話其の壱/世の中そんなに捨てたもんじゃない
むか~し、昔、ある所に、
お爺さんとお婆さんが住んでいましたとさ。
ある日、お爺さんは自治会の寄り合いに出掛け、
お婆さんは薬をもらいに川向こうの病院へ出掛けました。
そして、お爺さんが家に帰って来ると、
お婆さんはまだ帰って来ていませんでした。
いつもならお婆さんの方が先に帰って来ていました。
時にはそんな事もあるだろう、と思いながら、
お爺さんは家で一人のんびり待つ事にしました。
しかし、待てども待てどもお婆さんは帰って来ません。
このままでは日も暮れてしまう。
その前に帰って来ないと大変だ、
とお爺さんは思ったので、
お婆さんを探しに出掛けました。
病院へ向かう途中にある、
川の河原で人だかりが出来ていました。
何なんだろう?と思いながら、人だかりの中を覗くと、
お婆さんがリヤカーを引っ張って、
歩き出そうとしていました。
そして、そのリヤカーの荷台には、
信じられない程大きな桃が載せられていました。
とにかく、お婆さん一人じゃ大変だとお爺さんは思い、
お婆さんに声を掛ける。
「婆さんや、どうしたんだね?」
「あら、爺さんかい。ちょいと病院から帰って来る時に、
この桃が此処へ流れ着いていてねぇ。一度家に帰って、
リヤカーを引っ張って来て、桃を荷台に載せようと
してたんだけど、一人じゃどうにもならなくてね。
そうしたら、皆さんが集まって来てね。それで皆さんに
助けてもらって、桃を荷台に載せれたから、ちょうど、
これから家へ帰ろうとしていたところじゃよ」
お婆さんは一連の経緯をお爺さんに説明した。
「なるほど。そういう事だったんだね。
皆さん、婆さんを助けて頂いて、ありがとうございました」
お爺さんは周囲の人達に向かって礼を言い、お辞儀をした。
「お礼はアタシがさっき、すでに言ってあるよ」
お婆さんがお爺さんに言う。
「いいじゃないか。減るもんじゃなし。
何度言ったって。それより前はワシが替わるよ。
婆さんは後ろへ廻ってくれないか」
お爺さんはそう言って、お婆さんと入れ替わろうとする。
お婆さんはそう促されてリヤカーの後ろへ廻る。
そして、二人は自宅へ向かって歩き始める。
周囲の人々は左右に割れて道を作っていた。
その道をお爺さんとお婆さんは、
リヤカーを引きながら進んで行く。
自然と周囲から拍手が沸き上がる。
お爺さんとお婆さんは照れ臭そうにしながら、
周囲の人々に見送られ、その場を後にする。