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日常小話

小さな幸せの話

作者: くつぎ

ねえ、少し聞いてくれるかな?

ああいや、悩み相談とかそういうわけじゃ。……ああ、でも、似たようなものかもしれないかな。


これまでの人生を少し、振り返ってみていたんだ。

どういう気持ちで生きていたんだったかな。

やりたいことって何だったかな。

なりたいものって何だったかな。……みたいに。


不思議なことに、振り返れば振り返るほど、「昔はよかったよなぁ」なんて思ってしまう。

おかしいな、当時は結構大変で、それこそ逃げ出したいくらいつらかったはずなのに。

人間って結構、楽しいことしか覚えていないものだね。


ああ、それでね。

自分は今日まで生きてきてよかったのかどうなのか、考えてみたんだよ。

幸せだったかな?

それとも不幸だったのかな。あるいは不孝だったのかな。

突き詰めて考えていくと、どうにも幸せだったとは思えなくて、かといって不幸だったとも思えなくて。

結局よくわからなくなって、一度考えるのを諦めた。


その時に時計を見て、お昼ご飯の時間だってことに気付いた。

気づいた途端、お腹がぐるぐるなんて音を立てたもので、とりあえず食パンを焼いて食べてみた。

そうしたらね。


ああ、おいしいなぁ。

しあわせだなぁ。


何故だかそんな気持ちになって、笑えてきた。

そうか、幸せって、こんなに近くに転がっているものなんだ。

そう思ったら、突き詰めて考えていたことが少しだけ、馬鹿らしくなってしまった。


だから、今はこう思っているんだ。

『この心臓が動きたがっている間は、とりあえず生きといてやろうかな』

って。


そう、それで、何を聞いてほしかったのかと言うとね?

つまりは、こんなにも些細なことが、こんなにも幸せなんだと実感したんだということ。

だから、こうして君が私の話を聞いてくれている今も、私はとても幸せなのだと思うよ。


 ***


「……そりゃあ、よかったな」

「うん。本当、よかった」


 目の前でにこにこと笑う彼女の頭を、少しだけ乱暴に撫でた。


「まあ、とりあえず」

「うん?」

「何があってそういうことに悩んだのか知らんが、次にそういうことで悩んだら俺に一声かけなさい」

「仕事中でも?」

「メールでも送ってくれれば、休憩中に読むから」

「わかった」

「あと」

「はい」

「夫を目の前に『幸せじゃなかった』とか言うな。さすがに泣きそうだ」

「あー、ごめん。違うんだ、君がいない時間が寂しすぎただけなんだよ」

「あ、なんだ。ならとりあえず許す。でも二度目はない」

「アイアイサー」


 撫でられるまま体をゆらゆらと揺らしながら、彼女は変わらずにこにこと笑う。


「さて」

「ん」

「腹が減ったから晩飯にしよう」

「そうだね」


 ぐるぐるなんて音を立てる腹をさすりながら、彼女が席を立つ。


「今日は寒いからね。シチューにしてみたよ」

「お、そいつはいいな」

「今、温めてから出すね」


 幸せそうに笑う彼女につられて、俺も笑う。


「少なくとも俺は、君が笑っているだけで幸せだぞ」


 そう言ったら、彼女はきょとんと目を瞬かせた後、ふわりと微笑んで見せた。


「私も今、それを実感したところだよ」


 どうやら俺たちは、案外単純な生き物らしい。



この間、人生について真剣に考える機会があったので書いてみました。

こんなふうに、なんでも受け止め合える夫婦というものに憧れます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「世界についての考察」の方も読ませて頂きました。どちらの作品も、悩みやすく「どうでも良くない」と思ってしまいがちの考えを、日常の幸せという観点から昇華しているオチのつけ方が秀逸でした。ありが…
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