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白花の咲く頃に  作者: 夕立
土の国《ブレーメン》編 命
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5-6 こころとこころ

 大家族の食事というのは実に騒がしい。子供達は食料を奪い合い喧嘩を繰り広げ、それを叱りつける大人たちの怒声が飛ぶ。


 しかし、その騒ぎも子供達の卓での話だ。

 大人用の卓を囲み我関せずを貫くカーラは、バナナの葉の上に積まれた蛇の姿焼を手に取り、豪快にかぶりついた。

 蛇はここでの生活における大切な肉だ。

 蛇沼の外へ狩りに出掛け、獣を仕留められればその肉を食べるが、今日のようにそれどころではなかったり、収穫に恵まれない日には、沼で手軽に捕まえられる蛇に厄介になる。


 今夜の食事は蛇の姿焼と蒸したバナナ。決して豪華ではないが、奴隷の身では食にありつけない日もある事を考えると、十分贅沢と言えるだろう。

 五○人を超える大人数がなんとかやっていけているのも、ここで暮らしているからにすぎない。そう考えると蛇沼様々だ。


 カーラは指についた脂を舐めると、隣に座るゼフィールをそれとなく見た。ずっと見ているわけではないが、彼の食は進んでいない。

 見ていた間でゼフィールが口にしたのはバナナを二本。それっきり、彼の手は止まっている。


「お貴族様の口には合わないかい?」

「そういうわけじゃないんだが……」


 ゼフィールの返事は歯切れが悪い。


「食欲が無くてな。もう十分だ」


 そう言うと、彼は席を立ってしまった。隣に座っていたユリアも慌てて席を立とうとするが、そんな彼女の肩にゼフィールは手を置く。そして、優しく微笑んだ。


「肉になってれば蛇でも大丈夫だっただろう? お前はきちんと食べておいで。俺に付き合う必要はない」


 再び彼女を座らせると、自身はさっさと部屋を出て行ってしまった。

 その後を食事を終えた子供達が追う。騒がしい声が聞こえてきたので、遊び相手に選ばれたのかもしれない。


(おぅおぅ。子供達の元気さに負けるなよ~)


 カーラが心の中でゼフィールに合掌している傍らで、ユリアが食事を再開した。いい具合に話のネタが出てきたので、話しかけてみる。


「あいつ、いつもあんな食べないの?」

「そうでもないんだけど。ただ、最近、肉魚をほとんど食べないのよ。なんか身体が受け付けないっぽくて。付き合いで仕方なく食べてた時もあったんだけど、後で戻してたし。特に血が滴ってたりすると、見るのも嫌みたい」

「ふーん」


 空返事をしながらユリアを観察していると、彼女がゼフィールの出て行った方をチラチラ見ている事に気付いた。残りはしたが、やはり気にしているのだろう。


「ところでさ、あんたとあいつってどんな関係?」


 なんとなく聞いてみた。

 すると、ユリアが目を大きく見開いて、次の瞬間には胸を叩きながら卓に突っ伏す。どうやら食べていた物を詰まらせてしまったようだ。

 あまりにも苦しそうなものだから背中を叩いてやる。しばらくすると落ち着いたようで、疲れた声で礼を言われた。


「あ、ありがと。死ぬかと思ったわ。急になんなの?」

「いやー。純粋な好奇心? 普通さ、偉い奴って部下に色々させて、自分はふんぞり返ってるだけじゃん。だけど、あいつは血相変えて自分で追いかけてきたからさ。彼氏?」


 ユリアを見下ろしながら親指を立てる。すると、ユリアは顔を真っ赤にしながら、カーラの指を無理やり押さえつけてきた。


「違うわよ! 私達はそんなんじゃ――。弟、そう! あいつは弟なの!」

「弟ぉ? 全然似てないけど?」

「……義理だから、血はつながってないし……」


 消え入りそうな声が返ってくる。


「ふーん。で、お互いまんざらじゃないって感じかね? いやー。いいね、青春で」


 小さくなったユリアをカーラはケケケと笑って茶化した。それに追従して、周りの大人達も冷やかし始める。

 ユリアが耳まで赤くなった。けれど、その後の彼女は意外にも言い返さず食事を再開する。嵐が過ぎ去るのを待つつもりのようだ。

 反応が無ければ茶化す方も面白くない。

 話題を終わらせるつもりで、カーラはユリアに一言だけ言う。


「まぁさ。大切に思ってるなら、あいつの手を離さないでいてやりなよ。あーいうタイプはさ、気が付いたらいなくなってたりするから」

「お、珍しくカーラが真面目じゃないか。体験談?」

「あっはっはっ。そりゃ内緒だよ。秘密が多いほど女の魅力は増すってもんだろう? あんた達、あたしに惚れるなよ? あ、もうベタ惚れか」


 どっと笑いが起き、肯定と否定の声が上がる。そして、そこかしこで下世話な話が始まりだした。

 そんな中で、ユリアは自らの手をぼんやりと眺めている。カーラの言った事を考えてくれているのかもしれない。


 刹那の快楽に溺れてしまうカーラには、互いを深く想うような恋はできない。本人達は肯定しないが、さらってきた二人の関係はとても眩しく見えた。



 ◆


「なぁなぁ、兄ちゃんが悪い奴ら追っ払ったんだろ? 強いんだろ? 俺にも剣教えてくれよ」


 目を輝かせた少年が部屋の隅のガラクタの山に突っ込み、ガラガラと崩し始めた。稽古用の棒があと一本が見つからないらしい。

 崩れた山からは粗末なボールや積木が転がり出てきている。どうやら、子供達のおもちゃの山のようだ。

 連れられるままゼフィールがやってきたここは、遊び部屋なのだろう。


 子供達は転がるおもちゃを拾うとそこかしこで遊び始めた。

 少年が二本目の棒を探し出すのを待ちつつ、ゼフィールは他の子達が怪我をしないよう見守る。

 たまにボールが飛んできては投げ返し、人形遊びを求められたら付き合った。


 そうこうしている間に、馴染み深い物が山から転がり出てきたので手に取る。

 買うには高価なので盗品なのだろうが、竪琴だ。しかし、全く手入れされず弦が緩みきっている。


(これじゃ、まともな音は出ないな)


 竪琴を膝に乗せて弦を締め直す。道具が無いので大変だが、できないという程ではない。少し締めては弦を弾き、音を確かめ微調整を繰り返した。

 その様子を、傷を癒してやった少女がじっと見ている。


「竪琴に興味があるのか?」

「竪琴……。それの名前?」

「そう。こうやって弦を弾いて、音を奏でるんだ」


 二、三本の弦を弾いて音を出してやる。調律が終わっていないので音がおかしいが、説明する分には問題ない。


「たまに出る音と違う。不思議」

「調律が終わったらもっと変わるぞ。聴かせてやるから少し待っててくれ」

「ん」


 少女はこくりと頷いてゼフィールの前で座り込んだ。作業を続ける手元を飽きもせずずっと見ている。

 丁度いい機会だったので、気になっていたことを彼女に尋ねた。


「お前はユリアを軽々と持ち上げてたな。魔法というのは分かったんだが、どうやったんだ?」

「ユリア? あのうるさい女? 魔法で軽くした。軽ければ持てる。私の魔法カーラと同じ。コレ、自慢」

「ああ、それで」


 どうりで浮かせた時のユリアが軽かったはずだ、と、納得する。


「崖の上からユリアを運んだのもお前か?」

「ん。あいつずっとうるさかった」

「だろうなぁ」


 その光景が容易に想像でき、苦笑いが浮かんでしまう。騒ぎまくったあげくがあの猿ぐつわというわけだ。手足も縛られていたのだから、暴れもしたのだろう。

 そんな彼女を運ぶのは大変だったに違いない。誘拐は犯罪だが、少女に少し同情してしまう。


「大変だったな」

「ん。でも、お陰でカーラ手伝えた。嬉しい」


 嬉しそうに少女が表情を崩す。


「お前はカーラとどうやって知り合ったんだ?」

「鉱山から逃げた時、カーラが拾ってくれた」

「鉱山? 子供にできる仕事なんてあるのか?」

「掘り出したキラキラの原石、魔法で軽くする。それ運ぶ」

「ああ……そういう仕事をさせられるのか」


 ゼフィールは相槌を打った。

 貴金属の産出国として名をはせる《ブレーメン》では、それに従事する人口が多く、しかしながら、重労働である故に奴隷が投入されるのも頷ける。

 けれど、可哀想に、とは思う。魔法を常に行使するのは負担だし、もしも、魔力が切れても鉱石を運ぶノルマがあるのだとしたら、その苦労は想像を絶する。

 今更ではあるけれど、当時の苦労を労うつもりで少女の頭を撫でた。


「大変だったのに、よく頑張ったな」

「今幸せ。だから、いい」


 少女がニッと笑う。

 ゼフィールも笑みを返すと、調律の終わった竪琴の弦を流し弾いた。

 すると、今まで思い思いに遊んでいた子供達がこちらに注目し、周囲に集まってくる。

 子供達の移動がおさまると、ゼフィールはゆっくりと曲を奏で始めた。


 選んだのは短めの曲だ。最初は暗めに始まるけれど、最後は明るく爽やかに終わる。子供達の未来を想ってこの曲を選んだ。

 今は苦しくとも、その先には明るい未来が訪れるようにと、願いを込めて音を紡ぐ。


 一時は明るい曲を弾けなくなっていたけれど、最近ではその症状も随分治まった。


 ユリアのお陰。全てはその一言に尽きる。


 彼女におまじないを掛けてもらってからは、もう、がむしゃらだった。

 前向きになれと言われても、すぐに変われるわけがない。それなら形から、と、ユリアが明るい曲を聞きたがっていたのもあって、時間を見つけては竪琴を練習した。

 そんなゼフィールの横に彼女がひょこりやってきて、うたた寝をしていることもあれば、泣き言を聞いてくれる日もあった。

 そんな毎日を積み重ねているうちに、少しずつ明るい曲が弾けるようになる。できることの変化に伴って、心持も変わった。

 あの日々があってくれたお陰で、心の重しはかなり軽くなったのだ。


 その途中で継承の儀を受ける。

 以来、ゼフィールの見る世界は色褪せてしまった。その中にあって、不思議と、ユリアの周囲だけは変わらず鮮やかに見えた。

 様々なものが指の隙間から零れ落ちていく世界で、彼女の存在と、真っ直ぐな言動だけはいつでも信じられた。

 そんなユリアが笑ってくれるなら、そのために頑張ろうと決めた。どれだけ辛くても、彼女の前でだけは笑っていようと、自らに誓いを立てた。


 今進む道は終わりへの旅路だ。もちろん彼女にそれを教えはしない。けれど、最期のその時まで、共に歩んで欲しいと願ってしまう。


(残される方の身にもなれってもんだよな)


 小さく自嘲して、すぐに笑みを消した。

 関係を深めたくて、これまでの関係はすでに壊してしまった。ならば、どこまでも利己的に開き直るしかない。


 曲が終わった。

 しかし、子供達は動かない。誰も彼も期待の眼差しでゼフィールを見つめ続けている。


(分かりやすいな)


 くすりと笑うと、ゼフィールは次の曲を奏で始めた。

 あんなに騒がしく暴れていた子供達なのに、今は微動だにせず静かにしている。音楽がよほど珍しかったのだろう。

 だが、子供達が静かにしているからといって、ここの住人全てが静かにしているわけではない。遊び部屋を訪ねてきたカーラは、曲の途中だろうと躊躇ちゅうちょせず声をあげた。


「おーいガキどもー。そろそろ寝る時間だから、おもちゃ片付けな~」


 彼女がパンパンと手を叩く。ゼフィールも曲を奏でるのを止めた。すると、子供達から不満の声が上がる。


「えー、もう少しだけー」

「駄目だよ。また明日弾いてもらいな」

「はーい」


 カーラの号令に、子供達は散らかしたままのおもちゃを片付け始める。ゼフィールも少しだけそれを手伝ってやった。

 片付けの目途が立つと、後は子供達に任せカーラの横に行く。


「早いな。もう寝るのか」

「薪も油も貴重品だからね。太陽と共に起きて、寝るのさ。朝さえ起きれるのなら、大人の寝る時間はとやかく言わないけどね。けど、子供はもうお終い」

「子供にはいいかもな。ところで、この竪琴、そこから出てきたんだが、しばらく借りてもいいか?」

「構わないよ。どうせ誰も弾けないし。いやー、ここでまともな曲が聞けるなんてビックリしたね。暇な時に他の連中にも聴かせてやってくれよ。あ、あんたどうせ暇だろ? ちょっと男の子達寝かしつけて来てくんない? あんたもそのまま寝ちゃってくれて構わないしさ」


 そう言うと、カーラは女の子達を連れてさっさと行ってしまった。


「じゃ、兄ちゃんは俺らと一緒に行こうぜ!」


 男の子達に引っ張られるように男部屋へ向かう。部屋に辿り着いても少年達は興奮して中々寝ない。

 少しズルいが、子守唄を奏で、それに眠りの魔力を乗せた。

 同室にいた他の男達も寝てしまったが、気にしない事にする。


(そのまま寝ていいと言われても、こう早いとな)


 疲れてはいたが、全く眠る気になれず、ゼフィールは洞穴の外へ抜け出した。

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