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白花の咲く頃に  作者: 夕立
土の国《ブレーメン》編 命
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5-7 遠く呼ぶ声

 ゼフィールが外に出てみると丁度黄昏時で、空は橙と紺のグラデーションを描いていた。外周壁に阻まれ見えないけれど、もうじき陽が落ちるのだろう。


 太陽と共に生活するのはいいのだが、いきなり実践するには無理がある。

 時間つぶしに暗がりの増え行く蛇沼を散歩していると、周囲の藪がカサカサと音をたてた。目を向けてみると、藪の隙間を這う細い身体が見える。


(蛇?)


 そう思った矢先、二匹の蛇が藪から一瞬顔を出し、また奥へと消えて行った。

 地名どおり、本当に蛇が多いようだ。


 蛇達の姿すら判別がつきにくくなってきた頃、散歩中らしいユリアを見つけた。声をかけようと思ったら、彼女の近くの藪で、カサ、と、小さな音が鳴る。

 目を凝らしてみると、二つの小さな光が見えた。

 ゼフィールと同様にそちらを見たユリアは藪を見たまま固まり、次の瞬間には、叫び声をあげながらこちらに走ってくる。


「あそこ、蛇っ! 絶対蛇よね!? あれ!」

「だろうなぁ。ここ、蛇沼って呼ばれるくらい蛇が多いらしいし」

「なんだって、よりにもよってそんな所なのよ!?」


 ユリアは回り込んだゼフィールの後ろから、蛇を隠れ見ながら半ギレ気味にわめく。威勢はいいが、手はゼフィールの服をしっかり掴んでいるし、微妙に泣き声だ。


(そこまで嫌いなら見なければいいのに)


 とも思うのだが、嫌いだからこそ、相手の動きが気になるのかもしれない。


「暗くなってきたし、部屋に戻った方がいいんじゃないか? 知らない間に蛇を踏んでたりとかしたら嫌だろ?」

「踏む!? ……戻るわ」

「部屋まで送ろうか?」


 ユリアの目を見る。

 視線が合って、ユリアは自分が誰にしがみついているか気付いたらしい。顔を赤らめてパッと手を離した。そして、顔をそらす。


「大丈夫、一人で戻れるから」

「そうか。じゃぁ、気を付けてな」


 ゼフィールはユリアに微笑み散歩に戻ろうとした。けれど、小さく後ろに引く力を感じる。引っかかりのある部分を見てみると、ユリアがゼフィールのシャツの裾をちょんと掴んでいた。


「あの、ゼフィール。追いかけてきてくれて、ありがと」


 小さくそれだけ言うと、彼女は手を離し、居住区へ向かって駆けだす。かと思うと、走りながら途中で振り返った。


「でも、この前のこと許したんじゃないからね! 勘違いしないでよ!」


 言うだけ言って、ユリアは遠く去っていってしまう。

 返事をしようにもかなわず、ゼフィールは苦笑を浮かべ散歩に戻った。再び静かになった蛇沼を周り、最後には大岩の上に落ち着く。ゆったり座り、念話をつないだ。


『マルク、ゾフィ、ライナルト殿。少し手伝って欲しいことができました。手を貸してください』


 全員忙しい時間だったのか反応が悪い。気長に待っていると、ライナルトから返事があった。


『何を手伝えばいいのかな?』

『ブロン家の十字石の回収と、継承の間の場所の特定を誰かに代わってもらいたいのです。《ブレーメン》国内にはいるんですが、諸事情でしばらく城に行けなくなってしまって』

『しばらく城に行けぬ程度なら、我々は手を出さない方がいいのでは?』

『どうにも、どう転ぶか先が読めない状況なもので。下手すると国の制度に盾突いて、王家と反目する可能性がありそうなんです。そうなると、俺では手出しできなくなる上に、ブロン家自体の警戒度が上がる可能性があります。そうなる前に、誰かに動いてもらえれば、と』

『何それ!? すんごい楽しそうじゃない! アタシも混ざっていい? あ、もちろんゼフィールのいる方によ?』


 マルクが凄い勢いで食いついてきた。

 基本頼りになる奴なのだが、今回に限っては嫌な予感しかしない。下手に関わらせれば、事態を混ぜっ返しそうな気がする。


『却下』

『嫌だ! 即答なんてヒドイ!』


 マルクの大声が頭に響き渡る。

 全く効果はないのだが、いつもの癖で、つい耳を塞いだ。


『騒がしいですわよ、マルク。だいたい貴方の国、最近難民問題でてんてこ舞いらしいじゃないですの。面倒な仕事から逃げたいだけなんじゃありませんの?』

『え? あー。……そんなことあるわけないじゃない?』

『図星だな。まったく、相変わらずお前という奴は――』

『あの、難民問題とは何でしょうか?』


 どうにも自分だけ知らない話題のようで、ゼフィールは尋ねた。


『ああ、ゼフィール君は為政側に戻ったのは最近だったな。それも《シレジア》にいたのでは、知らないのも仕方ないか』

『ゼフィール様は《ザーレ》が瘴気に覆われた様子をご覧になりましたでしょう? あの状況になっているのは、何もあの国だけではありませんの。それで、動ける者は数年前から五王国に流入してきてますのよ』

『五王国なら神力のお陰で瘴気の侵食は少ないし、経済も比較的安定しているからな』

『でも、国によって受け入れやすい人達とそうじゃない人達がおりますの。うちでしたら芸術家や文化人は保護しやすいですけど、それ以外は辛いですし』

『《ハノーファ》では職人か武人以外は住みにくいだろうな』

『で、それ以外の人達が行く場所ってなると、現状ウチみたいな?』


 マルクが少しばかり疲れた声を出す。


『まぁ、ウチって農業国だし? 難民の人達にも畑でも耕してもらえれば食い扶持は賄えるんだけど、中には働きたくないって輩がいるのよね~。で、そーいう連中が賊になって治安を乱してくれて、ほとほと困ってんの。牢も、すーぐ満杯になっちゃうし』

『まぁ、そういう話だ』

『俺は聞いたことのない話でした。《シレジア》にも入ってきてるんですよね?』

『ああ。それは無いわ。ウチで止めてるから。アナタのトコ、最近まであの状況だったし。それに、難民達が暴れ出しても余裕で抑えきれるほどには、まだ回復してないでしょ?』

『悪い。知らない所で迷惑をかけてるな』

『ま、いいんだけどね。下手に難民が《シレジア》に行っても即凍死だし。一番足を引っ張ってるのは、《ブレーメン》が役に立ってないってことよね~。ねぇ、そっち、どうなの? 難民とか受け入れられそうな雰囲気?』

『無理だな。それどころか、自国民すらきちんと面倒みれてないフシがある』

『あー……、そう。やっぱ調査通りなのね』


 マルクの呟きは随分としょぼくれている。あの大きな身体の肩を落として、溜め息でもついているに違いない。


『それで、話を戻しますけれど、ブロン家と波風を立ててまで、ゼフィール様がその立場にいらっしゃるのは、何か理由がありますの?』

『ほとんど成り行きなんだけどな。ただ、在野の方がニーズヘッグを捜し易いのと――』


 ゼフィールは目を細めた。視線を膝の上の竪琴に落とし、なんとなく、弦を一本弾く。


『まだ可能性の段階なんだが。アテナの器、存外すぐに見つかるかもしれない』

『あら、目ぼしい相手でもいたの?』

『まだ分からない。ただ、そんな気がする』

えにしがつながっている者同士は必然的に出会うものですわ。勘が疼くのなら従った方がよろしいかと。十字石の件はわたくしがどうにか出来ると思いますし』

『頼めるか?』

『もちろんですわ。《ブレーメン》からはよく貴金属を購入していますから、交渉次第では紛れ込ませられると思いますの。継承の間の件もどうにかしましょう』


 懸案事項がどうにかなりそうで、ほっと胸をなでおろす。

 当初の予定では、十字石の入手交渉と継承の間の探索、視察と称してニーズヘッグの捜索を並行して行うはずだった。

 しかし、それらの予定を全て捨ててでも、アテナの器が見つかるのであればそちらを優先させたい。器さえ見つけてしまえば、残りはごり押しでどうにか出来ない事もないが、その逆はあり得ない。


 アテナの器候補として引っかかっているのはカーラだ。

 彼女は長らく国外で暮らしていたのに、急に《ブレーメン》に戻りたくなったという。それも、特に理由も無く、だ。

 それは、ゼフィールが《シレジア》に戻りたくなった現象と似ている。


 今だから分かるが、あの強い望郷の念も、全てはシステムに連動してのことだ。システムは王や器を逃さない。どこにいようとも呼ぶのだ。

 国へ帰れ、儀式を受けろ、と。

 呼ばれる当人には自身の願いだと認識される。そして、欲求のまま国に向かい、儀式を受ける。


 素直にこの流れに従っている間は何の問題もない。

 笑えないのは、ゼフィールのように、いつまでもシステムの意思に逆らってしまった場合だ。

 その場合、システムは運命律にまで干渉する。捻じ曲げられた運命によって行動の選択肢は削ぎ落とされ、終着点は固定される。


 自らの足跡を振り返ると、システムに逆らうことはお勧めできない。最終的な立ち位置が同じである以上、運命律への干渉が強まる前にアテナの器には見つかって欲しいと思う。


 《ブレーメン》産まれのカーラは、長らく国外で暮らしていたにも関わらず、思い立って帰郷した。

 その上で、彼女は魔法を使えるという証言も得た。それはつまり、五王家に連なる者なら確実に持っているはずの魔力を有している事を意味している。

 そして、彼女が生活している"蛇沼"。

 偶然にしては全ての事象が揃い過ぎている。

 彼女がアテナの器だとしても不自然なところは無い。むしろ、さっさと彼女を見つけ出せと、お膳立てされているとさえ思える。


(カーラ。お前なのか?)


 考えをまとめながら竪琴を抱え、指を動かす。

 乾いた夜空の下、澄んだ音色だけが響いた。

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