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白花の咲く頃に  作者: 夕立
幕間
68/104

陽だまりの中で 後編

 城門に着いてもユリアは立ち止まらせてくれず、池の東屋まで走らされた。そこにいたリアンが呆れ顔でこちらを見ているので、ゼフィールはよほど酷い有様なのだろう。


「リアン、水……」

「はい。どんだけ走らせられたのさ? 君」

「大したことないわよ。ゼフィールがなまってただけ。多分」

「大教会から城まで全力疾走って普通にキツイだろ」


 リアンから貰った水を飲み干し一息つくと、ゼフィールは半分ずり落ちながら背もたれに身体を預けた。まだ涼しい季節なのに汗でぐっしょりだ。

 確かに城内に籠ってばかりだったので運動不足は否めないが、走らされた速度と距離は大した事あると思う。


 ゼフィールの横ではユリアがケロっと座っている。同じ距離を走ってきたはずなのに、彼女は少しばかり汗をかき、頬を上気させているだけだ。

 爽やかな笑顔を振りまいているユリアからしてみればいい運動だったのだろう。だが、それは、普段から彼女が走り込んでいるからであって、ゼフィールも同じなわけではない。


「運動不足解消できて良かったわね」

「ほんとにな」


 悪びれもしないユリアに空返事をし、ゼフィールはぐるりと周囲を見回した。

 東屋は色とりどりの花で飾りつけられ、椅子にはクッションが置かれている。そして、目の前にはいつもは無い卓が置かれ、山と積まれているのは焼き菓子だ。

 ユリアと出掛ける前にもここにいたのだが、その時はクッションも花も菓子も無かった。全て席を外している間に現れたものだ。


(いや、これを用意する為に、俺を連れ出したのか?)


 そう考えれば、ユリアの何やらおかしかった行動も説明がつく。それにしても、菓子の量が多過ぎる気がするのだが。


「あらあら、随分と沢山作ったのね」

(ほんとだよなー)


 聞こえてきた声に同意する。声の方になんとなく視線を向け、慌てて姿勢を正そうとして、止めた。

 飛び石をアレクシアとエレノーラが渡って来ている。

 あちらからもダラけたゼフィールの姿は確認済みだろう。とっくに見られているのに、今更取り繕うのも馬鹿らしい。それに、息はまだ乱れたままだ。取り繕ったところですぐにボロが出るだろう。


「汗だくになるまで遊んでくるだなんて、男の子はいくつになっても元気ね」

「いえ。俺は走らされただけなので。元気なのはユリアだけです」


 反論してみたが、アレクシアが納得した様子はない。彼女はゼフィールの姿を見て微笑みながら、彼の横に腰を下ろした。


 しばらく寝たきりだったアレクシアだが、最近では随分と元気になり執務にも顔を出している。長時間の執務はまだ無理そうだが、可能になるのも時間の問題だろう。


 アレクシアが座ると、エレノーラとリアンが手際よく紅茶をいれ全員に配っていく。

 前に置かれた紅茶に口をつけつつ、ゼフィールは双子を交互に見た。


「で。お母様とエレノーラまで巻き込んで、何を企んでるんだ? お前達」

「企んでるだなんて人聞きが悪いなぁ」

「ほんとよ。あんたに気付かれないように準備するの大変だったんだから」

「ユリア何にもしてないじゃん。コレ作ったのも僕とエレノーラさんだし。まぁ、いいけど」


 リアンの発言を明らかに無視しながらユリアが立ち上がった。そして、軽く一同を見渡すと、背筋を伸ばして宣言する。


「これから私達の一八才の誕生会を開催します! 拍手!」


 ゼフィール以外の四人が拍手する。流れについて行けないゼフィールがポカーンとしていると、腰を下ろしたユリアに脇を小突かれた。


「ほら、ゼフィールも拍手」

「あ、ああ」


 反射的に手を叩く。

 誕生日なんて、とうに過ぎ去っていたせいですっかり忘れていた。このタイミングでの誕生会は完全に不意打ちだ。


「誕生会は分かったんだが、なんでお母様とエレノーラまで?」


 誕生日はいつも三人で祝っていた。予想外の二人までいる理由が分からない。

 相変わらず茫然としていると、少し困ったように微笑みながらエレノーラが答えてくれた。


「誕生会をするとリアンさんに聞いて、無理を言って参加させて頂いたのです」

「その話をエレノーラから聞いて、わたくしも加えてもらったの。貴方の誕生会なんて懐かしいわね」


 アレクシアがエレノーラと顔を見合わせ笑う。

 最近のエレノーラは、アレクシアに付き添い身の回りの世話をしていることが多い。それを考えると、その情報拡散ルートは頷ける。


「ってわけ。で、あんたの好きな食べ物を城の人達から聞き回って作ったの。好きなだけ食べていいわよ」


 菓子に手を伸ばしながらユリアが言う。明らかに何も作っていない彼女が言うのも変な話だが、それは突っ込まない方がいいのだろう。現に、調理担当だったらしき二人も何も言わない。


「てか、君。好きなものがお菓子に偏り過ぎでしょ。聞いても聞いてもお菓子の名前ばっかり出てきてさ。小さい頃の君がご飯をあんまり食べてくれなかったって、みんな泣いてたよ」

「亡くなった夫が菓子好きな人で。悪い所が似てしまったのね」


 各々好きなものに手を伸ばし話に花が咲く。ゼフィールも身体を起こしてベリー入りのスコーンを手に取った。

 以前した注文を、リアンはきちんと覚えていてくれたようだ。


「リアン本当にお菓子作り上手くなったわよね。私もエレノーラさんに習おうかしら?」


 陽気に菓子をかじりながらユリアが言う。

 爆弾発言にゼフィールとリアンの手が止まった。

 ユリアを凝視するリアンは、ありえないという表情をしているが、ゼフィールも同じ顔をしているに違いない。


「構いませんよ? 都合の良い時間に――」

「いや、やめろ。エレノーラ」

「そそ。わざわざ食材を無駄にすることないって」

「え?」


 エレノーラがきょとんとなる。


「ユリアが料理すると未確認物体が出来上がるんだ。こいつに練習させるくらいなら、俺が覚えて作ってやる。味見と称した拷問を受けるのは御免だからな。何度見えちゃいけない世界を覗き見たことか」

「完膚なきまでに才能ないよね。毛根が死滅しつくした頭並に壊滅してるよ、ユリアの料理の腕」

「あんた達……」

「「あ」」


 うっかりユリアがいるのを忘れて力説していたら、当の本人が何やら震えだした。

 寒いはずがない。明らかに怒りで震えている。

 リアンもそれに気付いたようで、大慌てで彼女をなだめにかかった。


「落ち着こう。落ち着こうね、ユリア。ほら、ユリアに料理させないのは今に始まったことじゃないじゃん?」

「うっさいわね! あんた達がそんな扱いだから、益々料理が出来ないんじゃない! ちょっとは責任感じて反省しなさいよ!」

「何その責任転嫁!?」


 叫ぶリアンと、何故かゼフィールの頭にまでユリアのチョップが落とされる。


「なんで俺まで……」

「連帯責任に決まってるじゃない。あー、スッキリした」


 ユリアが晴々とした笑顔で背伸びした。リアンも頭をさすりながらぼやく。


「そりゃ、ようございました。これでおさまってくれてよかったよ」

「だな」

「何か言った?」

「あー、ほら、ユリア。頑張って食べなきゃ、お菓子全種類制覇するのが目標だったじゃん?」


 リアンが慌ててユリアに菓子を押しつける。ユリアは一瞬不服そうな顔をしたけれど、少し後には笑顔になった。


「そういえばそうだったわね。ほら、ゼフィールもどうせなら全部食べてよ」


 軽やかに笑う彼女の隣では、リアンがどこからか短い縄を取り出している。何をする気だろうとゼフィールが眺めていると、目の合ったリアンがニヤリと笑った。


(あいつ、あれで何か仕返しする気だな)


 気付きはしたが、一矢報いてくれるというのなら、とりあえず止めはしない。

 ゼフィールが知らんぷりして観察している前で、リアンはユリアの脇に縄をこっそり置いた。そして、慌てた様子で彼女の肩を叩く。


「あ! ユリア、そこに蛇いるよ!」

「○!※□◇#△!」


 言葉になっていない何かを叫びながらユリアが飛びあがった。そして、全力でゼフィールの方に飛びついてくる。


「あぶなっ!」


 あまりの勢いの良さに、そのまま隣にいるアレクシアに覆いかぶさりそうになり、ゼフィールは必至で身体を支えた。

 努力は功を奏したようで、アレクシアにぶつかる直前で身体は止まる。


 目を丸くしているアレクシアとエレノーラ。怯えて離れようとしないユリア。その様子を見てケラケラ笑うリアン。


「おい、リアン。やり過ぎ」

「うん? あー……。確かに。アレクシア様、エレノーラさん、巻き込んですいませんでした。うっかりいつもの感じで仕返しを」


 バツが悪そうにリアンが頭を下げる。

 そこでユリアも何かに気付いたのだろう。ぱっとゼフィールから離れると、リアンが彼女の横に置いた縄を凝視した。


「あんた、だましたわね」


 ユリアの口から低い声が漏れる。

 さすがにヤバイと思ったのかリアンが腰を浮かした。じりじり下がりながら、何やら言い訳も始めている。


「やだなー。軽い冗談だよ。そもそも、こんな寒い《シレジア》に蛇がいるはずないじゃん? ね? いくらユリアが蛇嫌いだっていってもさ、さすがに引っかからないだろうっていう、ぬるーい――」

「言い残すことはそれだけ?」


 ドスのきいたユリアの一言でリアンが逃げた。それをいつもの調子でユリアが追っていく。


「貴方のお友達は、いつも元気で仲良しよねぇ」


 呆れ半分、笑い半分でアレクシアが呟く。


「まぁ、あれがあいつらのいい所で悪い所なので」


 苦笑交じりにゼフィールも答えを返す。他人事のつもりで三人でのんびり様子を眺めていると、ユリアがついにリアンを捕まえ二人で揉めだした。

 これで一件落着。

 の、はずが、何を思ったのか、ユリアがこっちをすわった目で見ている。


「ちょっとゼフィール。あんたもさっきのイタズラに噛んでたってホント?」

「おい!? なんで俺も巻き込まれるんだ!?」


 悪い予感がしてゼフィールは立ち上がった。行動するなら早くしないと逃げ場がなくなる。

 しかし、唯一の逃げ道の飛び石をユリアが笑顔で渡ってきだした。


「ほらさー。ゼフィールも気付いてて黙ってたわけで?」


 しゃあしゃあとリアンがのたまう。ユリアに首根っこをつかまれ引きずられている彼は、借りてきた猫のようにおとなしくしている。

 被害は拡大させてくれる気満々のようだが。


「覚悟はできてるわよね?」

「できるか、そんなもん!」

「いやー、諦め時は肝心だよね」

「お前が言うなっ!」


 澄み渡った青空の下、三人の騒ぎ声が響き渡った。

次回から、転章に入ります。

引き続きよろしくお願い致します。

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