2話
「……んぅ」
気がつけば俺は、冷たい床の上でうつ伏せに寝転がっていた。
転移はどうなったか、無事に成功したのか?
何故か、俺は冷静に状況の確認を求めていた。
そしてそれに答えるかのように、割と近くから声が聞こえた。
「おや、召喚には成功した様だ。さて、調子はどうかな?」
そして急に持ち上げられる。それで現状はある程度理解出来た。
取り敢えず、召喚には成功した様だ。その証拠と言ってはなんだが、俺が寝ていた床に魔法陣が描かれている。
床や壁は、テレビで見た大理石の様な質感のように感じたが、色は黒い。
後は、視界の端に部屋に合わせた様な黒いブーツが見えるな。ほぼ間違いなくあれは召喚主のものだ。
となると邪神のブーツってか足になるんだが、何故俺は持ち上げられてる状態に?
っと、黒い大理石っぽい床に立たされた。
何かあのディスプレイに再構成とか書かれてたから、もしかしたら身体に馴染みきっていないのかも知れない。少しフラフラするな。
だが方向転換出来ない程ではないので、取り敢えず召喚主、邪神様とやらの方に向いてみた。
と、そこで俺は固まった。
「うん、大丈夫そうだね」
長めに伸ばされた夜色の髪、合わせるだけで灼かれそうになる紅蓮の瞳。
漆黒のマントの下にある、細く引き締まった身体に無駄なくついた筋肉。
……召喚主と思われるその男は、俳優さながらのイケメンだった。
「邪…神………?」
「初めまして、かな。私はキロン。君を喚んだ張本人で、君の言う通り邪神だ」
はい本人(本神?)でしたー。
邪神キロン様でしたー。
固まっている俺に構わず、邪神キロン様……もうキロンで良いや……は、話を続ける。
「ここについては『ガイド』に教えられたよね。あの半透明の板の事なんだけど」
あれ『ガイド』って言ったんだ。
てか、訊かなきゃ大雑把な説明で終わっていたんだが、まさかあれ、世界名と召喚主と召喚場所だけで説明のつもりだったのか?
「まあ一応、あなたがキロンって名前でここが邪神の城だって事までは」
「む、一応は食べられる植物や、毒物などの危険植物。周辺の魔物の種類や対処法に、人間社会の仕組みまでを説明する様にプログラミングしていたんだが。世界を越えると魔術式に影響が出るのか?」
あ、やっぱり不足だったんだ。
まあ世界間に干渉する魔術なんだし、不具合が起こらない方がおかしいよな。
何なら、物理法則を無視した超魔術なんだし。
「まあ、召喚に支障が出なかっただけ僥倖としようか。【A'camlayenn】については私が説明すれば良いし」
「あれ、なんでか畏れ多い事をさせている様な気がする」
そんな事は無いよ、なんて言って首を横に振るキロン。謙遜だってこんなイケメンがすると何故か絵になるんだよなぁ。
いや男が男の容姿を褒めるって、誰得かっての。
まあでも、初めに警戒していた隷属とかは無いようだし、邪神なんて言っても悪い神じゃ無さそうで良かった……
「まあ、差し当たって君を喚んだ理由だけど、君には魔王になって世界中で暴れ回ってもらいたいんだ」
……なんて安心した途端にこれかよ!
え、破滅ルート以外存在しないの!?
とまあ、偽らざる本心を述べてみたり。
「嫌ですよ、何で俺がってそれ以前に人間側の実力者に討伐されるパターンでしょこれ完全に!」
「そんな事は無いさ。私だって折角喚び出した人材を捨て駒にする気は無いよ。
さて、詳しい話をする前に、君の名前を教えてくれないかな?」
言われて気付いた。
そういや俺まだ名乗ってないじゃん。
「あ、すいません。
俺は不知火炎真、ごく普通の一般人、です」
「ごく普通、ね。それじゃあ次、自分の身体を見てみて」
言われた通りに身体を見てみる。何せ下を見るだけだし、どうと言う事は無い。
どうと言う事は、無い、筈、なのだけれど。
「そう言えば、声がやけに高い気がするんですけど、これは一体どう言う事で?」
下を向いたまま、キロンに話しかける。
「君が見た通りさ、エンマ君だっけ。君の身体は私の設定で、女の子のものになっている」
何かもう、つっこむ気力も湧かない。
つまりはキロンさんの言う通り、俺の身体は女体化、もっと言えば幼女化していた。
ついでに一糸纏わない裸身で。
そして何と言った、私の設定?
「………人間に会ったら、邪神は幼女趣味だって言い触らそう」
「あ、やめて。結構切実にやめて。私の威厳が地に落ちるからやめて」
「知ってます? 人間ってやめてって言われるとやりたくなるんですよ」
この時の俺は、かなり黒い笑みを浮かべていたと思う。
全裸の幼女に触ったとか、幼女を眺めるのが何とも言えぬ娯楽だとか、幼女の汗の匂いを嗅ぐ趣味があるとか。
最早言いがかりでしか無い言葉を並べ立て、とうとう邪神から服をせびった。
「………悪魔か、君は」
震えた声でそう言う様は、中々に愉快なものがあった。
まあ、意外と楽しかったし、邪神のプライドに免じて言い触らしはしない事にした。
「邪神には言われたく無いですね~。それじゃ、本題に」
「ああ、そうだね。今だとちょっと怖いけど、これを見て」
そう言って邪神が取り出したのは、鏡。
姿見では無くて、顔を見る為の手鏡。
しかし、邪神の言いたい事は直ぐに理解した。
まず、鏡に映ったのは幼女。これは周知の事実だ。
次に、その幼女、つまり俺は銀髪銀眼だ。灰色と言い換えても良し。これも許容範囲内だ。
そして最後、頭の上に乗っているのは紛れも無い狐耳。
要するに今、俺は銀髪狐っ娘、と言う訳だ。
「一度決めた設定は変えられないから、その姿ももう決定なんだよね~」
おそるおそると言った風にこちらの反応を伺うキロン。既に邪神の威厳なんてあったもんじゃ無い。
しかし、今回は俺の琴線に触れてはいない。
「狐っ娘か、幼女はともかく、意外と良い趣味してますね」
本当!?
って感じでこっちを見るキロン。どこに行った、邪神の威厳。
これじゃあどっちが上なんだか。
「そっか、狐耳は理解されたのか。良かった……」
「……狐っ娘もアリ、と」
「ほんっとうにやめてください!」
ボソリと呟いただけで頭を下げる邪神。条件反射でそうなるくらいのトラウマだったらしい。
結局、また楽しくなって来た俺は言いがかりと誇張を駆使して、邪神に土下座をさせた。
狐耳幼女を前に土下座するイケメンの青年。
……この絵面は、シュールだ。