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白花の咲く頃に  作者: 夕立
土の国《ブレーメン》編 命
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5-2 逃亡者達 前編

 何度目か分からぬ呼び掛けの後、ゼフィールは壁に手を付き咳き込んだ。

 繰り返し大声を出しているせいで咽が痛い。潤いを求め唾を飲み込もうともしてみたが、それすら満足に出ない。

 お陰で咽のいがらっぽさはなくならず、止まることなく咳が出る。


「いたぞ。こっちだ!」


 その声を皮切りに、複数の通路から声と足音がゼフィールに近付いてきた。


(くそ、このタイミングでか)


 タイミングの悪さに悪態をつく。

 場所とセリフから考えて、迫って来ているのは誘拐犯達だろう。もう少し元気な時に見つけてくれれば良かったのに、今は疲労困憊中だ。犯人達がユリアを連れていたとしても、彼女を連れて上手く逃げられる自信がない。


 せめて背後を取られぬよう、壁を背にできる場所に移動した。そして、犯人達が来るのを待つ。


 足音と共に弱々しい明かりが近付いてくる。

 本当に小さな明かりではあるけれど、闇に慣れたゼフィールの目には眩しく、手をかざして顔を背けた。


 明るさに慣れるのを待っている間に、集ってきた者達がゼフィールの周囲を取り囲む。彼らの手にはめいめい武器が握られているが、短剣、弓、ナイフ、石、と、獲物は何の統一感もなくバラバラで貧相だ。

 けれど、警戒心と敵意は強く感じる。

 ひとまず、反抗する意思が無いと示すためにゼフィールは両手を上げ、丸腰であることを示した。


「まったく、こんな所まで追いかけてくる奴がいるだなんて驚きだよ」


 人垣の中から、癖のある黒髪を肩まで伸ばした女がゼフィールの前へと進み出て来る。

 やや長めな前髪の下から覗く黒瞳は獰猛な光を放ち、こちらを観察している。しなやかで引き締まった若い身体を覆っているのは、露出の多い、動きやすさを優先させた服。腰には重そうな剣を下げている。他の者達と比べ、こちらは随分と実用的な品だ。


 一人だけ明らかに雰囲気が違う彼女こそこの集団のボスなのだと、一目で見てとれた。

 なので、彼女に尋ねる。


「お前達がユリアをさらったのか?」

「ユリア? さっき捕まえた長い黒髪のの名前かい? それなら答えはイエスだよ」

「返してくれ」


 女が呆れたように人垣の方へ目を向けた。それに合わせて、周囲から馬鹿にするような笑い声が上がる。彼女は再びこちらに振り向くと、ゼフィールの胸に指を突き付けてきた。


「あんた、自分の状況分かって言ってるのかい? まぁ、そんな言われても返さないけどね」

「なぜだ!? 彼女はただの通りすがりだぞ? お前達が固執する理由はないだろう?」

「あー、もう、うるさいね。あの娘を交渉材料に身代金を頂くんだよ。だから、通りすがりとか関係ないの。金さえ巻き上げられればどうでもいいからね」

「それは見込み違いだったな」


 ゼフィールは突き付けられた女の手首を掴んだ。


「彼女は俺の連れだ。金を要求しても何も出ないぞ。俺は金銭を持ってないからな。それに、今ならお前を人質にしてそいつらと交渉もできるな? 互いに怪我はしたくないだろう? だから、さっさと返せ」


 人垣の笑いが止み、代わりに不満の声が上がる。

 周囲は明らかに不安の色も混じった声を上げているが、女だけは獰猛な笑みを崩さない。それどころか、彼女の手首を掴むゼフィールの腕を掴みながら凄んでくる。


「大人しそうな顔をしてよく言うよ。悪いけど、あんたじゃあたしの相手には力不足だ。それにさ、あんたをダシにすれば出るんだろう? 金、がさ。人質が変わろうとも、あたしらは別に困りはしないよ。あの子よりあんたを餌にした方が搾り取れそうだしね」


 図星を指摘されゼフィールは女を睨むが、彼女も平然と睨み返してくる。


「ユリアは無事に返すんだな?」

「あんたが大人しく言うことを聞いてくれるならね。とりあえず、手を放してもらえないかい? ああ、あと、外で使ってた変な魔法は無しの方向で頼むよ」


 睨みあっていてもらちがあかないので、ゼフィールは女の手首を放した。

 どちらにせよ、ユリアの身柄を押さえられている以上、選択肢は限られているのだ。今は彼女等に従うしかない。


 女もゼフィールの手を放す。そして、掴まれた手首をわざとらしく擦りながら踵を返した。


「そうそう、お貴族様は下手に反抗なんてせずに震えてる方が可愛いよ。じゃ、行こうか。抵抗しないなら縛らないでやるから、せいぜい大人しくしといておくれ」


 ずんずん進む女の後をゼフィールも無言で付いて行った。




 女は通路をこまめに曲がり、下り、たまに上り、そしてまた下る。


(なんなんだ? ここ。構造が複雑なんてもんじゃないぞ。帰り道くらいは覚えておきたかったんだがな)


 この道を通ってでしか行けない場所にユリアが捕らわれている場合、転移でしか逃げられない。それだけは頭に入れておく。

 下へ下へと下っていっている。

 それくらいしか分からない道を使って馬鹿正直に逃げるには無理がある。


 しばらくすると洞穴を出た。目の前に広がるのは車窓から見えた荒野で、後ろを振り返れば高い崖がある。

 迷路を通って崖を下ってきたようだ。


 ゼフィールは羽織ったマントの下で腰のサッシュから羽根を一枚引き抜くと、ゴミを装って宙に捨てた。そのタイミングで風を起こし羽根を空へと舞い上げる。風で乱れる髪を手で押さえながら空を仰ぐと、上空で羽根が小鳥になり飛んで行くのが見えた。

 突然の強風に文句を言う者は多いが、空を見ている者はいない。


(誰もフレースヴェルグに気付かなかったな)


 それを確認すると、荒野を歩く作業に戻る。

 この先の展開がどう転ぶかは不明だが、保険をかけておくに越したことはない。対立する相手にそれがバレていなければ、なお良い。


 荒野を歩いたのは極短い時間で、一行はすぐに別の崖に掘られた穴へと潜った。相変わらず複雑に右に左に折れる道だが、上下の移動は無い。洞穴を抜けるのも早かった。


 暗がりから日の下に出て、目の前に広がる景色にゼフィールは目を見張った。悪戯を成功させた子供のような顔で女が振り返ってくる。


「驚いたかい?」

「ああ。てっきり、地表は死に絶えているものだとばかり」


 足元に草が生えていた。茶色気味で堅そうな草が多いが、久しく見なかった緑だ。少し先に目を向ければ、豊かに葉を茂らせ、花を咲かせているものもある。

 花葉の隙間から見えるのは水だ。浅い上に、そう綺麗とは言えない水場だが、地上に水があるだけでも珍しい。

 周囲を高い崖に囲まれた狭い空間だけだが、ここでは確かに命が息づいている。


 緑の空間を囲む崖には通ってきた洞穴とは別の穴も掘られ、そこが彼らの生活空間のようだった。まっすぐ続く通路の脇には小部屋が掘られ、中から女子供達が顔を出す。


「カーラお帰り。怪我はない?」

「あたしを誰だと思ってるんだい? それより、留守中誰も来なかった?」

「うん、大丈夫。その人も捕まえた人?」

「そ。金の成る木の予定」


 カーラと呼ばれたくせ毛の女は周囲にニカッと笑いかけ、何故かゼフィールにまで笑みを向けてきた。

 何を考えているのか分からず、正直困惑する。

 金の成る木などと言われれば本来怒るべきところなのだろうが、こうも堂々と言われるとそんな気にもならない。いっそ清々しいほどだ。


「ユリアはどこなんだ?」

「そう慌てなさんな。もうすぐご対面さ」


 どう見ても適当に答えを返しながら、カーラは通路を奥へと進んで行った。




 適当に答えられた割には意外とすぐにゼフィールはユリアと会えた。

 目の前に転がされている彼女を見て、一瞬言葉を失う。

 リアンの言っていたとおり、紐がユリアに絡んでいた。その上で手足に縄を巻かれ、口には猿ぐつわを噛まされ床に転がされている。

 そんな状態でももがく彼女の横では、ボロをまとった少女が呆れ顔でユリアを見ていた。


 足音と話声でユリアも人が来たと気付いたのだろう。彼女がこちらを見、ゼフィールと目が合うと更に激しくもがきだした。


(扱いは雑だが……。元気そうだし、いいか)


 転がっている彼女の側へゼフィールが行こうとしたその時、彼の胸に剣の鞘が突き付けられた。


「おっと、そこまで。娘の無事は見せたし、これで満足だろう? じゃ、馬車のお偉いさん達の所に交渉に行こうか」

「ユリアは解放してくれるんじゃなかったのか?」

「するよ? でも、今じゃない」

「何?」


 ゼフィールの眉が片方上がる。


「俺が身代わりになれば彼女は解放すると言ったよな?」

「でも、いつかまでは言っていない。あたしは嘘はついてないよ」


 鞘が先程までより強く押し付けられてきた。


(最初から返すつもりなんて無かったな)


 冷静に周囲を観察しながら思う。

 ただ、相手は勘違いしている。ユリアの居場所さえ分かってしまえば、この状態でも二人共転移で逃げられるのだ。

 それをしていないのは、人前で転移をしたくないからと、魔力の薄いこの地で、大きな魔法はあまり使いたくないから。その二点に集約される。


(あまり好みじゃないが、少し脅すか)


 それで言い分が通れば儲けもの。そう考え風を紡ぐ。


「お前、反抗、止める。じゃないと、こいつ返さない」


 不意に声がかかった。何だと思い見てみると、ボロをまとった少女がユリアを抱えている。そんな馬鹿なと目を瞬いてみるが、やはり少女はユリアを抱えている。

 ゼフィールが風を滞留させたままにしていると、少女はユリアを抱え一目散に逃げ出そうとした。


「あ、おい!」


 呼び止めながら、ユリアを自らの魔法の制御下に置く。彼女を宙に浮かせ自らの方に移動させようとしたら、それに少女もぶら下がってきた。

 不思議なことに、彼女らの重さをほとんど感じない。まるで羽根のようだ。


「くそ! あんた厄介な魔法を使うね!」


 カーラが鞘ごと剣で薙ぎ払ってきたが、軽くかわしてユリアのもとへ行く。首尾よく彼女を腕に収め、ほっと胸をなでおろしていたら、目の前で少女が腹を押さえうずくまった。

 何事かとゼフィールが手を伸ばそうとしたら、その前にカーラが駆けこんで来る。そして、心配そうに少女を抱きかかえた。


「大丈夫かい? だから、魔法は使い過ぎるなっていつも言ってるだろ?」

「でも、あいつ逃げるとカーラ困る。それは、嫌」

「馬鹿だね。あんた達が痛がる方が嫌に決まってるじゃないか」


 カーラが少女の腹をしきりに気にしている。

 よくよく見てみると、少女のボロの隙間から色が違う皮膚が見えた。それが気になって、ゼフィールは尋ねる。


「その子の腹、怪我でもしてるのか?」

「怪我っていえば怪我だけど。あんたには関係ないよ」

「怪我ならなんとかなるかもしれない。少し見せてくれ」

「は?」


 風を解いたゼフィールは膝を折り、ユリアを地面に降ろすと少女のボロをめくった。その腹に刻まれたものを見て眉間に皺が寄る。


 少女の腹には火傷の痕があった。

 ただ、それが特徴的な模様を刻んでいるのがいただけない。それは、奴隷であることを示す奴隷印だった。

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