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白花の咲く頃に  作者: 夕立
土の国《ブレーメン》編 命

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5-3 逃亡者達 中編

 実際刻印されたものを見るのは初めてだが、知識の中にはある。


(痛みが出るくらいなら、まだ治療できるかもしれないな)


 ゼフィールは印の上に手をかざすと癒しの魔力を注いだ。

 焼けただれた皮膚が回復の兆しを見せる。できれば跡も消してやろうとしてみたが、どうしてもいくらかの色素が消えきらない。


(時間がたち過ぎてて痕跡を消すのは無理か。変色して常態化してる部分もあるしな)


 手を放すと、少女の腹を再びボロで隠す。


「すまない、痕を完全には消せなかった」

「でも、痛みなくなった。感謝」


 少女はカーラの腕の中から抜け出してペコリと頭を下げた。そんな彼女の腹をカーラがマジマジと眺める。


「ったく、マジかよ。あー。くそ。こんな事されると人質にし難くなるだろ?」

「気にしなくていい。勝手に帰るからな」


 ゼフィールは床に転がるユリアの猿ぐつわを解いてやる。

 彼女はぷはっと息を吐き出すと、猛烈な勢いで騒ぎだした。


「ちょっとゼフィール! なんであんたがここにいるのよ!?」

「さらわれたお前を追いかけて?」

「あんたまでさらわれちゃったら一大事じゃ――」

「大変だカーラ! 外に武装した連中が来てる!」


 ユリアの騒ぎ声以上の大音量が部屋に響き渡った。声を上げたらしき少年が、部屋の入り口で肩で息をしている。

 弾かれたようにカーラが少年へと振り返った。


「あの迷路を抜けてきた連中がいるってのかい? 嘘だろ?」

「あの馬車に乗っていたのはこの国の王家の者だからな。追跡能力の高い奴が追従していてもおかしくないと思うが」


 さもありなん、と、ゼフィールは呟く。

 そんな彼をカーラが凝視して地団駄を踏んだ。


「はぁ!? くそが! で、そいつらどこまで来てるんだい?」

「外周壁の外だよ。見張りしてたおじさん達が頑張るって言ってたけど、そんな保たないと思う」

「今日は見張りを多く立たせてたのが裏目に出たね。よりにもよって、王家が相手かい。ちっ。あんた等のことは後回しだ。おい、戦える連中はあたしについてきな!」


 舌打ちすると、カーラは外に向かって駆け出した。彼女に続き男達もドタバタと出て行く。


「悪い、ユリア。少し気になるから様子を見てくる」

「は? ちょっと! ゼフィール!」


 後ろからユリアの不満声が聞こえるが無視する。本当は手足の戒めくらいは解いてやりたいが、あの状態の方が無謀なことをしないので安全だろう。

 走りながら指示をとばすカーラを見つけると、彼女の横に並走する。

 そんなゼフィールを見て、カーラが驚きの声を上げた。


「なんだってあんたもついて来てるのさ!?」

「相手はプロだぞ? 怪我人が出るんじゃないかと思ってな。ああ。これに乗じて逃げる気は無いって証明のために、ユリアは置いてきてる」

「あんた馬鹿? まぁ、怪我しないように気を付けるんだね」


 照れ隠しなのか、カーラは明後日の方向を向きながらつっけんどんな言葉を返してくる。


「今ならお前達の咎が軽くなるよう頼めもするが、その選択はないのか?」

「無理だよ。さっき奴隷印を見ただろう? ここの連中は逃亡奴隷ばっかなんだ。捕まった連中はまた奴隷の身に逆戻り。外周壁で時間を稼いでる連中を助けてやらないとね」

「だが、普通にぶつかると命を失いかねないぞ?」

「そんなこと言いだすなら、あんたはこの国の人間じゃないんだろうね。いいかい? あんたのお国がどこで、どんだけ高尚で偉いのかは知らないけど」


 言葉を切ると、カーラは鋭い目つきでゼフィールを睨んだ。


「この国で奴隷は人間として見られていない。使い捨ての道具として扱われるんだよ。そんな生活に戻るくらいなら、死んだ方がマシってくらいのね」


 言い捨てると、彼女は前を向いて走る速度を上げた。

 こういう事情があっては引き止めも無理だろう。

 ゼフィールはそれ以上の説得を諦め、草地を横切りながら上空のフレースヴェルグに問いかけた。


『壁の外はどういう状況だ?』

『一方的にやられているな。捕まっている者も数人いる』

『まぁ、当然と言えば当然か』


 納得しつつ、身体を宙に浮かす。

 それに気付いたカーラが怪訝な声を上げた。


「ちょっとあんた! 何する気だい!?」

「偵察だ。お前達は後から来ればいい」


 大地を走るカーラ達を眼下に収めつつ高度を上げる。

 外周壁の中は迷路になっているので、いくら急いでも時間を食ってしまう。ならば、上空から越えてしまうのがてっとり早い。


 壁の上まで辿り着くと、その淵に立ち下を眺める。

 追手であろう兵の人数はそう多くない。多くても一○人。ヨハンに帯同していた者達の一部だろう。対するここの住民は兵の倍近くいるが、戦況は芳しくない。

 地力の違いが如実に表れていた。

 そんな両者が外周壁の近くで小競り合いを続けており、傷付き動きが鈍くなった住民は捕縛され、一カ所にまとめられている。


 捕虜にされる者はまだいい方で、動けぬほど重症者は打ち捨てられていた。それは兵であっても同じで、動ける者は後方へ退がり治癒を受け戦線に復帰しているが、それが叶わぬ者は地に倒れたままになっている。


(酷い現場だな)


 捕虜達の捕縛場所を目指し崖を蹴る。

 ゼフィールが地に降り立つと、周囲にいた者全てが驚き固まった。

 そんな中でも、捕虜達を見張っていた兵はいち早く立ち直り、臣下の礼をとってくる。


「これは殿下、ご無事でしたか。遅ればせながらお迎えにあがりました」


 その言葉で捕虜達はゼフィールを敵と認識したのだろう。突き付けられる視線に敵意が籠った。

 周囲から向けられる視線は実に様々だ。

 それを全て受け止めながら周囲を見回し、ゼフィールは傷付いた住民の肩に手を置いた。そして宣言する。


「悪いな。この騒ぎ、横槍を入れさせてもらうぞ」


 言葉と同時に、圧力の壁で兵を弾き飛ばした。兵は派手に吹き飛ぶ。しかし、風のクッションで受け止めたので怪我は無い。


 何が起きたのか捕虜達には分からないのだろう。ひたすらに目を丸くして飛んでいった兵を見ている。


(逃走の邪魔になる兵は取り除いた。後は傷を癒してやればいいか)


 説明してやればいいのだろうが、現状、素直に聞いてもらえるのかは怪しい。なので、あえて何も言わず、ゼフィールは魔力を紡ぐ。


「ウラノスの名において命じる。天に地に満ちたる命の躍動よ、踊れ。傷付きし者に癒しの祝福を与えよ」


 唱え、腕を開くと、彼の足元から淡緑の光が地を走り複雑な魔法陣を描いて行く。淡光は小競り合いをしている者達の足元も走り、広域を覆い完成した。


 魔法陣の完成と共に陣内が厳かな空気に包まれる。空から降り注ぐのは柔らかな光。それに照らされた者の傷は瞬く間に癒され、生死の境をさ迷っていた者の容態は安定していく。

 それが、一般的な治癒魔法と比べ別格の治癒力と荘厳さであったのが良かったのだろう。今まで争っていた者達ですら武器を下ろし空を見上げた。


 ゼフィールは茫然と空を見つめている捕虜達の戒めを解くと、そっと外周壁の方を指す。


「あの女――カーラと呼ばれていたか? 彼女達がこちらに向かっている。今の内に逃げて合流しろ」

「あんた、あいつらの仲間じゃないのか? それに、俺達は逃げられねぇ。これ以上攻め込まれたら女子供も巻き込んじまう」


 むしろ戦う、とばかりに、捕虜達はそこいらに転がる武器を拾い出す。その腕を掴むと、ゼフィールは首を横に振った。


「兵達は俺が引き受けよう。なに、心配は無用だ。同じ馬車に乗っていたら仲間という法則はないからな。今のところ、俺はお前達の味方だ」

「信じていいのか?」

「敵対するつもりなら、最初から傷など癒さない」

「……すまない。あんたも気を付けろよ!」


 決断さえしてしまえば捕虜達の行動は早かった。脇目も振らず外周壁へ走り去って行く。

 そんな彼らの後ろ姿を見届けると、ゼフィールはつい先ほどまで小競り合いをしていた現場へと目を向けた。


 一時は止まっていた諍いが再開していた。

 周辺では、重症だった者達が未だうずくまっている。

 ゼフィールは彼らのもとへ足を運び別個治癒を施すと、住民ならば外周壁の方へ、兵ならば後方へ下がるよう誘導した。


 そうして何人かは戦場から離脱させられたが、未だ武器を突き合わせたままの連中がいる。

 彼らのど真ん中で強風を起こし両者の別無く吹き飛ばすと、ゼフィールはその只中に立った。両者を見つめ、物憂げに瞳を伏せる。


「手荒な事をしてすまない。だが、俺は血が流れるのが好きではない。兵達よ。俺を迎えに来たというのなら、これ以上の手出しは止めろ。《ブレーメン》の民達よ。お前達への拘束力は持たないが、俺の顔を立てて引いてはもらえないだろうか?」


 その言葉に、両陣営の者達は互いに顔を見合わせ相談を始めるが、退かせるには強制力が弱い。


(もうひと押ししないと駄目だな。にしても、それには何が有効なんだ?)


 視線だけで人々を牽制しつつ考えを巡らせていると、動きがあった。兵の一人が下ろしていた剣を構え直し、雄叫びをあげている。


「我々は貴様の兵ではない! ヨハン様の命にのみ従うのだ!」


 言うが早いか、暴走兵は住民達の方へ斬りかかって行く。

 停戦を呼び掛けていた状態だ。彼がそんな行動を起こすだなど、きっと誰も思ってもいなかった。


 それはゼフィールにしても同じだ。それでも反応できたのは、彼がゼフィールのいる方向に斬りかかってきたからだろう。

 既に剣を収めている兵が近くにいたので、彼の剣帯から剣を引き抜く。急いで身を翻すとそれを構え、住民達に突きつけられようとしていた刃の前に身を滑り込ませた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 記憶と力を継承した後だろうと他国の民だろうと、困窮している人々を目にすれば、見捨てられないのが、実にゼフィールらしくて良きですよね。うん。 [一言] 作品とは全く関係ない話なんですが、八刀…
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