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白花の咲く頃に  作者: 夕立
風の国《シレジア》編 王子の帰還
55/104

4-17 解放 前編

 ◆


 衣類店を出て歩き出したマルクだったが、すぐに立ち止り後ろを振り向いた。


「歩き回った上に騒いだらお腹空いちゃった。何か食べて行きましょう」


 腹をさすり空腹を主張する。そんな彼をゾフィが呆れた目で見た。


「少し前に食べたばかりでしてよ。どれだけ燃費悪いんですの?」

「雪道を歩くと疲れるのよ。それにほら、旅の楽しみはその土地の食べ物じゃない? エレノーラちゃん、どこか美味しいお店知らないかしら?」

「そうですね……。では、何か軽くつまめる店へご案内します」


 少しだけ考える素振りを見せたエレノーラだが、すぐに歩き始める。そんな彼女と並び歩きながら、ユリアが楽しそうに喋っていた。


 衣類店でエレノーラと話をしてから、ユリアは以前の彼女に戻ったように見える。何がきっかけとなったのかは分からない。けれど、ユリアが暗いと調子が狂ってしまうので、元に戻ってくれて良かった。

 ユリアを元気にしてくれたエレノーラには感謝すべきだろう。


 エレノーラは一軒の店に入ると二階の個室をとり、注文をしてくると言って部屋を出て行った。


 案内された部屋には大きな窓があり、景色が良く見える。二階から見下ろす街並みは、通りを歩きながら見る景色とはまた別のもので趣深い。

 白亜の建物の上に雪が降り積もり、街路樹まで白く雪化粧されているこの街は、とても繊細で儚げに見える。粗雑で素朴な《ドレスデン》と比べると随分な違いだ。


「《シレジア》ってこんなに綺麗な国だったのね。今まで知らなかったのが勿体なく思えちゃう。寒いけど」


 窓から景色を眺めながら、ユリアがほうっとため息をついた。


「ここを訪れた者達は、口を揃えて繊細で高潔な街って言ってたのよね。実際見て納得したわ。そこで暮らしている民は"優美で優雅で繊細"っていう評判よ。エレノーラちゃんを見てると、まさしくって感じよね」


 注文の為、今この場におらぬ少女にはその形容がまさしく当てはまる。

 幼い頃に国を出奔したゼフィールは少しばかり型破りに育ったようだが、それでも本質は変わらない。


「お待たせ致しました。何か楽しい事でもありましたか?」


 ワゴンを押しながらエレノーラが部屋へ入ってきた。各々窓から離れ席へつく。


「この部屋から見える景色がすっごく綺麗で大満足してたところ。《ドレスデン(うち)》じゃ絶対見れない景色だもの」

「うふふ、ありがとうございます。私もこの季節は好きなんです。雪が全てを白く染めてくれると、心も綺麗になる気がして」


 エレノーラはカップに紅茶を注ぐと各人の前へ置いて行く。

 いつもは砂糖まみれの飲み物しか飲まないマルクだが、紅茶の本場《シレジア》の品なので、ストレートで一口飲んでみた。


(物足りないわね)


 目の前に置かれた砂糖をドボドボと紅茶に放り込み、ミルクまで入れるとゾフィに白い目で見られた。彼女は何も言わないが、目が雄弁に語っている。「味覚がおかしいんじゃなくて?」と。個人の好みなので放っておいて欲しいところだ。


 全員に茶を配ると、エレノーラはテーブルに二つのティースタンドを置いた。一つはまるでマルク用というかの如く、マルクの目の前に置かれている。

 強い誘惑に、マルクは唾を飲み込みながら前のめりにスタンドを見つめた。


「アタシ、《シレジア》のお菓子大好きなのよ! ねぇ、こっちのスタンド、全部アタシが食べちゃってもいいの!?」

「はい、マルク様は空腹だと仰ってましたので、別でご用意させて頂きました」

「エレノーラちゃん最高! 良いお嫁さんになれるわよ。アタシが保障するわ」


 山と積まれている食料にマルクの目が輝く。サンドイッチ、スコーン、ケーキ、プリン。どれもとても美味しそうだ。

 まだ温かいスコーンを二つに割り、片割れにジャムと生クリームをたっぷり塗って口に放り込むと、素朴な甘さが口の中一杯に広がった。残りの半分には蜜を掛けてみたが、これはこれで後を引く美味しさがある。


 この菓子と紅茶が良く合うのだ。菓子、紅茶、菓子、紅茶と繰り返すと、山ほど積まれていた物もみるみる無くなっていく。

 自身はプリンをつつきつつ、ゾフィが呆れながらぼやいた。


「美味しいのは分かりますけど、よく食べますわね」

「止め時が分かんなくて困っちゃうわよね! 美味しいって罪だわ」

「それだけ喜んで頂けると私も嬉しいです。ここのお菓子は美味しいって、ゼファー様も喜んで下さったんですよ」


 満面の笑顔を向けながら、エレノーラがマルクのカップに紅茶を継ぎ足す。思わぬ名前が出てきて、口をもごもごさせながらマルクは尋ねた。


「あら、ゼ……ファーと知り合いだったの?」

「はい。あの方がこちらに滞在している間、私が身の回りのお世話をさせて頂いたので。お話をしている中でマルク様の話題も出てきて、良く食べる方だと仰っていたので、今も多目に食事を用意できたのです」

「ふーん」


 マルクは口の中の物を全て飲み込むと、立ちあがり、空いている椅子の一つを引いた。


「まぁ、アナタも座って一緒にお茶しましょ」

「私もですか?」


 遠慮しているのか、エレノーラは戸惑うばかりで椅子に座らない。マルクは強引に彼女を座らせると、紅茶を入れ、彼女の前に置いた。

 そのままフラフラと歩き部屋の四隅に手をかざす。問題無く結界が張られた事を確認して自分の席に戻った。


「ゾフィ、扉に鍵掛けてくれない?」

「あなたがフラフラしている間に掛けておきましたわ」

「アナタのそういう勘のいい所好きよ。さて、問題です。アタシは、今、この部屋の話声が外に漏れないように結界を張りました。これからやることは何でしょう? 正解は、内緒話でしたー」


 盛大に拍手をしてみたが、誰も続いて拍手をしてくれない。少し寂しかったのですぐに止め、カップに口を付け場を誤魔化す。

 中身を飲みながら上目遣いにエレノーラを見ると、それに気付いたらしき彼女が、手にしていたカップを受け皿に置いた。


「何かお聞きになりたいことがあるのですか?」

「飲み込みが早くて助かるわ。単刀直入に言うわね。アタシ達、ゼファーにこの街だけでも解放してくれって言われて来たんだけど、どういう意味だか分かる?」

「ゼファー様が、ですか?」


 エレノーラの眉根がわずかに寄り、瞳が揺れる。彼女は下を向くと小さな声を返してきた。


「……私は何も」

「あら、そうなの? 相当切羽詰まった感じの訴えだったから、この街に着いてみれば分かるかと思ったんだけど、平和にしか見えないのよね。アナタが彼と一緒に行動してたなら、彼が見聞きした事も知ってるかと思ったんだけど。残念だわ」


 マルクはサンドイッチを乱暴に口に放り込んだ。

 エレノーラは下を向いたまま首を振るばかりで何も教えてくれない。この街の解放を願ったゼフィールでさえ、あの段階になるまで何も言わなかった。ひょっとして、喋れない理由でもあるのだろうか。


「太守でも縛り上げれば何か吐くかしら。ちょっと荒れるかもしれないけど、仕方ないわよね」

「だ、駄目です、そんな! そんなことが王都に伝わったりしたら――!」


 弾かれたように顔を上げたエレノーラが、切羽詰まった様子でマルクを止めてきた。そんな彼女にマルクは笑顔を向ける。


「王都に伝わったらどうなるのかしら?」


 しまったとばかりにエレノーラが顔を背ける。

 だが、遅い。話の切り出し口は掴んだ。後は切り崩していくだけだ。


「ねぇ、エレノーラちゃん。ゼファーって、口数は少ないけど、必要なことはきちんと話す奴なのよ。そんな彼が、今度に限っては何も情報をよこさない上に、連絡が付かなくなっちゃったの。これって、彼も何かに巻き込まれてると思わない? そんな状態の彼が託すくらいのお願いだもの。何かあるはずなのよ」


 マルクはエレノーラに言葉が届くよう、ゆっくり言葉を紡いだ。

 先程からの反応といい、彼女は何かを知っている。それを何が何でも話してもらわねばならない。そのためなら、脅そうが、情に訴えようが、手段は選んでいられない。


『ちょっとゼフィール、聞こえてるなら何か反応しなさいよね。ロードタウンで何すればいいのよ。エレノーラちゃんも何も教えてくれないし。教えてくれなきゃ、このまま帰っちゃうわよ』


 駄目元でゼフィールにぼやいた。

 このまま彼やエレノーラから情報が得られないようなら、荒っぽい手段も考慮に入れなければならなくなるかもしれない。しかし、折角の綺麗な街で荒事は避けたいところだ。


『《ザーレ》……を、排斥……』

「!」


 返ってきた言葉にマルクは目を見開いた。下手をすれば聞き逃してしまいそうな程、弱々しく消え入りそうな思念。だが、確かに反応があった。


『ちょっとゼフィール! アナタ今どこにいるの!?』


 ようやく捕まえた思念の糸を逃がさないように質問を畳みかける。そして、返事を聞き洩らすまい、と、マルクは精神を集中させた。


「マルクさん、急に静かになってどうしたの?」

「師匠、お腹でも痛いの?」


 難しい顔で急に静かになったマルクを心配したのか、双子が声を掛けてくる。

 けれど、それすらも今は騒がしい。

 マルクは手を軽く前に出して黙れと言外に伝えた。

 ゾフィは何かを察したのか、静かに紅茶を飲んでいる。


 嫌な沈黙が部屋に流れた。

 待てども待てどもゼフィールから返事はこない。あれが今返せる精一杯なのだろうか。


「《ザーレ》」

「!?」


 マルクが呟いた言葉にエレノーラの肩が震えた。ようやく上げてくれた彼女の顔は今にも泣き出しそうだ。この反応なら、彼女の隠し事も《ザーレ》に関係するのだろう。

 ようやく見えてきた事態に、マルクは張りつめたままだった気を抜き、背もたれにだらしなくもたれる。


「この街でやって欲しいことって、《ザーレ》の排斥みたい。どうりで、街中に《ザーレ》の連中がのさばってると思ったのよね」

「《ザーレ》の方々って、灰髪灰瞳の方達ですかしら?」

「そうよー。ちょっと前からきな臭いとは聞いてたけど、ビンゴだったなんて笑えなさ過ぎよね」

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