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白花の咲く頃に  作者: 夕立
風の国《シレジア》編 王子の帰還
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4-7 ロードタウン離宮 後編

 何度かこっくりと舟を漕ぎ、ゼフィールはハッと目を開いた。

 火の番をするためにソファで本を読んでいたのだが、意識が飛びかけていたようだ。薪の燃え具合だと、ほんの一瞬だったようだが。


 エレノーラの様子を見に寝台の側に行く。

 真っ青だった彼女の顔色は大分良くなり、赤みが戻ってきていた。このまま寝かせておけば元気になってくれそうだ。


(何事も無さそうで良かった)


 一先ずほっとして、眠る彼女の頭を軽く撫でる。指に絡まる髪が柔らかい。


「……ぁ」


 余計な事をしたからかエレノーラが目覚めた。目が合ってしまい、慌てて手を引っ込める。

 何故か動悸がしたが、努めて冷静に声を掛けた。


「エレノーラ殿、ご気分はどうですか?」

「ここは……。私、何を……?」


 気だるげに身体を起こしながらエレノーラが周囲を見回す。まだふらついているのに寝台から出ようとしたので、ゼフィールは彼女を軽く押し留めた。


「また倒れるつもりですか? もう少し休んで行った方がいい」

「ですが、お客様の寝台で私が寝るだなんて」

「元気になれば返してもらいますよ。ですから、ふらつきが無くなるまでは休んでいて下さい」

「……はい」


 小さく返事をしたエレノーラが再び身体を横たえる。

 ゼフィールはそれを確認すると、椅子を寝台脇に置き、先程まで読んでいた本の続きを読み始めた。

 マルクが寄こした本は帝王学の教書で、正直、面白くはない。睡眠導入剤に半分なりかけているこの本だが、こういう時の時間潰しにはちょうどいい。


 そんな彼の様子を、エレノーラが横向きに転がり眺めていた。


「私、こう見えて、小さい頃は王子のお側にいたんですよ」


 ポツリとエレノーラが呟いた。

 彼女の呟きに、ゼフィールは本から顔を上げる。


「それは凄いですね。それで?」

「もう随分とお会いしていないのですけれど、先程あの方が夢に出てきて下さったのです」

「夢、ですか?」


 話の流れが読めず、とりあえず先を促す。

 エレノーラは、半分夢の中にいるような表情でゼフィールが握っていた手を掲げると、眩しそうに目を細めた。


「ええ。そして、倒れた私の手をずっと握っていてくださったのです。嬉しかった……」

「それは……良かったですね」

「ですが、あの方のお顔もお声も、どうしても思い出せないのです。夢に出て来るなら教えてくれればいいのに。不親切ですよね」


 悲しそうにエレノーラが瞼を閉じる。

 そんな彼女をゼフィールは複雑な思いで見た。

 彼女の見た夢は半分は現実だ。むしろ、夢だと思い込んでいてくれて良かった。


 しかし、エレノーラが未だにゼフィールを気に掛けてくれているのは予想外だった。傍らにいれないのに、彼女を縛ってしまうのは心苦しい。昔の決め事などに囚われず自由になって欲しいのだが、今の立場ではそれすら言えない。

 代わりに、気休めにしかならない言葉を口にするしかなかった。


「倒れた貴女を心配して出てきてくれたのかもしれませんね。どこか、身体が悪いのですか?」

「いいえ、どこも悪くはありません。……そう、少しだけ疲れてしまっただけです」


 深く息を吐きエレノーラは上体を起こした。先程のふらつきはもう無い。ゆっくりと寝台から立ち上がると、ゼフィールに頭を下げた。


「ご迷惑をお掛けしました。もう大丈夫です」

「本当に大丈夫ですか? ああ、今晩はもう寝るだけなので、エレノーラ殿も休まれるといい。部屋まで戻れますか? 辛いようなら付き添いますが」

「ありがとうございます。一人で戻れると思いますのでご心配には及びません。では、暖炉の火を落として失礼させて頂きますね」

「いやいや! それくらい俺がやりますから!」


 ゼフィールは暖炉端へ行こうとするエレノーラの腕を掴んだ。

 手を握ったせいか、エレノーラが明らかに動揺する。


「ゼファー様?」

「貴女はもう少し自分を労わるべきだ」


 手を掴んだついでに彼女の指のささくれを癒す。今のゼフィールがしてやれる事はこれくらいしか無かった。



 ◆


 次の夜もエレノーラは似たような時間に出て行き、憔悴しきって帰ってきた。倒れこそしなかったものの、動けるには程遠かったので、しばらく休ませて部屋に戻らせた。

 更に次の日も同じ時間に部屋を出て行こうとしたので、今度は戻って来なくていいと先に告げた。


 そして、やはり今夜も彼女はどこかへ行くらしい。

 いつもと同様に彼女を見送る振りをしながら、ゼフィールはこっそりと彼女の後をつけた。

 エレノーラは何も教えてくれないが、毎晩あれだけ憔悴するのは明らかにおかしい。隠しているところ悪いが、原因を知っておく方がいいだろう。


 階段を降り玄関ホールを抜け、地下へと下る階段をエレノーラは降りて行く。

 この階段の下には広間がある。しかし、こんな夜更けに、そこで何かが行われていた記憶は無い。


(そういえば、広間を見下ろせるバルコニーがあったな)


 思い出し、ゼフィールは進路を変えた。

 そこからなら、エレノーラに気付かれずに様子を観察できるだろう。幼い頃宮内を遊び場にしていた経験がたまには役立つものだ。




 バルコニーに辿り着くと、覗いていると下からバレぬよう、カーテンに隠れながら広間を見下ろした。


 広間には大勢の青髪女性達が集まっている。何かの集会かと思いたいところだが、それにしては様子がおかしい。彼女達は静かに列を作っていて、その列の先には街で見た珠があるのだ。

 驚いたことに、女性達は順々にその珠へ手をかざしていた。大抵は身体をふらつかせながら離れて行くのだが、中には倒れてしまう者もいる。

 そういった者は、灰髪の兵達が乱暴に脇へと避けさせていた。


(これは……何だ?)


 目の前で行われている事が理解できず、ゼフィールは唾を飲んだ。


 街であの珠に触れた時、強引に魔力を吸い取られた。少し触れただけでかなりの魔力を持って行かれたのだ。手を置くなどしたら、根こそぎ魔力を持って行かれ、倒れてしまっても不思議ではない。


「迷子にでもなったかな?」


 ふいに後ろから声が掛かった。振り返ると、そこには太守がいる。

 下で繰り広げられている光景はどう見てもこの街の暗部だ。それをゼフィールが見た事を知られたのは、互いにとって非常に良くない展開だろう。


(迷い込んだと思われた方がまだマシ、か?)


 適当にはぐらかして立ち去るにしても、逃げ口は太守が塞いでいる道しかない。とりあえず彼の話に乗ることにした。


「この宮は広すぎて、油断するとすぐに迷子です。……ここは、何をしているんですか?」

「気になるかね?」


 太守がゼフィールの横に来て、こちらの尻を撫でまわした。背筋に鳥肌がたち、一目散にバルコニーの縁まで逃げる。そんなゼフィールの様子を見て、太守はさも嬉しそうに笑った。


「そのうぶな反応も中々良いな。どうだ? 今晩」

「御冗談を」


 近付いて来る太守から逃げたいのだが、これ以上逃げ場が無い。手の平に嫌な汗が滲んだ。


「ここで何をしているのか知りたくは無いのかね?」


 太守が密着してくる。ここで何をしているのかは知りたいが、そのために彼の伽の相手をするのは御免こうむるところだ。


 太守から顔を背けるため広間に目を向けると、多くの人々がゼフィールを見ていた。その中にエレノーラの姿を見つけ、こちらを見つめる彼女と目が合う。

 その時彼女は珠に手をかざそうとしていたタイミングで。

 ゼフィールに意識を向け過ぎたのか、エレノーラは珠に手を長時間乗せ過ぎ、倒れた。


 倒れた彼女を、灰髪の男達が、物でも扱うように広間の端に放り投げる。


「!? どけっ!」


 それを見たゼフィールは太守を押しのけ、広間へ続く道を駆け降り、倒れたエレノーラを抱きかかえた。

 腕の中の彼女はぐったりしていて、顔色は真っ青を通り越して土気色に近い。


「エレノーラ! しっかりしろ、エレノーラ!!」


 他人に魔力を渡せるのか分からなかったが、無事だけを願ってエレノーラへと魔力を注ぎこむ。

 魔力を持たない者達には、魔力を抜かれる事がどれほど辛いか分からないのだろう。それが、生命力を奪われることと同義であることを。


「さっそく男をたらしこんだのか。この雌豚が」


 バルコニーから降りてきた太守が不愉快そうに眉根を寄せる。


「なぜこんな酷いことを!?」

「簡単な雑用や子をはらむことしか出来ぬそいつらに、有意義な仕事を与えてやっているのだ。むしろ感謝して欲しいくらいだな。見るといい」


 太守の指さした先で珠に変化が起きていた。他の珠に比べて強く輝く光が収束し、一点に集まったと思ったら透明な結晶が転がり落ちてくる。

 太守は小石程の大きさのそれを拾うと、親指と人差し指で挟み、ゼフィールの前に突き出してきた。


「これがなんだか分かるかね?」

「……分かりません」

「素直で結構。これは魔晶石と言う、云わば魔力の塊だ。魔力を供給してくれる便利なものでな。この珠で魔力を集め、結晶化してやれば出来上がりだ。そいつらの魔力は休めば回復するのだ。ならば乳牛のように搾り取ってやる方が、よほど役に立つというものよ」


 ゴミでも見るような目を太守はふらつく女性達に向ける。そんな彼の態度に、ゼフィールは太守を睨んだ。


(そんな物のために!)


 彼女達にこんな酷い仕打ちをしているというのか。太守は乳牛のようにと言うが、家畜の方がまだマシな扱いを受けているだろう。美味い乳や肉を手に入れるために、家畜にはなるべくストレスをかけないように飼育するのだから。

 日中は使用人として使われ、夜に魔力を絞り取られ、倒れ込むように眠る彼女達を哀れだとは思わないのだろうか。


 彼女達の事を考えれば考えるほど太守への怒りが沸く。睨みも自然と鋭さを増した。

 そんなゼフィールの視線を受けながら、太守はさも愉快と舌舐めずりをする。


「そういう顔もできるのだな。中々にそそられるものがあるが……。儂は心の広い男だ。そなたの不敬な態度や言葉も許そう。そなたはまだ若い故分からぬだろうが、そのうち女のくだらなさが分かるであろうよ。男はいいぞ。性欲の処理も戦いも全てできるからな」


 ゼフィールは拳を握りしめた。

 あまりに身勝手で利己的な太守の言い分は聞いているだけで気分が悪い。今すぐにでも、権力の座から引きずり下ろしてやりたくなった。


 そんな気持ちに呼応してか、周囲の空気の流れが変わる。

 風などあるはずがないのに髪がなびいた。

 いつもなら抑え込んでいる風だが、この男に対してはそんな気が起きない。むしろ、少し痛い目にあえばいいとさえ思える。


 感情に流されかけたゼフィールの服を誰かが引っ張った。引かれる方へ目を向けると、腕の中のエレノーラが力なく彼の服を引いている。


「駄目です、ゼファー様。私達の為に、怒りに流されないで……」


 苦しいだろうに、とぎれとぎれに彼女は言葉を紡ぐ。


(くそっ!)


 唇を噛みながら、ゼフィールはエレノーラを強く抱きしめた。そして、今にも暴れ出そうとしている風を必死に抑え込む。

 風が収まると彼女を抱いたまま立ち上がり、周囲の女性達に声を掛けた。


「誰か、彼女の部屋をご存じの方はいらっしゃいませんか?」

「私が彼女と同室です」


 一人の女性が小さく手を上げふらふらと近寄ってくる。彼女も魔力を吸われた後のようなので、このまま部屋に引き上げたところで叱られはしないだろう。疲れ切った彼女に頼むのは酷な気がするが、この際仕方ない。


「案内して頂いていいですか?」

「はい、こちらです」


 ふらつく女性の後に続き、広間を出ようと太守に背を向ける。


「ああ、分かっていると思うが、ここの事は他言無用だ。話が漏れれば……言わずとも分かるな?」


 背後から声が掛かる。しかし、再び心をざわつかせたくなくて、ゼフィールは振り返らずその場を去った。

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