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白花の咲く頃に  作者: 夕立
木の国《ドレスデン》編 風の王子
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1-6 帰らずの森 後編

 そのまま足跡を辿ると少し開けた場所に出た。

 そこで何かがあったのは明らかで、目の前には、揃いの鎧を身に付けた死体が四つ転がっている。現場のあまりの惨たらしさに全員の顔が歪んだ。


「マルガレーテ、これは……」

「ええ。うちの巡回騎士に間違いないわね」


 苦虫を噛み潰したような表情でマルクが呟く。


「ゼフィール。アナタ瘴気の出所見えてるんでしょう? ちょっとそいつ見てて。アタシ、他の死体調べたいから」


 マルクがゼフィールの肩をポンと叩く。そのまま、彼は死体を一つ一つ検分し始めた。


 ゼフィールは広場の真ん中に転がる死体に視線を向ける。これまで追いかけていた足跡から続く瘴気、それが、この死体に続いていた。そのせいか、どうしても気になる。


 真ん中の死体からは注意を逸らさず、少しだけ他の遺体も覗いてみると、それらの血はすっかり乾いていた。腐敗臭も森に拡散し薄まっているし、亡くなってからかなりの時間が経過しているのかもしれない。


 死体を見ているうちに胃から熱いものが込み上げてきた。こんな時に吐きたくはないので必死にそれを飲み込む。動物の屠殺なら多少慣れたが、人となると話は別だ。隣を見てみると、リアンも青い顔で口元を押さえている。


 ここに転がっている遺体はどれも楽な死に方はしていなかった。

 物凄い力で顔面を潰されているもの、内臓を傷付けられながらも中々死ねず、のた打ち回ったらしきもの、首を絞められ窒息死したらしきもの。

 死因はバラバラに見えるが、どれも力技に頼っているように思える。


 他の亡骸と異なるのは真ん中に転がる死体だ。これだけは、ぱっと見たところ傷が無い。しかし、まだ検分はしていないし、うつ伏せに転がっているので、体表側に傷があるのかもしれない。


 他の遺体の検分が終わったのか、気が付けばマルクも同じ死体を見ている。


「ユリアちゃん、ちょっと待って」


 真ん中に転がる死体を調べようとしたユリアをマルクが止めた。同じタイミングで、ゼフィールはリアンに呼びかける。


「リアン離れろ! なんか、そいつの様子おかしいぞ」


 ガシャン


 ゼフィールが警告を発すると同時に真ん中に倒れていた死体が動き出した。死体の動きに合わせて鎧がうるさい音をたてる。

 立ち上がった死体の前面部には、左肩から右脇腹にかけて一本の深い傷が走っていた。その傷は赤黒く変色し蛆が沸いている。

 亡くなっていることだけは間違いない。


「何よこれ!? 死んでたんじゃないの!?」

「死んでるわよ~。瘴気に侵されちゃったのね。ほら、そこの傷口から瘴気が漏れてるんだけど、ユリアちゃん見えない?」


 後ずさるユリアにマルクが指摘する。彼の言うとおり、蛆の沸いた傷口からは濃い瘴気が漏れている。ここまで濃くなればユリア達にも見えるかもしれない。

 しかし、ユリアは返事をしない。動き出した死体が彼女に殴りかかったので余裕が無かったのだろう。


「ユリア!」


 ゼフィールの足元から風が沸き出し死体の周囲を包んだ。行動を阻害する風で死体の動きがわずかに鈍る。ユリアはその隙を見逃さず、剣を抜くと、振りかぶられた死体の左腕を付け根から斬り飛ばした。


 斬られた左腕は、勢いそのままにユリアの後方へと飛んで行き、転がる。この死体の血も乾き切っているのか、切り口から一滴の血も流れない。


 驚いたことに、左腕を失っても死体は平然とユリアに突進し続けた。それはユリアにも予想外だったようで、表情が驚きで染まっている。慌てて受け身を取ろうと剣を引き戻しているが、わずかに遅い。


「ユリアちゃん危ないっ!」


 肉薄する死体を間一髪でマルクが殴る。死体は凄い勢いで吹き飛んでいった。


「ありがとう、師匠」


 ユリアは手短に礼を言うと死体に構えを取る。吹き飛ばされた死体がゴソゴソ動いていた。すぐに起き上がりそうだ。

 死体からは目を逸らさずマルクが言う。


「いいこと、ユリアちゃん。さっき言ってた瘴気なんだけど、生物を蝕んで凶暴化させることがあるの。それで、中には死体になっても動く連中がいてね。こいつがそうなんだけど。こうなっちゃったら、瘴気の核を破壊するか、浄化しないと駄目。覚えておいてね」

「核ってどこなの?」

「人の場合は頭。正確には脳ね」


 トントンとマルクがこめかみを人差し指でつつく。死体から視線は外さないままユリアが尋ねた。


「一応聞いてみるけど、瘴気の浄化は?」

「聖職者の使う高位神聖魔法ならできるらしいけど、アタシじゃ無理ね」

「うん。全力で頭潰しに行くわ」

「うふふ、アタシも頑張るわ。リアン君は周囲の警戒、ゼフィールは補助お願いね」


 起き上がった死体にマルクとユリアが対峙する。

 状況に素早く対処出来るよう、ゼフィールは少しだけ後ろに下がった。ゼフィールも細剣を持ってきているが、彼の腕では邪魔にこそなれ戦力にはなれぬだろう。せめて防御の補助だけでも行おうと、死体の動きに注意を向ける。

 死体は左腕を失っているが、これといってダメージは見られない。


 どちらが先に動くのか様子を見ていると、マルクが腰のポーチからナックルを取りだし、強く握りこんだ。


「フンッ!」


 気合いの声と共にナックルが淡く光り出す。


「ゼフィール、アナタに魔力の使い方を一つ教えてあげるわ。魔力っていうのは、こんな風に武器とか防具に付与も出来るの。まとわせた魔力で瘴気に干渉して散らしたり出来るから、こいつみたいな瘴気漬のやつには効果覿面ってやつ!」


 言いながらマルクは地を蹴り、死体に向かって突進した。それにユリアも続く。

 マルクのジャブが死体の腹の傷に打ち込まれた。すると、腹から漏れ出る瘴気が若干散って薄くなる。死体の動きが鈍った。そこに、後ろから突っ込んだユリアの剣先が迫る。


「師匠、頭下げて!」

「キャー、首が飛んじゃうわ!」


 マルクが腰を落として頭を下げた。さっきまで彼の頭があった場所をユリアの剣が通り過ぎる。横薙ぎの一撃は、しかし、すんでのところで首元に挟み込まれた死体の小手によって受け止められた。


 死体はユリアの剣を受け止めつつ、低腰になったマルクに足払いを仕掛ける。慌ててユリアの首根っこを掴みながら後退するマルク。マルクの足元を通過した蹴りが、先程までユリアのいた場所も通り過ぎた。

 彼がユリアを引っ張っていなければ危なかっただろう。


「こんな感じで、瘴気さえ散らせれば相手の動きも鈍くなって、こっちのターンにできるのよ。楽勝でしょう?」


 ゼフィールに親指を立てながら、マルクがウィンクを飛ばす。

 確かに瘴気が散った一瞬は死体の動きが鈍ったが、楽勝ではなく反撃をくらい危なくなっていた。瘴気を一瞬散らす程度では効果が薄いのか、油断し過ぎたマルクが悪いのか。

 ……両方だろう。


「楽勝には見えなかったがな。それより、魔力の付与ってどうやるんだ? 全然感覚が分からないんだが」

「うーん、初心者なら詠唱するのが手っとり早いんだけど、アナタなら詠唱破棄して感覚だけでも出来るんじゃないかしら? 詠唱無しで治癒やら風使ったりしているみたいだし」


 こちらが喋ろうとも死体は攻撃の手を緩めてくれない。

 マルクに向かって突き出されたパンチを、ユリアが横から剣の柄で弾いて軌道をそらした。ガラ空きになった死体の胸にマルクが飛び込む。彼はわずかに腰を落として重心を安定させると、下からすくい上げるように死体のアゴにアッパーをきめた。


 死体のアゴが砕け、後ろへ仰向けに倒れ込んだ。ビクビクと痙攣しているが、まだ動けるようだ。その胸を足で踏み押さえながらマルクが腕を突き出す。


「身体の中の魔力の流れを感じて、武器に誘導して留めるような感じかしら? 慣れてくればアタシみたいに気合い一つで出来るようになるわよ」

「魔力を感じて武器に誘導……」


 今なら死体はマルクに押さえられていて動けない。

 ゼフィールは目を閉じて細剣を構えた。

 身体の中の魔力の流れを意識し、血のように流れる魔力を細剣に誘導する。しばらくすると剣は眩しい光に包まれ、やがて収束して、淡い光をたたえる状態で安定した。


「師匠のナックルと似たような感じね」

「君、ちょっとしたアドバイスだけで出来ちゃったわけ?」

「ちょっと出力が大き過ぎるみたいだけど、バッチリね。アナタの才能を見抜いたアタシの才能が怖いわぁ」


 死体は足で押さえたまま、マルクが腰をクネクネさせる。その途中で何かを思いついた顔になると、踏みつけている死体の兜の隙間を指した。


「ちょっとゼフィール。ついでだから、それでこいつにトドメ刺してもらえない? 兜のココから剣を突き刺せば核まで届くと思うのよね。アタシのナックルだと兜ごと潰さないといけないし」


 ゼフィールは横たわる死体の前に移動し、細剣を構えて……目を閉じた。そして何度も深呼吸をする。

 死人とはいえ、人の姿をした者に刃を突き刺すのは抵抗があった。


「人間の見た目をしているからって情けは無用よ。この人はもう死んでるの。さっさと成仏させてあげないと、本人の意思とは関係なく暴れ続けるのよ。それって悲しいことじゃない? 彼のためを思うなら、もう眠らせてあげて頂戴」


 マルクの言葉を受け、ゼフィールは静かに細剣を下した。刃は易々と刺さり、兜の隙間から白い光と黒い靄があふれ出す。

 黒靄が光から逃げるように拡散したが、それも光に包まれ、やがて見えなくなった。

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