7話
現在、岩の陰に隠れて息を殺している。
くそ、キロンの奴! いきなり強制転移とか、どう言う了見だっての! 『死んでも蘇生出来るから大丈夫』だと、問題以前に人道としてどうよ。神に人道を説いても仕方無えじゃねえかよ畜生!
ええ、お察しの通りあの後には大した経緯もありませんよ、空属性の魔法で転移させられて、邪神の城の外に放り出されただけですよ~だ。
あいつ、まさか面倒くさかっただけなんじゃないのか? くっそ、あれを見るとあんまし否定出来そうに無い。
キロンめ、次会ったら顔面ぶん殴ってやる。あのむかつくイケメン顔を思いっきり歪ませてやる。
まあその為にも、呪詛を吐くだけじゃなくて、目下の問題の方もなんとかしないとな。
取り敢えず、今俺がいる場所は森林で、ついさっき見たのは竜だ。銀の鱗を持つ竜。今は銀竜と呼んでおこう。
俺の、今の身長は135cmくらい。だったら周りの樹木はだいたい30mで、銀竜は体長8mくらいだろう。
仮に銀竜と戦うとして、どうする?
先ず正攻法では無理だ。魔法は、圧倒的に経験が足りていないから、ぶっつけ本番は期待出来ないだろうな。だとすれば、やはりスキルしか戦える可能性は無い訳だが、実際にはそれも期待薄だ。
一番効果がありそうなのが【枯木も燃えぬ火】だが、あの鱗が無機物である保証なんてものはどこにも無い。辛うじて使えそうなユニークスキルは、【度忘れさせ】、【揺れに揺るる拳】、【三秒限りの不死身体】だろうか。五つの内の三つが使えるのなら、十分と言えるのか?
見た感じ、銀竜の動きはかなり遅い様だし、避けに徹すればダメージを受ける事も少なく出来そうだ。ギリギリの位置で構えていれば、【三歩進んで四歩下がる】で躱す事も出来そうだ。
だが、そう簡単にも行かないだろう。家一軒にも届かないような体躯で、国を滅ぼせる力を持っている筈なんだ、この程度で勝てるとも思えない。
……俺に気付いた様子が無かった時点で、索敵能力はかなり低いと見れるな。
「よし、尾行するか」
先ずは奴の手札を暴こう。それから、倒す為の策を練る。
ただし、命の危険を少しでも感じたら、即座に逃げることにする。キロンを信じない訳ではないが、そもそも死にたいとは思わないからな。
それに、ここに居る魔物が銀竜だけな訳が無いし、それらに気付かれない為にも、なるべく早く隠密系のスキルは手に入れておきたいな。
さて、色々と考える時間が欲しいのは確かだが、今は銀竜の尾行だ。まだ姿は見えるから、木の葉に隠れるようにして追えば気取られる事も無い筈だ。なんて、楽観視も出来ないが、やれるだけやってみよう。
そう意気込んではみたが、尾行開始から体感で二時間ほど、銀竜は木の実を食べて歩く以外何もしていない。それは美味いのかと思って一つ拝借したが、かなり渋く、とてもではないが食えたものじゃない。
声を出す訳にはいかないので、結局は我慢して食ったが。銀竜はこれを主食にしているのだろうか、いずれにせよ、気が知れない。
更におよそ三十分が経ち、そろそろこの異常については無視出来なくなってきた。
銀竜との彼我の差は、目算で12m。巨体で動きも遅いため、それくらいの距離を保てている。
いや重要なのはそこじゃない。問題なのは、俺が他の魔物に一度も襲われていないと言う事。流石に不審に思って、意識を銀竜以外に向けてみても、魔物の気配が全くと言っていいほどに無い。
前も言ったと思うが、ここに居る魔物が銀竜だけな訳が無い。どうあっても他の魔物はいなければならない筈だ。銀竜は雑食だと思うし。
そうなると、後は簡単に想像出来る。
即ち、銀竜はここの中でもかなり強い魔物で、だから他の魔物が寄って来ないのだと。
これが正しいのだとすれば、俺も危ないと言う事になる。既に食い殺されていたとしても、全くおかしくは無い。
だが、もしも、必要が無いのだとすれば。
銀竜にとって、俺が追い払う必要もないくらい矮小な存在なのだとすれば。
俺が尾行している事にも、観察している事にも気付いていて、その上で気にしていないだけなのでは無いのか。
冷や汗が垂れる。或いは、俺が銀竜を尾行すると言う選択をしていなければ、他の魔物に殺されていた可能性があった事。そしてそれよりも、現状の方がかなり拙い状況である事。
恐らくは間違いない。
今、俺の命は、銀竜の気分一つで消される状況にある。
だがそうなると、銀竜の尾行をやめる事は出来ない。今逃げれば銀竜に殺される結果になりそうだし、それ以前に他の魔物に殺される可能性もある。
最も危険な位置が何よりの安全地帯だと言う矛盾、それもちょっとした事で崩れる、かなりシビアな安全。
やるしかない、逃げられないのなら。
銀竜の気が変わらない事を祈りつつ、三時間ほどが経ち、遂に均衡が崩れた。
それは、黒竜の出現。
銀竜と比べ、1.5倍の巨体に、絶対的に肉食獣な牙。鱗の厚みも、黒竜のそれが上回っている。
しかし、何か違う。
俺は、何故か銀竜が敗北する姿を想像出来なかった。
何と言えば良いか、黒竜は、美しくない。
気配に殺気が混じった銀竜の姿には、何処か見惚れるほどの美しさがあり、それが確固たる形を持っているのだ。
黒竜が腕を振り下ろし、爪を銀竜に突き立てる。それを一歩後退して躱した銀竜は、お返しとばかりに腕を振り上げて黒竜を殴った。腕の力だけではなく、脚を踏み込んで上半身を振るい、全身で限りなく威力を増大させた右ストレート。
それを胴体に受けた黒竜は大きくよろめき、激痛に表情を歪める。いや実際に見えた訳ではないが、苦悶の表情を浮かべている気がした。
続いて、軽く跳躍してからのボレーキック。正確に黒竜の顎を打ち据える。
「いやどこの怪獣映画だっての……」
竜二頭が格闘する様を見て、そんな呟きが漏れてしまった件については、俺は悪くない筈だ。
その後も銀竜が終始圧倒し続け、今や黒竜は瀕死の状態だ。
何故か、チャンスだ、と思った。銀竜は疲れている様子は無く、黒竜だって戦えない訳ではないのに。
ただ、迷えば死ぬ。
確信がある訳でも無く、しかしここではそれが答え。
「躊躇うな」
そう自身を鼓舞し、駆ける。
黒竜までの距離は15m程度、再構築され強化されたこの身体ならば3秒とかかるまい。
そして、あのユニークスキルを発動した。
見た感じ、まだ黒竜には息がある。銀竜が止めを刺すべく、一杯に拳を振り上げ……、残り8m。
黒竜の腹に打ち込むも、身をよじって急所を外し、命を奪うには至らない。残り4m。
お互い、まだ眼光は死んでいない。銀竜に出来た唯一の隙を突き、口内に膨大なエネルギーを溜めていく。
残り、0。
ユニークスキル発動、【揺れに揺るる拳】。
悪いがその闘い、俺が横槍を入れさせてもらう。
拳から放たれた衝撃波は、黒竜の弱った脳内で暴れ回り、掻き回す。
ほぼ瀕死であった黒竜は、とうとう絶命した。
口内に溜めていたエネルギーは制御を失い拡散、暴発。熱波となったそれは運悪く銀竜の眼を焼いた。
よし、これで何秒間か時間が出来た。意識の外からの攻撃だっただろうし、少しはパニックになっているだろう。
さて、ここで逃げるか?
あり得ない。
これ程の強さを持つ銀竜だ。落ち着けば直ぐに気配を追って来るだろうし、そうなれば生き残れる道理が無い。
だから、最大まで無力化した今が銀竜を殺すチャンスなんだ。
銀竜と黒竜に気付かれなかった理由、ユニークスキル【度忘れさせ】の効果が切れる。
それとほぼ同時、更にユニークスキル【枯木も燃えぬ火】を発動、俺の魔力がどれくらいあるのかは知らないが、考える時間などは無い。
全力で、銀竜の足元の地面を燃やす。
【枯木も燃えぬ火】の効果は、魔力を無機物を燃やす火に変換すると言うもの。
その火は土を燃やし、石を燃やし、金属分すら焼き尽くす。
そして、間も無く銀竜の体重に耐え切れなくなった地面は陥没し、慌てふためく銀竜は、それに脚を取られて転倒する。
今の魔力は、大体六割くらい使ったな。もう半分も残っていないが、十分。
残りの魔力を使い、【枯木も燃えぬ火】を銀竜の口から浸入させ、潜り込ませる。
銀竜の体内に入った火に、更に魔力を注ぎ込み、火は業火となり銀竜を内側から焼き尽くす。当然、肉では無く無機物、水を。
ユニークスキルとはかなり不思議なもので、【枯木も燃えぬ火】が無機物を燃やす、と言うのは蒸発させる訳でも分解する訳でもない。熱も無いが、本当に燃えると表現するしかない。
それを受けた銀竜は、体内の水分を燃やされ、その体積は元の三分の二程度まで小さくなっていた。
四割の魔力では、その程度の効果しか無かった。
銀竜は死んでいない。動く事も出来ず、意識があるかどうかも知れないが、息があり、心臓が動いている限りは生きていると言える。
完全に不意打ちで倒したが、こいつは強かった。真正面から挑む気になれないくらいには。
こいつと俺が戦って、俺が死ぬイメージなら幾らしても事足りない。だが逆はあり得なかった。全く、銀竜を倒せるイメージが沸かなかった。
だから、今は敬意を表そう。
ユニークスキルでは無い、スキル、【吸血】。
銀竜の鱗を全力を以て、やっとの事で一枚を剥がす。
その内側の肉に、血管に牙を立て、銀竜の血を吸った。
【吸血】は、対象の血と共に魔力を吸い、一定時間だけ身体能力と再生能力に充てるスキル。
その割は、ある程度は調節する事が出来、今回は身体能力に最大限に割り振る。
力が増大した事を確認し、銀竜が黒竜にそうした様に、拳を振り上げて……
ふと、銀竜と目が合った。
穏やかで、それでいて力強い。
恨み言など何も無い。そう言っている様な、そんな瞳。
俺は、この誇り高き強者に、卑怯な手で勝利を収めた。
急に罪悪感に襲われる、なんて事は無く。
ただし今持てる最大の、貰い物のユニークスキル無しの力で。
……拳を、振り下ろした。
「ぐっ……」
俺の拳は銀竜の頭部に減り込み、銀竜の命を奪った。同時に、拳の骨が明確に音を立てて砕けた。
悲鳴を上げる事は出来ない。
元人間としての情か、これが礼儀だと思えたから。
まだ残っている、生き物の命を、確かに奪ったその感触。
二度と忘れない。
これが、死だ。
今日は、一章最終回も投稿します。最終回と言うよりは、エピローグみたいなものですが。