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白花の咲く頃に  作者: 夕立
木の国《ドレスデン》編 風の王子
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1-7 ウルズの泉 前編

 一帯の空気が軽くなった。

 ゼフィール達のいる周辺だけだが、漂っていた瘴気が消え、空気がとても清らかだ。これがこの森本来の姿なのだろう。

 周囲の様子を惚れ惚れと見回していたマルクが、ゼフィールの肩へポンと手を置いた。


「もうビックリしちゃったわぁ。瘴気を浄化しちゃうだなんて、やるじゃないの」

「浄化?」

「ヤダ、自分で気付いてなかったの? 核を壊しただけだとこんな風にはならないの。核を壊せば死体は動かなくなるけど、瘴気自体はそこらに漂ったままだから、空気は悪いまま。さっきのアナタは、周囲の瘴気まで浄化したみたいね」

「師匠にも出来ないのに凄いじゃない!」


 ユリアがゼフィールの背を叩いた。まるで自分の事のように喜んでくれている。しかし、自分で意識的に行ったわけではないので、褒められるのも複雑だ。

 未だキョトンとしているゼフィールにマルクが目を細めた。


「元々治癒浄化はゼフィールの国のお家芸なのよね。血の為せる技ってやつかしら」

「そうなのか?」

「そうよぉ。本当に何も知らないのね」


 少しばかり呆れ気味にマルクが手をヒラヒラさせる。


「俺の……血の力……」


 小さく呟き、ゼフィールは自らの手をマジマジと眺めた。

 治癒がお家芸というのは頷ける。外界では使える者の少ない治癒だが、《シレジア》の民ならほぼ生まれつき使えるのだから。

 だが、浄化も、というのは初めて知った。平和な祖国で、浄化が必要という場面には出会わなかった。

 そんなゼフィールを、マルクが目を輝かせながら覗きこんでくる。


「ね、ゼフィール。ついでだからもう一つ試してみない? 浄化魔法って、聖歌に魔力を乗せて広域浄化が出来るらしいのよ。やれる気がしない?」

「聖歌ってどんな歌なんだ?」

「それはアタシも知らないわ。アナタが知らないならお手上げね。楽出来るかと思ったんだけど残念だわ」


 マルクが少しだけ残念そうに肩を落とした。けれど、元からさほど期待はしてなかったのだろう。それ以上は何も言わず、さっさとナックルをしまい込み背伸びした。そして、肩を回しながら三人を見回す。 


「まぁ、迷子の騎士達も聞いてる人数に足りないし、まだどこかにいるんでしょうね。泉の様子も見にいかなきゃ駄目だし、ボチボチ行きましょうか」

「どっちに行くんだ?」


 ゼフィールも細剣を鞘にしまう。


「そうねぇ、誰か怪しい方向とかあるかしら? 無いようなら、とりあえず足跡を逆に辿ってみて、何もなさそうなら泉に行こうと思うんだけど」


 マルクに尋ねられたが、今のところ強烈におかしな気配は感じない。双子にしても同じだったようで首を横に振った。


 異存無しということで、マルクの先導で足跡を逆に辿った。たまに瘴気の残滓が見られた場所もあったが、進むにつれてそれも薄くなり、見えなくなった。大本らしき死体の瘴気を浄化したことで、森に拡散して消えたのかもしれない。


 道すがら、巡回騎士の死体を三体見つけたが、どれも力技で殺されていたのがむごたらしい。先程のように襲ってこられても困るので、一体ずつ調べたのだが、瘴気に蝕まれている死体は無かった。


「なんで瘴気に侵されてるやつと、そうじゃないやつがいるんだ?」


 遺体を検分しているマルクに尋ねる。純粋に疑問だった。遺体が瘴気に侵されて動き出すのなら、この死体達も動いてもよさそうなものだが、そうではない。


「ん? ええと、そうね。アタシの説明も足りなかったわね。正確には、遺体が瘴気に侵されるんじゃなくて、瘴気に侵されて死ぬと、動く死体が出来ちゃったりするの。確実にそうなるわけでもないんだけどね」


 物言わぬ遺体を寂しそうに眺めながらマルクは続ける。


「瘴気ってね、心を蝕むの。だから、心が弱ってる人から侵されちゃう。まぁ、さっきの彼は、瘴気の侵食が進んで暴れ出したから、仲間が止めようとしたけど返り討ちにしちゃったって感じかしら? 他の者達はその犠牲者でしょうね」

「それは、俺達も瘴気にやられる可能性があるってことか?」


 背筋がゾクリとした。とてもではないが、あのようにはなりたくない。双子も心配顔だ。

 そんな三人を安心させるためか、マルクはニッと笑った。


「大丈夫、大丈夫。この程度の瘴気ならすぐすぐ侵されることはないし、アタシとゼフィールは魔力がある分耐性もあるのよ。瘴気って、ほら、魔力的な現象だから。ユリアちゃんとリアン君は悩み無さそうだし、問題無いでしょ」

「うわーい。なんか褒められた気がしない」


 リアンがなんとも複雑な笑顔を見せる。その表情に気付いたのか気付いていないのか、マルクは足跡を指さすと、さっさと歩き出した。


「まぁ、足跡もまだ先があるみたいだし、進みましょ?」


 何か言いたげなリアンをなだめながら、三人もマルクに続いた。




「ちょっと待て。この先おかしいぞ」


 これまでにない禍々しさを感じてゼフィールは警告を発した。

 ソレとはまだ距離があるはずだ。なのに、感覚に存在が引っかかった途端、あまりの気配の黒さに全身に鳥肌がたった。先ほどの死体の瘴気など比べ物にならぬほどだ。


「それって、もうちょっと行った所?」

「ああ」

「このまま進むと泉なのよね~」


 マルクが森の先を睨み、何かを考えているかのような様子を見せる。


「アタシにはまだ何も感じられないけど、ゼフィールが言うのならそうなんでしょうね。ここからは今までより慎重に進みましょう」


 頷き合い、一行はこれまでより慎重に歩を進めた。

 息を殺して音をたてぬよう、怪しいものを見落とさぬように。


 キィィ キィッ ガシッ


 しばらく進むとかすかな物音が聞こえてきた。何の音なのかはまだ分からない。

 樹の陰に身体を隠しながら前進し、物音がハッキリと聞こえるくらいまで近づくと、マルクが止まれと手で合図する。

 ゼフィールも彼の横に行き、樹の陰から前を見て、その光景に息を飲んだ。


 目の前には深い青をたたえた泉があった。泉の中央付近にある小島には運命の女達(ノルニル)の像が鎮座している。ここがマルクの言っていた"ウルズの泉"なのだろう。

 だが、その周辺部で繰り広げられている茶番は何だ。


 明らかに生者ではない騎士に、角だけが歪に巨大化した鹿がぶつかっていく。ぶつかった鹿の角を騎士が掴み、彼の後ろから別の者が騎士ごと鹿を斬り払った。


 斬られた騎士は何事も無かったかのように上半身だけでう。一方、鹿の傷も恐ろしい速度で再生し、傷など無かったかのように跳びはねた。

 そんな光景がここかしこで繰り広げられているのだ。これを混沌と言わずして何と言うのだろう。


 運命の女達(ノルニル)の像正面上部に浮かぶ瘴気の塊。それが、この混沌の元であることは間違いないように思えた。


「ちょっとこれは……凄いわね。この様子だと、あの遺体もここで瘴気に感染したわね」


 マルクの眉間に皺がよっている。さすがの彼にもこの状況は予想外過ぎたようだ。

 泉の周辺部で暴れている元巡回騎士が七体。おそらく瘴気に侵されたせいで――超回復力を持つ動物が十匹強。泉の周囲で暴れている者達は、明らかにこちらの手に余る。


 小島に浮かぶ瘴気の塊を取り除けば、この森に漂う瘴気が晴れるのではないかという予感はある。しかし、そこまで辿り着けるのかと言われると厳しい。

 ゼフィールの陰から泉を見ているユリアも心配そうな声を漏らした。


「師匠、どうするの?」

「うーん。とりあえず、ちょっと下がりましょうか」


 マルクがじりじりと後ろに下がる。彼に従って三人も後退した。茂みの厚い部分に身体を隠すと、マルクが小声で喋り出す。


「かなり危ないっていうか、怪我しそうな方法で良ければ、どうにか出来ないこともなさそうなんだけど、聞きたい?」


 三人を見回した彼の表情はとても厳しい。それだけ予想される危険も大きいのかもしれない。


「師匠が出来るって言うなら、私はやるわ」

「聞こう。どうするんだ?」


 ゼフィールとしても、あの瘴気の塊だけは、どうにかせねばならぬという思いが強い。それほどにあれは禍々しい。排除が可能なら多少の怪我もやぶさかではない。

 未だ返事をしないリアンを皆が注視すると、渋々といった様子で彼は肩をすくめた。


「分かった。聞くよ」

「ありがとう。あの様子からして、小島に浮いてる瘴気の塊が異常事態の核なのは間違いないでしょうね。だから、あれを霧散、可能なら浄化を最終目標にするわ。これはいいかしら?」


 確認をとるマルクに三人が頷く。

 それからマルクは計画を説明し始めた。途中リアンがゴネる部分があったりもしたが、内容は現実的で実現可能に思える。


 一通り話し終えるとマルクは深く頭を下げた。


「こんな感じの計画なんだけど、どうかしら? 危ないことは勿論わかってるんだけど、魔力の無い騎士達よりも、絶対アタシ達の方が向いてると思うのよ。お願い、アタシに力を貸して下さい」


 面倒見のいい彼が周囲に怪我をさせてまでやろうとしていることだ。ゼフィールも出来る限り手助けしたいと思う。

 だから、不安ではあったが笑顔を返す。


「やれるだけやってみよう」

「大丈夫よ師匠。私達ならやれるわ」

「僕も頑張ってみるよ」

「ありがとう三人共! 愛してるわ!」


 マルクが感激しながら三人に抱きついてくる。そんな彼を引き剥がし、ゼフィールは細剣を抜いて深呼吸した。細剣を握る手がわずかに震える。


 あそこまで濃い瘴気に突っ込んで行くのは怖かった。まだ少しばかり距離があるというのに、あの塊からは言葉に出来ぬほどの不快感を感じる。近寄ればどれほどの影響を受けるのか、想像すらしたくない。


 やらねばならぬ事はシンプルなのだ。

 マルクがゼフィールを担いで池を渡るので、どうにかやって瘴気の塊を除去する。それだけだ。


 しかし、ゼフィールとマルクの仕事は重大だ。二人で瘴気を処理できなければ、この計画は破たんする。それはそのまま双子の危機も意味し、責任の大きさに、嫌でも緊張が高まる。


「全員準備はいいかしら?」


 マルクに尋ねられたので無言で頷いた。双子も頷く。


「じゃぁ、始めるわね」


 三人に頷き返し、マルクが小声で何かを呟き出した。


「心に巣くう悪戯好きの妖精よ、我が願いを聞き届け給え。彼の者に我の姿を見せよ。心を煽り幻の我を追い求めさせるのだ」


 普段とは違い、厳かな雰囲気のマルクの言葉が紡がれていく。これが詠唱というやつなのだろう。

 しばらくすると、獣達は唸りを上げあさっての方向へと走り去って行った。


 これが計画の第一段階目。泉周辺で暴れている獣達の除去が完了だ。

 さすがにあれだけの数は相手にしきれない。それで、邪魔者に幻を追いかけさせて退散してもらおうという話になったのだが、マルクの魔法が効くのは生物のみ。とりあえず、獣達だけ早々に退散してもらった。


「私達も行くわよ」

「ほいさ」


 ユリアとリアンが立ち上がる。次は彼等の出番だ。

 退場させられなかった元騎士達の注意を引きながら逃げ回るのが二人の仕事になる。二人で倒すのはさすがに無理だが、仕事はあくまで引きつけだけだ。

 それならば、と、リアンも引き受けてくれた。


 一歩前に出た二人にゼフィールは声をかける。


「気を付けてな」

「無理……はするかもしれないけど、死なない程度にするのよ」


 マルクも声をかける。計画立案をしたのは彼だが、さすがに少し心配そうだ。

 二人の言葉を受けてユリアは笑顔を、リアンは苦笑いを浮かべる。けれど、何を言うでもなく二人は飛び出していった。

 ユリアは左に、リアンは右に。


「行くわよ!」


 一番近場にいた騎士をユリアが蹴りつけた。さしてダメージは入っていないが、彼女は頓着せずに次の騎士に向かう。同じ調子で更に三体の騎士の注意もひき、計四体を引き連れてユリアは池の周りを走り出した。

 あの状態になれば、後続との距離を保ちながら逃げるだけだ。彼女の引き付けは上手く行ったと言っていい。


 対して、リアンは騎士に近付くなんて危険な事はしない。

 そこら辺で小石を拾い、ユリアが取りこぼした騎士に投げ付ける。それで彼を認識した騎士達がリアンを追い始めた。それを確認し、彼も逃げる。

 こちらも注意を引けたようだ。


「いい感じみたいね。それじゃ、そろそろアタシ達も行きましょうか」


 遠くへと去って行った騎士達を眺め、マルクが動き出した。

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