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白花の咲く頃に  作者: 夕立
終章 ユグドラシル
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6-1 封印 前編 ◇

終章 ユグドラシル

挿絵(By みてみん)

 《シレジア》王城の自室へと転移したゼフィールは、その足でアレクシアに事の報告に向かった。

 やむを得なかったとはいえ、《ブレーメン》との関係に亀裂を入れたのは確かで、その尻拭いが必要だったからだ。


 合わせて、ユリアの部屋を個室に移す。

 ニーズヘッグという常人ならざる相方ができたのもあるが、眠らせる前の彼女の錯乱ぶりが気になったというのが大きい。

 もし、目覚めてもあの状態から脱していないようなら、同室の者達に迷惑がかかる。それを避けるための配慮だった。


 一通りの雑事が終わり、夜、ゼフィールがユリアの様子を見に行った時、彼女は静かに眠っていた。

 しばらく寝顔を眺めていると、彼女が小声で何かを呟いて小さく丸まる。何を言ったのかは聞き取れなかったけれど、その姿がとても寂しそうに見えた。


(あまり楽しくはない夢を見てるんだろうな)


 そんな夢を彼女に見させてしまったのは自分だと思うと、ゼフィールの表情が曇る。ユリアから視線をそらすように俯くと、寝台の下からニーズヘッグが顔を出した。


「今が一番辛い時だと思う。それに、俺はこいつに酷なことを言わないとならない時も来る。ニーズヘッグ、お前だけは寄り添っていてやってくれ」


 了解とばかりにニーズヘッグが赤い舌を出す。そして、彼女は寝台の下へと消えて行った。ユリアから見えない所に行ったのは、ニーズヘッグなりの気遣いなのだろう。


「ユリア、もうしばらくはお休み。目覚めてしまったら、お前も辛い現実と向き合わねばならなくなってしまうから」


 囁くと、ゼフィールは眠りの魔法を重ね掛けした。

 せめて明日の朝までは、彼女が夢の世界に留まれるようにと、願いを込めて――。




 翌日。

 休暇を言い渡されたゼフィールは、中庭に面したバルコニーの長椅子に半分寝そべっていた。

 本当はユリアに付き添っていたいのだが、人目があるのでそういうわけにもいかず、かといって、遠く離れていたくもない。妥協案として、彼女の部屋に近いこの場所でダラけている。


 アレクシアにしてもそうだが、ゼフィールの行動も、何かあればすぐ城内に広まる。舞踏会の夜にユリアに振られた話でさえ、《シレジア》に戻ってきたら皆の知る所だった。

 その状態でユリアを個室に移したものだから、逢引しやすくするためだ、などという憶測が真しやかに流れている。この上、ゼフィールがユリアの部屋に入り浸ったりした日には、どんな噂話を流されるのか分かったものではない。


 噂の対象が自分だけなら良い。

 物心付いた頃からそんな環境だったので、慣れているといえば慣れている。けれど、今動くとユリアを巻き込む。そう考えると、おいそれとは動けなくなった。


 独り歩きする噂ほど怖いものはない。

 それから彼女を守るためには仕方ないとはいえ、そんなことに行動を縛られるのが億劫で、溜め息が出た。


(まぁ、ゆっくり念話するにもいい場所なんだけどな)


 先ほどから器達との念話が頭の中で流れている。といっても、ユリアのことが気になって、上の空もいいところなのだが。


『まさかユリアちゃんがアテナの器だったなんてねぇ。予想外過ぎたわ』


 彼女の話題が出てきたので話に乗る。


『まったくだ。それにしてもゾフィ。お前、よくあの状態から抜け出せたな』

『ふふ、舐めてもらっては困りますわね。交渉を有利に進める材料くらいいくらでも持っていますのよ? 彼なんて、《ライプツィヒ》の狸貴族達と比べれば赤子同然でしたわ』


 かなり酷い状況にゾフィを置いて帰ってきてしまったわけだが、彼女も帰路には着いているらしい。無事であったのは何よりだが、怒りまくったヨハンを赤子と言わしめる《ライプツィヒ》貴族達の方がゼフィールには恐ろしい。


『普段から苦労してるんだな……』

『本当ですわよ! 聞いてくださいます? あの狸達ときたら――』

『その話は後でゆっくりやってもらうとしてだ』


 勢いよく話し出したゾフィの愚痴をライナルトが遮った。


『私はユリア殿を知らない。どうにかして会いたいのだがな』

『そうですね。では、どこか適当な所ででも――』


 突然大きな音が響いた。

 音源は明らかに城内で、そこかしこで騒ぎたてる声が聞こえる。


 何があったのかとゼフィールが身を起こしたところに、侍女がバルコニーへと駆け込んできた。彼女は入口近くに控えていたエイダに慌てた様子で何やら伝えている。それを聞いたエイダも驚きの表情になり、ゼフィールの側元にきて用件を伝えた。


「詳細は未だ分からないそうですが、ユリアの部屋で爆発があったようです。彼女自身もたいそう興奮していて、手がつけられないとか」

「目を覚ましたのか」

「様子を見て参りましょうか?」

「いや、いい。俺が行こう。お前も報告御苦労だったね」


 ゼフィールは侍女に労いの言葉をかけ、ユリアを寝かせている部屋へ向かう。


『ライナルト殿申し訳ありません。急用ができました。その件はまた後ほど』

『構わない。ではまた』


 足早に廊下を歩いていると、同じ方向に向かう者が多いことに気付いた。皆、何があったのか気になっているようだ。


 報告を受けた情報から判断して、爆発の原因はユリアに違いない。

 大方、初めて手にした大きすぎる魔力を扱い切れずに暴発。そんなところだろう。

 彼女自身より、周囲に怪我人が出ていないか心配なくらいだ。


 ユリアの部屋の前には人だかりができていた。

 空けてもらった道を歩きながら様子を観察する。

 廊下と部屋を隔てる壁には細くヒビが入っており、再度衝撃が加われば崩れてしまいそうに見えた。そうならぬよう、集まった者達が障壁を張っているが、それもこの渋滞の原因だろう。


 部屋の出入り口は扉が吹き飛んでしまっており、そこからリアンが中を覗きこんでいた。彼の頭に見事なタンコブがあるのは爆発に巻き込まれたからなのだろうが、これといった怪我がそれ以外見つからないのがある意味凄い。


「リアン」


 呼びかける。

 ようやくこちらに気付いたリアンは、ゼフィールの顔を見ると一気にまくしたててきた。


「聞いてよ! ユリアが魔法みたいなの使ったんだけど! ありえないんだけど!!」

「やっぱりユリアか。それで、お前はそのタンコブ以外怪我はないのか?」

「特には無いかな。僕ってば丈夫だからさ」

「ならいい。少し危ないかもしれないから下がっていてくれ」


 リアンの横を通り部屋に足を踏み入れる。

 軽い調度品は壁まで吹き飛ばされ壊れ、重い物も多少移動したり傷付いている。窓ももれなく割れているし、中々に酷い有様だ。

 そんな部屋の寝台の上で、起き上がったユリアが枕を胸に抱き泣いていた。ゼフィールは彼女の肩にそっと手を置き、名を呼んでみる。


「ユリア」

「嫌、触らないでっ!」


 返ってきたのは激しい拒絶で、邪険に手を振り払うユリアの仕草と共に猛烈な圧力が襲ってきた。軽く吹き飛ばされたので、慌てて防御障壁を展開し、体勢は魔法で維持する。


(感情のままに魔力が漏れているだけで、全く制御できていないな)


 今まで魔力を持たなかった者が、突然強すぎる力を手に入れたらどうなるかという良い見本だ。

 その程度のものなのに――壁がミシリと嫌な音をたてた。

 今のでまたダメージが入ってしまったらしい。方向性を持たない力だというのに、ヤジ馬達の障壁では防ぎきれないようだ。


 今の騒動を引き起こしている力も、アテナ本来の力から見れば微々たるものだ。しかし、なまじ強すぎる力なので始末が悪い。

 これ以上建物に被害が出ても困るので、ゼフィールは部屋全体に強めに障壁を張った。そして、再度ユリアに近付き腕を掴む。


「ユリア!」

「触らないでって言ってるでしょ!?」


 触れられるのを拒絶するように魔力がぶつけられてきたが、今度は対策済みだ。構わず空いている手で彼女の顎を掴み、ゼフィールの方を向かせた。


「俺を見ろ! 誰だか分かるか?」

「知らない! 誰も、何も知らないっ!」


 ユリアは目をきつく閉じながら、拘束から逃れようと激しくもがく。触れられているのがよほど嫌なのか、先程までよりぶつけられる魔力が強い。こんなものを一般人がくらったらひとたまりもないだろう。


(錯乱が酷過ぎるな。可哀想だが、また寝かせるか)


 ゼフィールは眠りの魔力を紡ぐ。

 けれど。

 弾かれた。

 何度試してみても尽く抵抗レジストされてしまう。


(くそ、アテナの特性が表に出てきたか。厄介だな)


 アテナは防御の力がずば抜けて強い神だ。誰かを守る力というのがその本質だが、自身に対する害意に対しての抵抗力も凄まじく高い。時が経てば経つ程に、ユリアを抑えるのは難しくなるだろう。


(今のうちに力を封じておかないと手がつけられなくなるな)


 そう判断し、ゼフィールはユリアから距離をとる。両手を真っ直ぐ前へ上げ、手の平を上に向けた。

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