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白花の咲く頃に  作者: 夕立
土の国《ブレーメン》編 命
94/104

5-20 アテナの系譜 後編

 ◆


「荷物はこれだけか?」

「そうだけど。何、帰るの? ユリアいないけど」

「今から迎えに行く。合流し次第帰るから、お前達も付いてきてくれ」


 言いながら、ゼフィールは一まとめにされた荷を《シレジア》の自室に転送した。


「な!? 消えた!?」

「ちょっとゼフィール! 君、何したのさ!?」

「先に《シレジア》に送っただけだ。それじゃ、行くか」


 目を白黒させているエイダとリアンを尻目にあてがわれた部屋を出る。儀式の間に向かいながら、残っていた二枚の羽根を魔力に変換して取り込んだ。

 魔晶石の残りは小袋半分程。今の保持魔力と合わせれば、ユリアを回収するまでに多少魔法を使っても、四人転移するくらいの余力は残せるだろう。


 置いて行かれるとヤバイと気付いたのか、二人が慌ててゼフィールの後を追ってくる。

 そして、追いついたそばからリアンが騒ぎ立ててきた。


「いやいやいやいや。送ったってどういうことさ?」

「《シレジア》に帰ったら教えてやるから、今は突っ込まないでおいてくれ」

「騒がしいですわね。あちらまで声が聞こえてきましたわよ」


 扇子で口元を隠したゾフィが笑いながら歩いてくる。


「あ、ゾフィさん。おはよう」

「おはようございます。ゼフィール様、リアン様、エイダ」


 ゾフィは優雅に挨拶するとゼフィールの横に並んだ。共にやってきた彼女のお付き達三人は静かに後ろに付き従っている。なんとも躾の行き届いていることだ。


「荷を転移させましたの? 便利ですわね。うちのも運んでくださいませんこと?」

「お前の荷物って量が凄いだろ。自分で持って帰ってくれ」


 げんなりとゼフィールは拒否する。

 行き掛けの時でさえゾフィは大荷物だった。荷馬車一台分の荷はゼフィールが貰ったとはいえ、《ブレーメン》で買い物もしているであろう事を考えると、それより減っているはずがない。

 自分達が帰る為の魔力でさえギリギリなのに、総量も分からぬ荷運びなど逆立ちしても無理だ。


「つれませんわねぇ」


 言葉ほどゾフィに気にした雰囲気は無い。どうせ、挨拶がてらの冗談だったのだろう。案の定、本題は他にあったようで、扇子を閉じると、真面目な顔でゼフィールを見上げてきた。


「ゼフィール様も感じられましたのかしら?」

「ああ。ユリアが出てくる。迎えに行ってやらないとな」


 少し前から空気が変わった。変わったといってもほんのわずかな変化で、勘と言ってもいい程のものだ。しかし、ゾフィも感じたというのなら間違いではないのだろう。


 辿りついた儀式の間入口には兵が立っていた。無視して入ろうとすると、当然ながら止められる。


「何者も入れるなと命じられております。お戻りください」

「あなたに止められるいわれはありませんことよ」


 言うが早いか、ゾフィが扇子を小さく動かした。途端に兵は床に転がり、夢でも見ているのか、涎を垂らしながら幸せそうな顔をしている。

 そんな彼を、複雑な顔でエイダとリアンが眺めた。


「えーと。彼、お亡くなり?」

「よく見ろ。寝てるだけだ」


 ゼフィールは兵をさっさと乗り越え、扉を開ける。

 その先の部屋には煌々と灯かりがともっていた。灯りに照らされ見える人影は一様に帯剣していて、実に物々しい。


「ゾフィ、お前がここに潜り込んだ時も、こんなに兵が詰めてたのか?」

「まさか。誰もおりませんでしたわよ。警戒されてますわね」


 ここにいる兵達が継承の間から出てくるユリアを待っているのか、それとも、外からくる何かに備えているのか、それは分からない。けれど、ヨハンが警戒しているのだけは間違いない。


「貴方達は!?」


 入口近くにいた兵に見つかったようで、声を上げられた。彼は侵入者有りと叫びながら階段を下っていく。部屋に詰めていた兵達はあっという間にこちらを認識し、バタバタと儀式の扉前に集まりだした。


「どうしたものかな」

「面倒ですし、全員眠らせますわ」


 ゾフィが口の前で扇子を寝かせ、息を吹きかける。

 途端に、全ての兵が倒れた。階段を駆け下りている途中だった数人が転がり落ちそうになっていたので、彼らだけゼフィールが浮かせ、近くに降ろす。


「相変わらずお優しいですわね」

「怪我人や死人が出たら目覚めが悪いだろ。まぁいい、俺達も行こう。面倒だから飛ぶぞ」


 全員を宙に浮かし、吹き抜けの部分をゆっくりと下降する。

 儀式の扉前で寝ていた兵達はまとめて隅に移動させ、空けた場所に降り立った。


 扉を一瞥いちべつすると、それを背にして佇む。

 多少とはいえ騒ぎを起こしたので、恐らくヨハンがやって来るだろう。彼が余計な手出しをせぬよう、出口を守っておいた方が賢明に思えた。

 同じように考えたのか、ゼフィールの横にゾフィも並ぶ。

 そんな彼女に、時間つぶしがてらゼフィールは話題を振った。


「ユリアが出てきたら俺は《シレジア》に跳ぶが、お前はどうするんだ?」

「わたくしも帰りますわ。もう仕事は終わりましたし、この国にいる理由もありませんもの」

「そうか。まぁ、気を付けてな。この国、何かと物騒みたいだから」

「ふふ。《ライプツィヒ》はこの国の大切な商売相手ですから、わたくしに手荒な真似なんてできませんわ。それに、わたくしが何かをしたという証拠はありませんし。せいぜい、この部屋に入った事を咎められるくらいですかしら」


 たわいもない話をしていると、階上から大勢の足音が響いてくる。

 ユリアが先に出てきてくれれば良かったのだが、そうそう上手くはいかないらしい。


 現れたのは大勢の騎士を引き連れたヨハンで、無表情ではあるが、怒気を隠そうともしていない。

 城の秘部に入られたのだ。それも二度も。

 そう考えれば、怒るのも当たり前かもしれない。

 ヨハンは階段を下部まで降りてくると、こちらを見下しながら言葉を叩きつけてきた。


「私の会談の求めには応じないのに、ここに入り込み兵を排除するとは、随分と都合のいい体調不良ですね」

「本調子ではありませんよ? ですが、ユリアを貴方に殺されては困るので、無理を押して来た次第です。彼女を殺すつもりなのでしょう? 貴方の御先祖達がやってきたように」

「……なぜ、それを知っている?」


 ヨハンが眉尻を吊り上げた。口調も変わっているし、図星だったようだ。


「いや、聞くだけ無駄か。どうせまた、のらりくらりと答えはしないのだろう。若造達が舐めた真似をしてくれる。他国の地で好き勝手するのが五王家の流儀とは恐れ入ったものだ。だが、自分達がどういう立場にいるのか認識して行動すべきだったな」


 騎士達が階段を駆け下りゼフィール達を取り囲む。そして、一斉に剣を前に突き出し威嚇してきた。

 その様子に、エイダが慌ててゼフィールの前に出、切実に訴えてくる。


「ゼフィール殿下、私がヨハン殿下に謝罪し、お怒りを解いてくださるよう懇願いたします。どうかお下がりを」

「必要ない。お前こそ下がっていろ」

「ですが!」

「お前では役に立たないと言っている。命令だ。下がれ」


 なんとも不服そうなエイダだったが、渋々と後ろへ下がった。リアンは最初から前に出るなどという事はしない。

 二人が安全な位置にいるのを確認して、ゼフィールは視線を騎士達に戻した。


 紳士の仮面を剥ぎ取るまでヨハンを怒らせたのだ。今更タダで許されるとは思えない。それに、周囲からこれだけ剣を突き付けられている状態では、エイダでは捌き切れないのは目に見えている。

 ゾフィもゼフィールと同じ判断をしたようで、従者達を後ろに下がらせていた。


 剣を突き付けてきてはいるが、騎士達がそれ以上動く素振りは見えない。

 それも当然だ。

 いくら勝手が過ぎたとはいえ、目に見えた犯罪を犯していない他国の王太子を傷付けでもすれば国際問題になる。脅しに屈せずゼフィールとゾフィが矢面に立ち続ける以上、騎士達は何の障害にもならない。


 別段困りはしないが、好ましい状態でもない。

 どうにかならないものかと頭を捻っていると、ニーズヘッグが動いた。扉の方に頭を向け、一心に見つめている。


「ゾフィ」

「ええ。構いませんわよ」


 ゼフィールはヨハンに背を向け、変化が起きるのを待った。


(出て来るのか?)


 そんな気がして扉を見つめる。

 さして待ちもせず、ユリアが扉をすり抜けて歩いてきた。彼女の表情は虚ろで疲労の色が濃い。魔力を持たぬ身で継承の儀を受けたので、負担が大きかったのかもしれない。


 おぼつかない足取りで歩くユリアの前で待っていると、彼女はそのままゼフィールにぶつかった。倒れてしまわぬよう軽く抱き、支えてやると、ユリアはゆっくりとゼフィールを見上げてくる。


「大丈夫か?」

「ゼフィール……?」


 彼女の顔には何の表情も浮かんでいない。茫然と、瞳の中にゼフィールを映している。

 ふいに、ユリアの瞳から涙が零れた。人目もはばからず大声で泣き出すと、ゼフィールの服をきつく掴んで胸を殴りだす。


「嫌……。まだ何もしてないのに、死ぬなんて嫌っ!」

「ユリア、落ち着け!」

「放して! 何で今なの!? 何で私なの!? なんで――」

「ユリア!!」


 ゼフィールはユリアの目を手で覆うと眠りの魔法を掛けた。

 彼女の身体から力が抜け、ぐったりと項垂れる。

 腕の中で重くなったユリアを抱え、ゼフィールは軽く唇を噛んだ。


 どこまでも前向きなユリア。そんな彼女にも贄の運命は重かったようだ。

 強い人間だろうと悩むのは分かっていた。分かっていながら、彼女を差し出す事しか出来なかった己の無力が恨めしい。

 近寄ってきたリアンが心配そうにユリアを覗きこんだ。


「突っ込みどころ満載なんだけど、ユリア大丈夫なわけ?」

「眠らせただけだ。しばらくすれば目を覚ます」

「ならいいけど。なんか雰囲気おかしかったよね?」

「そうだな……」


 ゼフィールも眠る彼女を見つめていると、ニーズヘッグが動く気配がした。次いで、ユリアの目がパッチリと開く。いつかと同じで身体を借りたのだろう。

 ニーズヘッグはゼフィールに抱かれたまま顔だけをヨハンに向け、口を開いた。


「私はこの地を守る楔の片割れ、ニーズヘッグ。簒奪者の末裔よ、正統な王に国を返しなさい。あなたにこの地は維持できない。このまま王の空位が続けば、五王国といえど瘴気の海に飲まれる日が来るでしょう。そうすれば、あなた方の血族が必死に求めてきた権力も富も、全て意味を無くすのです。あなたが賢明な人である事を祈ります」

「私を簒奪者と呼ぶか!」


 ヨハンがニーズヘッグを睨んだ。視線にはこれでもかと殺意が込められている。

 ただでさえ、扉を抜けてしまったユリアは殺害すべき対象なのだろう。その上、簒奪者と呼ばれ、国を返せと言われれば、益々躍起になって殺そうとするかもしれない。


 ヨハンの視線からユリアを庇うように、ゼフィールは身体の向きを変えた。

 ユリアとも合流できたし、さっさとこの場を去りたいのだが、ニーズヘッグが表に出たままなのが引っかかる。


「ニーズヘッグ。お前が表に出たままだと動き難い。言いたいことがあるならさっさと言え」

「すいません、一言だけ。アフロディテの器よ、あなたの協力にも感謝します。そして、ウラノスの器よ、彼女を頼みます」


 それだけ言うとニーズヘッグは目を閉じた。

 ユリアはゼフィールの腕の中でぐったりした状態に戻り、彼女の胸元でニーズヘッグがとぐろを巻いている。頭を下げ、目を閉じているので、用は済んだのだろう。


「どこかの自分勝手で偉そうなリスや鷲とは違って、謙虚で礼儀正しい蛇ですわね」

「羨ましい限りだよ」


 まったくもって同意で、しみじみと言葉を返す。

 返事ついでに周囲に目を向けると、ヨハンの表情が更に厳しくなっているのが見えた。


(これ以上長居しても危険度が上がるだけだな。こいつもきちんと寝台に寝かせてやりたいし)


 ゼフィールはユリアを抱きなおすと、ゾフィに顔を向けた。


「ゾフィ、悪いが先に帰るぞ」

「了解しましたわ。ユリア様のこと、頼みましたわよ」

「待て! はいそうですかと、帰すと思っているのか!?」


 自身も剣を抜き、階段を登らすまいとヨハンが通路を固める。

 全く意味の無い行為なのだが、ゼフィールもゾフィもわざわざ指摘はしない。代わりに、置き土産に告げる。


「ヨハン殿下。俺から言えるのは、五王国の繁栄は正統な王無くしてはありえないということです。民を思うならば、王は王としていだき、貴方は執政官にでもなられるのがよろしいでしょう。それと、これは個人的な願いなのですが、誰もが人として尊厳ある暮らしを送れるよう配慮してやって下さい」


 返事を待たず、ゼフィールは《シレジア》へ転移した。

 言葉がヨハンに届いた手ごたえは無い。哀れな《ブレーメン》の民の為に何かしてやりたかったが、ヨハンの考えを変えることはゼフィールには出来なさそうだ。

今回で《ブレーメン》編はお終いになります。

次回から終章に入ります。

引き続きよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ユリアが自分の宿命を知って人並みに取り乱すのが良かったです。これが普通ですよね。 ゼフィールも言っているけど、ユリアは前向きだから、しっかり覚悟を決めてくる可能性もあるとはと思ってたのです…
[良い点] ムリなモンはムリと、キッパリサッパリなのがいかにも夕立さん流でありまするな。
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