケーだと思った奴らは今すぐ音楽業界を引退するべきだね。これはもう音楽ですらない。不協和音、そうノイズだね。」
頭が真っ白になった。
そして、惨めだからと押し殺してた私が言う。私はここにいるよ。と。
私は持っていた鞄を使って全力で少年を殴り、そして笑った。
表現者としては自分を分かってもらえる程最高なことはありません。最後の彼女はそれはそれは良い笑顔をしていることでしょう。