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白花の咲く頃に  作者: 夕立
終章 ユグドラシル
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6-3 諦観と抵抗の狭間 前編

 ◆


『宿に着いた。人払いも済んでいる。しかし、本当に一部屋しか無いんだな』

『分かりました。では、そちらに行きます』


 言うが早いか、ライナルトの目の前に二人の人物が忽然と現れた。一人はゼフィール。その横にいる、花輪を手にした黒髪の少女がユリアだろう。

 こちらを確認したゼフィールが礼儀正しく頭を下げる。


「城から遠い地までご足労頂きありがとうございます。いかんせん、《ハノーファ》は知っている場所が少ないもので」

「気にしないでもらいたい。《ハノーファ》国内で会えただけでも、私にとっては大分楽だからな。それに、ラタトスクから報告は受けているが、この地は気になっていたのだ。視察も兼ねて丁度良かった」

「そう言って頂けると助かります。彼女がユリアです。ユリア、こちらはライナルト王太子」


 ゼフィールがライナルトとユリアの間に立ち互いを紹介する。ライナルトはいつもの調子で握手の手を差し出しかけ、女性には失礼か、と、引っ込めた。代わりに軽く会釈する。


「ライナルト・ハイドンだ。よろしく、ユリア殿」

「ユリアです。初めまして」


 緊張した様子でユリアが礼を返す。

 《ドレスデン》の舞踏会に彼女もいたとマルクとゾフィは言っていたが、やはり見覚えは無い。ユリアに会うための機会を作ってもらい正解だった。


 ライナルトとユリアの顔見せの場には、辺境にある寂れた村が選ばれた。

 《ハノーファ》領内でゼフィールが知っており、馬車が乗り入れられる集落がこの村しか無かったというのが理由だが、選ばれてみれば中々に良い条件が揃っている。


 まず、宿泊所が一部屋しかないので集合場所を間違えようがない。ライナルトが先に部屋を貸し切り、そこにゼフィールが跳んで来れば、転移現場を見られることすら無くなる。

 下手に見栄や格式に拘らず、実利的な行動をとれるという点で、ライナルトの中でこの青年の評価は高い。


「早速だが、アレ(、、)は連れて来てくれたか?」


 挨拶も早々にライナルトはゼフィールに問いかけた。指で細い蛇のシルエットを描き、それとなくニーズヘッグの事と示唆する。

 最初は首を傾げていたゼフィールだったが、それで伝わったようだ。小さく頷くとユリアの肩を叩き、窓辺の辺りを指す。


「ユリア。悪いんだが、少し窓の外を見ていてくれないか?」

「なんで?」

「お前に見せるには少し都合の悪いものがあってな。まぁ、なんだ。頼む」


 なんとも苦しそうに言い訳をしながらゼフィールは彼女を促す。不承不承ユリアは窓辺に行き、外を眺めだした。


『ヘパイトス、ヘパイトス』


 二人がそんなやり取りをしている傍らで、ライナルトの服の中からゴソゴソとラタトスクが顔を出す。


『僕がアテナと遊んでいてあげるからさ、その間に話終わらしちゃいなよ。僕の愛らしさに彼女もメロメロさ』

『お前の性格を知れば幻滅もいいとこだろうがな』

(それに、どうせ、お前が遊びたいだけだろう)


 とも思ったが、彼女の暇つぶしをしてくれるのなら断る理由はない。ライナルトはユリアのもとに行き、ラタトスクを窓際に乗せた。


「すまないな。しばらくこいつとでも遊んでいて欲しい」

「キュイー」


 猫を被った声でラタトスクが鳴く。そして、尻を振りだした。それを見たユリアは満面の笑みをライナルトに向ける。


「なんか懐かしい。ありがとうございます、ライナルトさん」

「うむ。ではな」


 彼女が遊びに集中しだしたのを確認して、ライナルトとゼフィールは更に部屋の片隅に行きユリアに背を向ける。

 やましい事をするわけではないが、彼女に見られぬよう、念には念を入れてだ。だから、会話も念話で行う。


『まだ彼女は力を制御できないか?』

『駄目ですね。少しだけ封印を解いて、本当にわずかな魔力量だけで練習させているんですが。まぁ、今まで魔力を持っていなかったので、扱い方の取っ掛かりが見つからないのでしょう』

『ふむ。継承の儀の後、彼女と贄の使命について話は?』


 ゼフィールの表情が曇る。彼は憂いに満ちた瞳を伏せ、小さく首を横に振った。


『いえ。彼女自身が事態を飲み下す時間も必要でしょうし。とりあえず魔力の制御だけ』

『そうか。いずれにせよニーズヘッグの助けは必要だな。いつまでも魔力を封じたままでは念話もできぬし、何より、最期に力を扱えませんでしたでは困る』


 ゼフィールが頷きマントの下から左腕を出した。そこにはニーズヘッグが絡まりこちらを見ている。ライナルトは小声でニーズヘッグへ話しかけながら、腕を彼女へ差し出した。


「ニーズヘッグ。今から私が君の依代よりしろを作る。それに宿れば、蛇の見た目は捨てた状態で力を行使できるだろう。無機物故に自ら動けなくなるが、今の状態より事態は改善すると思う」


 スルスルと、ニーズヘッグがライナルトの腕へと移ってくる。

 ライナルトは彼女の頭に手を置くと、目を閉じ意識を集中させた。

 ニーズヘッグが大きな力として感じられる。最初は彼女である力を織り込むように、次いで、それを囲い込むように魔力を編み込む。


「ふんっ!」


 最後に気合を注入して目を開けると、手の中にドングリ程の大きさの黒い石を握っていた。光に透かすと半透明になり、中々美しい。さして期待はしていなかったが、良い物ができたようだ。

 黒石をゼフィールに渡す。受け取った彼はライナルトがそうしたように黒石を光にかざし、興味深そうに眺めた。


『物質創造はいつ見ても面白い力ですね。それにしても、あのニーズヘッグがこんな美しい石になるとは思いもしませんでした』

『予想以上の物ができて私も驚いている。しかし、それなら装飾品にするにも申し分ないな。なんなら、城の職人に加工させてから《シレジア》へ届けさせようか?』

『それには及びません。幸いこの村に知り合いの装飾品職人がいるので。久しぶりに顔も見たいし、彼に頼もうと思います』


 ゼフィールはユリアのもとへ行くと彼女に黒石を手渡した。石を握り込ませ、顔を覗きこむ。


「その石、嫌な感じとかしないか?」

「どっちかっていうと、なんか落ち着く感じ? それに、凄く綺麗」


 問いに答えながらユリアも石を光にかざした。顔には柔らかい笑みが浮かんでいる。ゼフィールも嬉しそうに顔を綻ばせたが、すぐに表情を真面目なものに戻し、彼女の持つ石に視線を向けた。


「ニーズヘッグ、聞こえているな? その状態でユリアに干渉できるか? 少しだが彼女の魔力を解放してある。ユリアを通して答えを返せ」

「ゼフィール誰に話しかけてるの?」


 不思議そうにゼフィールを見上げたユリアがビクリと震えた。そして、あたりをキョロキョロ見回す。


「どうかしたか?」

「なんか、知らない女の人の声が聞こえてくるんだけど。それも凄い近くから。そ、空耳よね。うん。幽霊なんているわけないし!」

「なんでいないと思うんだ? お前の右肩に影が視えるぞ」

「え!? 嘘でしょ!?」


 本気で慌て脅えるユリアを見てゼフィールが噴き出した。笑われて担がれたと気付いたのか、ユリアが唇を尖らせている。


「悪い悪い。冗談だ。それで、声は何て言っているんだ?」

「もう! 性質の悪い冗談止めてよね! えっと、問題無いとか、ありがとうって聞こえるけど」

「そうか。それじゃ、声は聞こえないように戻してやろう。あと、その石はライナルト殿からの贈り物だ。礼を言っておいで」


 促され、石を大事そうに握り締めたユリアがライナルトのもとへやってきて、頭を下げた。


「ライナルトさん、素敵な物をありがとうございます。これ、大切にしますね」


 先程までは怒っていた彼女なのに、今ではすっかり笑っている。その笑顔につられ、ライナルトも笑みを浮かべた。

 ユリアの笑みは人に温もりを与える。ゼフィールの顔が緩むのも納得だ。


「喜んでもらえたようでなによりだ。大切にしてやってくれ」


 ライナルトが軽く言葉を返すと、嬉しそうにユリアは頷く。そんな彼女の横にゼフィールもやって来た。彼はこちらを見ると、軽く頭を下げて口を開く。


「ライナルト殿、俺達はこれで。こちらの用件だけ済ませて帰るようで申し訳ないのですが、色々とやりたい事もあるので」

「ああ、構わない。話はいつでもできるしな。次会う時は最期かな?」

「そう、かもしれませんね。お互い少しでも悔いの残らぬよう生きましょう」


 ゼフィールは寂しげに笑うと、ユリアを伴い部屋から出て行った。


 二人がいなくなり急に静かになった空間で、ライナルトはそっと溜息をついた。なんとなく窓辺に行き、壁によりかかる。


『あ。ウラノスにじゃれ付き忘れた』


 思い出したようにラタトスクが間抜け声を上げた。そして、窓から名残惜しそうに外を眺める。


『お前、どんだけ彼が好きなんだ』


 やや呆れながらライナルトは問いかけた。すると、ラタトスクはこちらに向き直り、恍惚とした表情で前脚を怪しく動かす。


『彼のもふもふはさ~、極上なんだよ。すんごく優しくしてくれてさ。ヘパイトスもさ、鉄拳制裁ばっかりしてないで、ウラノスを見習って僕に優しくしなよ。今からでも遅くない! 爪の垢貰ってきて、煎じて飲む――』

『飲むかっ!』


 調子に乗りだしたラタトスクにライナルトは拳骨を落とす。溜め息をつくと、窓から外を眺めた。


 辺境の上、これといった特産も無いために寂れている小さな村だ。この村と、エトナ高地の入口にある盆地の村で、原因不明の病が流行ったことは記憶に新しい。その原因は、傷付けられた竜が垂れ流していた瘴気であったと聞いた。


(辺境で加護が薄いとはいえ、五王国の領内にまで瘴気が入り込むとはな。いよいよユグドラシルの寿命も近いか)


 神の身体(オリジナル)が眠る地である五王国は、その神力のお陰で瘴気の侵入を受け難い(、、)。そう、侵入されないわけではないのだ。世界樹ユグドラシルが枯れかけ、瘴気の排出量が多くなってくると、五王国といえども瘴気が発生する時がある。


 そこまで黄昏が進行した場合、加護を持たぬ他国の状況は悲惨の一言に尽きる。瘴気により人心の乱れは加速し、無闇な諍いや殺戮が増え、土地は枯れ、その事が更に争いを助長する。

 ここ一年余りの瘴気の広まりは特に酷く、《ハノーファ》の隣国ほぼ全てが瘴気の海に飲まれかけていると言っても過言ではない。


 世界樹に余力は無い。特に最近は、老化の進行が更に早まったと連絡を受けている。五人目が見つかった以上、人生の終わりの日も近いだろう。


 しばらくすると、路地を歩くゼフィールとユリアの姿が見えた。


 あの二人はまだ若い。ライナルトの半分程度しか生きていないという。マルクやゾフィにしても彼らとさして変わらない。その若さで生を終わらせなければならぬ彼らに比べれば、ライナルトは随分と長く生きた。

 妻を娶り、子にも恵まれ、それなりに充実した日々を過ごせたのだ。子の成長を見届けられぬのは残念だが、そこまで望むのは贅沢に尽きるだろう。


(この視察が終わったら、家族あいつらともう少し絡もうか)


 反抗期気味な子達には邪険に扱われるだろうが、それも子を持つライナルトだからこそ味わえる特権だ。

 その権利さえ得られなかった彼らの分まで幸せをかみしめてやろう。

 そう思わずにはいられなかった。

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