5-9 補給物資 前編
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地べたにあぐらをかいたカーラが大欠伸をした。
「あんたの言う集団本当に通るのかい?」
「もうそこまで来ている。そろそろ見えるんじゃないか?」
ゼフィールは答えながら空へ腕を伸ばす。指先にフレースヴェルグが留まったので、手を肩に持って行き、そちらに移らせた。
待っている集団はまだ見えない。けれど、フレースヴェルグがすぐそこまで来ていると言うのだから、そうなのだろう。
なので、別段心配するでもなく荒野を走る街道に視線を落とした。
以前、カーラ達に襲撃をくらった現場を見下ろせる高台に二人はいる。ゼフィールが迷った洞穴には実に多くの出入り口があり、ここも、そこから通じる場所の一つだ。
カーラの話によると、彼女はあの時、ここから重り付きの紐を投げてユリアを捕縛したらしい。その後は様子を見ながら弓で援護していたというのだから、実に多芸な女だ。
「ああ、来たな」
視界の端に小さく集団を認め、ゼフィールは街道へ降り立った。同時にカーラが指笛を鳴らす。
対象が来たから用意をしろ、という合図らしい。
「大声で色々言うわけにもいかないだろ? これから何をするか相手にもバレちゃうし。だからさ、大まかなサインを事前に決めてあるのさ」
カーラはそんなことを言っていた。リアンが聞いた音というのも、これに類するものだったのだろう。
彼に話を聞いた時は何を馬鹿なと思ったものだが、こちら側から見てみれば全て納得だ。
道の真ん中に立ち待っていると、ゼフィールの前で一行が止まった。
先頭にいる術師が馬を降り深く一礼する。
「お久しぶりでございます、ゼフィール殿下。このような下野にあられましても貴方様の高貴さは幾分も損なわれておられない。下賤の身ながら、こうして御尊顔を拝謁させて頂けるだけでも恐悦至極でございます」
ゼフィールの表情が一瞬固まる。
久々に聞いた《ライプツィヒ》流の挨拶に少し引いてしまった。貴族達に不快な思いをさせないための美辞麗句なのだろうが、ここまで盛られていると逆に居心地が悪い。
(本人達に悪気はないんだろうけどな)
他国の文化に文句を言っても始まらないので、普通に挨拶を返した。
「遠路はるばるすまないな。ゾフィはどの馬車だ?」
「ご案内致します。こちらに」
術師は集団の中心にいる馬車の前へしずしずと進み、中に声をかけた。返事を確認すると、ゼフィールに頭を下げ、そのまま去って行こうとする。
本来なら彼女の仕事はこれで終わりなのだろう。
しかし、一つ、してもらいたい事がある。手近な者もいないので、彼女に頼んでみることにした。
「じき、他の者が荷を取りにくる。彼らへの受け渡しを任せていいか?」
「かしこまりました。殿下の御心のままに」
術師はすんなり承諾すると荷馬車の方へと歩いて行く。
彼女の後姿を見送り、ゼフィールは高台に向けて手を振った。すると、甲高い指笛の音が響く。
合図はきちんと伝わったようだ。
相手がゾフィなので警戒する必要もなさそうだったが、念には念を入れて、カーラ達には姿を隠していてもらった。
安全が確認できたらカーラ達を呼ぶ。
そういう段取りだった。
責任者を立て、引き取り手が来ると告げておけば賊とは間違われないだろう。
ゼフィールはゆったりと馬車に寄りかかると、中に声をかけた。
「手間を掛けたな」
「構いませんわよ。わたくしにとっては、《ドレスデン》と《ハノーファ》側のどちらから入国するか程度の違いしかありませんし。荷を運ぶのも周囲の仕事ですもの。それに、この国景色が代わり映えなくて、移動が退屈でしょうがありませんでしたのよ。ですから、お会いできるのを楽しみにしてましたの」
「そう言ってもらえると助かる」
歯に衣着せぬゾフィの感想に苦笑が漏れる。この国の移動が暇なのは自分だけではなかったらしい。
適当に話をしていると、カーラ達がやってきたのが見えた。
案の定警備の騎士達に止められたが、先程荷の受け渡しを頼んだ術師が間に入ってくれている。
彼女がこちらを見たので、ゼフィールは頷いた。
それで意図は通じたようで、荷馬車の方へカーラ達が案内されて行った。
案内された荷馬車には日持ちのする食糧と子供用の衣類が積まれている。彼女達は驚きの表情でそれを見、その後は仕分けをしながら小さく荷作りを始めた。
その様子を、ゼフィールはなんとなく眺める。
蛇沼での生活があまりに大変そうだったので、城の行きがけに物資を持ってきてくれるようゾフィに頼んだ。
半分は強引にあの地に居座っているので、その対価の気持ちもある。あまり多くを与えてしまっては生きる力を削いでしまうが、荷馬車一台程度なら問題にもならない量だろう。
だからといって、何もしない住民達に物資だけ与えるのもよろしくないので、荷運びくらいはしてもらうことにした。もちろん持ち切れない物も出てくるだろうから、それはゼフィールがまとめて運ぶ。
今は、仕事が確定するまでの待機時間だ。
何も考えず、半分ぼーっと時を過ごしていると、段々眠くなってくる。
そんな状態だったものだから、突然馬車の扉が開いた時は本気で驚いた。
中から出てきたゾフィがゼフィールを見て不思議そうにしている。
「何かありましたの?」
「あ、いや。別に」
「そうですの? おかしなゼフィール様ですわね」
言いながらゾフィが背伸びする。そんな彼女を馬車の中から女性の声が窘めた。
「淑女たるもの、殿方の前でそのような事をなさるものではありませんよ。ゾフィ殿下」
「そう言われても、ずっと座っていて身体が痛いんですもの。それに、そんな事をとやかく仰る方ではありませんわ」
「それでもです。倒れそうな時でも、背筋を伸ばして笑っているのが一流の淑女というものですよ」
馬車の中から出てきたもう一人の人物を見て、ゼフィールは再び驚くハメになった。
「ヒルトルート?」
こちらを振り向いたヒルトルートは優しく微笑むと、ドレスの裾を摘まんで優雅に礼をした。




