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白花の咲く頃に  作者: 夕立
土の国《ブレーメン》編 命
87/104

5-13 騒乱の芽

 ◆


『《ブレーメン》の十字石二つ共確保できましたわよ。リアン様達の保護も問題ありませんでしたし、後は、儀式の扉の件ですわね。場所の目星は着いているのですけれど監視がきつくて。近付くにはタイミングを見ないと駄目ですわね』

『仕事が早いな。助かるんだが、身に危険が及ばない程度でやってくれ』

『ご心配いたみいりますわ。ですけれど、わたくしとしてはゼフィール様の方が気がかりですわね。何かお困りではありませんこと?』

『まぁ、なんとかやっていけてる。すまない、忙しいからこれで』


 ゾフィとの念話を切ると、ゼフィールは子供達との格闘に集中する。


「ほら、お前達。ここにいると邪魔になるだけだから外で遊ぼうな」


 室内で騒いでいる子供達に外に行くよう指示するが、数人言うことを聞かない。ゼフィールが手こずっていると、ついにカーラの雷が落ちた。


「うるさいから出てけって言ってんだろ!」


 響き渡る鈍い音。

 頭に拳骨をもらった子供達は泣きながら外へ駆けて行った。

 その横で女達が忙しそうに部屋を行ったり来たりし、男達は落ち着かなさげにそわそわしている。カーラはどちらでもないようだが、気が立っているのは間違いない。

 これ以上カーラに叱られる子を増やす前に、ゼフィールは残る子供達をまとめて外に出た。


 外に出たはいいが、好き勝手に遊ばせているとやはりうるさい。この音量で騒げば部屋の中まで声が響くだろう。

 仕方ないので子供達を呼び集めた。手近な灌木の枝を折り、一本ずつ子供達に持たせていく。


「なー、兄ちゃん。"シュッサン"って何なんだ? 大人達はピリピリしてるし、騒ぐと怒られるし、俺、つまんねーよ」


 小枝を受け取りながら少年がぼやいた。周りからも同じような声が聞こえる。

 他の子にも小枝を配りながらゼフィールは答えた。


「お前達の弟か妹が産まれるんだよ。お腹が大きい人がいただろう? 彼女のお腹の中から出てくるんだ。凄く痛いらしいから、刺激しないように静かにしてような」

「えっ!? そうなのか!? なぁ、俺も大きくなったら"シュッサン"するのか!? 兄ちゃんも産んだのか!?」


 興奮気味に少年が尋ねてくる。なんとも的外れな質問だが、純粋で子供らしい。ゼフィールは少しだけ苦笑いを浮かべ、少年を軽くデコピンした。


「俺もお前も産めないよ。産めるのは女性だけだ」

「へー。でも、兄弟が増えるのかぁ。楽しみだな~」


 少年が嬉しそうにニコニコしだす。他の子供達にも静かにしなければならない理由は伝わったようで、喋り声が先程までより小さくなった。

 全員に小枝を配り終わると、ゼフィールは一人一人の前の地面にそれぞれ名前を書いてやる。

 ここの子供達は字を知らない。

 とりあえず、自分の名前を書く練習をさせることにした。


「兄ちゃん色々できるのに、できない事もあるんだな」


 器用に逆さまに字を書きながら少年が見上げてくる。

 ゼフィールは彼の後ろ横にしゃがみ、小枝を持った少年の腕を掴むと、正しい書き順で地面に字を書いてやる。


「この字はこうだ。ほら、今書いたのは俺がお手本で書いた字と同じだろう? それと、大概の人はできない事の方が多い。俺なんてできない事だらけで、いつも周囲に助けてもらいっぱなしだ」

「そうかぁ? 俺から見ると、兄ちゃんは何でもできるんだけどな! 兄ちゃんの言うことはよく分かんないぜ」

「そのうち分かるようになるよ」


 頭を捻る少年のもとを離れると他の子達の様子も見て回る。手本があるのに間違えたまま練習をする子というのは意外と多いもので、見つける度に間違いを正してやる。


 この程度ならできるが、ゼフィールにはできない事の方が多い。しかし、それは誰でも同じだ。ただ、できる事とできない事が違うだけ。

 だからこそ互いに協力し、穴を埋め合う。

 それを通して絆を深め合えたりもするのだから、悪い事ばかりではない。


 見回る中に、完璧に名前を書けるようになっている少女がいた。余裕がありそうだったので、本格的に一から文字を教える。

 ガリガリと文字を書いていると地面に陰が落ちた。陰の先には大人の男の足が見える。


(様子でも見に来たのか?)


 何かあれば言ってくるだろうし、とりあえず放置して文字を書く作業を続ける。そうしていると、横から脇腹に衝撃を受け、隣にいた少女も巻き込みながらゼフィールは地を転がった。


(蹴られた?)


 突然すぎる出来事に認識が遅れてついてくる。とりあえず少女の上から身体をどかし、蹴ってきた相手を探した。

 先ほどまで二人がいた場所に男が立っている。

 けれど、彼がすぐに次の動きを起こす気配は感じられない。距離もそこそこある。また何かされそうになっても、次は反応できるだろう。


 それを確認すると、ゼフィールは少女に小声で話しかけた。


「怪我は無いな? 少し危なくなるかもしれない。離れていてくれないか?」

「でも、兄」

「おい、何してんだよおっさん!」

「いつも喧嘩は駄目って言ってるのに、酷い」


 男の周囲で子供達が騒ぎ出した。

 子供達に男が怒りださないかと、ゼフィールはハラハラと彼の顔を見る。そして、おかしなことに気付いた。

 男の目は焦点が合っておらずどこも見ていない。口は締りなく緩み、細く涎が垂れている。正常な状態でないのは明白だ。


(にしても、段々こっちに近付いて来てるのはなんでだろうな?)


 少女を連れて男の進路から逸れる。すると、男の進行方向も変わった。相変わらずフラフラとこちらへ歩いて来る。


(この間の件を根に持ってるんだろうが)


 少女が狙われている可能性も皆無ではない。

 少し悩んだが、少女をその場に残し、ゼフィールだけ対角線上に移動する。幸いにも、男はゼフィールを追ってきた。その姿はなんともうすら寒い。

 気味が悪くなって、ゼフィールは近寄って来た男の首筋に手刀を叩きこんだ。

 けれど、期待していた効果は得られない。

 男は何も感じぬのか、緩慢な動作で拳を振り上げてくる。


 ゼフィールは後ろに飛退きながら男を風で弾いた。

 男の身体は五メートル程後方まで吹き飛び、そのまま動かなくなる。転がる彼の側に行き様子を観察してみると、相変わらず目は開いたまま、身体だけがビクビクと動いていた。


(打ち所でも悪かったのか?)


 少しだけ不安になる。先ほどからおかしな行動の多かった男ではあるが、弾き飛ばした時の衝撃で脳に障害でも出していたら責任を感じる。


(とりあえず治癒でも掛けておくか)


 中腰になり、男に手を伸ばす。

 その手を誰かが掴んだ。

 顔をあげてみると、そこにいたのはカーラ。

 今日は厳しい表情をしっぱなしの彼女であるが、今は鬼気迫るものがある。彼女は倒れている男に視線を落とし、次いで、ゼフィールを見た。


「あんた、今、そいつ治癒してやろうとかしてなかったかい?」

「それがどうかしたか? とっさに彼を吹き飛ばしてから動きが益々おかしくなってな。俺が怪我でもさせたのかと」

「ひょっとして、あんた達も襲われたのかい? てか、子供達がびびってるし、襲われたんだろうね。それなら悪いのは先に手を出したそいつだ。また暴れ出されても困るし、治癒しないどくれ」


 そう言うとカーラはゼフィールの腕を放し、子供達の方へ駆けて行った。彼女の周囲へ集まる子供達に怪我が無いか一人一人確認して行く。

 一通り確かめ終わると、カーラはドサッとその場に座り込んだ。


「ったく、ガキ共が無事で良かったよ。急に暴れ出した馬鹿共がいてさー。他の奴らの相手してる間にこいつだけ逃がしちゃって。いないって気付いた時は焦った焦った」

「馬鹿()? こいつ一人だけじゃなかったのか? というか、急に暴れ出したって、なんでだ?」

「そんなのあたしが知りたいよ。ただでさえお産でテンパッてるのに、男って馬鹿なのかい?」


 カーラがジト目で睨んでくる。

 ゼフィールも被害者だというのに、同じ男というだけで加害者と同類に扱われるのは納得がいかない。けれど、抗議したところで意味は無いのだろう。


「一括りにされてもな」


 ため息と共に一言だけ不満をこぼし、甘んじて誹りを受ける。

 そんなゼフィールのすぐ側で、転がっていた男が突然起き上がった。


「なっ!?」


 一先ず後ろにさがり、男と距離を取る。カーラもゼフィールの横に来て剣を構えた。

 けれど、男はゼフィール達の方を見ない。あらぬ方向をじっと見つめ、そちらの方へフラフラと歩いて行ってしまった。


 ゼフィールとカーラが顔を見合わせていると、その横を四人の男達がおぼつかない足取りで通り過ぎて行く。向かう方向は先程の男と同じだ。

 続いてユリアまで出てきて、彼女はこちらに気付くと駆け寄ってきた。


「カーラさん、大変! 暴れてた四人が出て行っちゃって! 特に暴力を振るってこなかったから放置したんだけど。どうしたらいい?」

「あー。うん。見た。なんなんだろうね? ほっとくわけにもいかないし、とりあえず追いかけてみるかね」


 剣を仕舞ったカーラが頭を掻く。そんな彼女の前に、目をキラキラと輝かせた少年が躍り出た。


「悪者退治に行くんだろ? 俺も行く!」

「駄目に決まってんだろ! ガキは部屋の中で大人しくしてな! おい、ゼフィール。こいつら部屋の中に押し込んどいて」


 カーラがしっしっと子供達を手で追い払う。追い払われた子達は何やら期待を込めた目でこちらを見つめてきているが、それは無理な願いだ。

 ゼフィールは言い出しっぺの少年の肩に手を置き、ユリアの方を見ながら言う。


「カーラはお前達が心配なんだよ。もちろん俺もな。だから、大人しくユリアと部屋で待っていてくれ」

「え、私?」


 自らを指さしながらユリアがキョトンとする。


「彼等は俺がカーラと追いかける。お前は子供達を頼む」

「嫌よ。私も行くわ」

「俺も」

「ぼ、僕も」

「ほら、お前がこの子達の面倒を見てくれないとついて来てしまいそうだし。それに、女子二人だけに危険な事をさせるのはな」


 ユリアは男達の向かった方向と子供達を何度か見比べ、じれったそうに首を縦に振った。


「分かったわよ。今回だけだからね! ほら、みんな部屋に戻って。じゃないと、また、カーラさんの雷が落ちるわよ」


 渋りまくっていた子供達だったが、ユリアの最後の一言を聞くと、背筋を伸ばして号令に従う。

 そんな彼らを適当に見送ると、ゼフィールはカーラと共に男達を追って走り出した。

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