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白花の咲く頃に  作者: 夕立
風の国《シレジア》編 王子の帰還
41/104

4-3 託した想い

「ちょっと待って頂戴。そもそも、どうして急に《シレジア》に帰ろうと思ったの?」


 口の中に食べ物を放り込みながらマルクが尋ねてくる。人が食べているのを見ると自分も口寂しくなるから不思議だ。

 ゼフィールはフィナンシェを手に取ると、二つに割りつつ口を開いた。


「《ライプツィヒ》で俺の血が青いと大勢の貴族達にバレてな。それ以来、刺客に追われている。《シレジア》にさえ入ってしまえば、そいつらもわざわざ俺を狙わないと思うんだが」

「それはまた厄介ね。それで、二人を保護しておいて欲しい理由は?」

「周囲の無関係な者達にまで被害が出ているんだ。ユリアも正直危なかった。俺と離れれば、あいつらが狙われる確率は下がるとは思うんだが……。すぐに効果が出るかは分からない。しばらくは、あいつらだけでも狙われる可能性があるしな」

「ふーん」


 マルクがソーセージにフォークを突き刺し半分かじった。口の中身が無くなると、食べかけのソーセージをゼフィールに向けつつ指摘してくる。


「置いて行かれたら二人とも怒るでしょうね。一緒に連れて行っちゃ駄目なの? 昔は三人一緒に入国するつもりだったわよね?」


 ゼフィールは咥えていたフィナンシェの片割れをゆっくりと咀嚼そしゃくした。

 正直、自分でも、二人を置いていきたいのが唯の我儘だと承知している。だが、これだけは押し通したい願いだ。

 口の中が空になったので、少しうつむいて話を切り出した。


「子供の頃の俺が命を狙われていたのは前に話したな?」

「ええ」

「前お前に会った時は、《シレジア》には一時的な観光で行くつもりだった。滞在も短い予定だったから、俺の正体がバレる心配はあまりしてなかったんだ。だから、気楽に三人で行こうとしてた」


 残ったフィナンシェを軽く弄ぶ。さっさと食べればいいのに、そんな事をしたものだから、生地が少し潰れ、カスが落ちた。


「今回はしばらく身をひそめるつもりだから、確実に安全な場所を探さないといけない。それに、やっぱりゴタつきそうなら、それも解決しないとならない。どちらの仕事も一人の方が動きやすいし、俺の私的な事にこれ以上あいつらを巻き込みたくないんだ。だから、この二つが解決するまで、二人をお前に頼むつもりで来た」


 服の上に落ちたカスを軽く払い、ゼフィールはため息をついた。


「だったんだが、その上、城に戻らねばならないとなると……。成り行きを見ながらじゃないと、あいつらを呼べないな」


 残ったフィナンシェも食べる。

 不格好になろうと味は変わらないので、優しい甘さが口の中に広がった。しかし、気持ちは微妙に苦々しい。

 不快な気持ちを流してしまいたくて、ゼフィールは紅茶で口の中身を流し込んだ。


「そういう事情なら、まぁ、引き受けるけど。アナタが《シレジア》に行ってくれれば、あの国が今どうなっているのか情報も入ってくるでしょうし。ここ数年《シレジア》の女王様とは連絡が取れてないらしくて、母上も心配してるのよね」

「待て。どういうことだ?」

「言葉のとおりよ。王同士ならこのブレスレットを使って連絡が取り合えるから、何かあればすぐ分かるんだけど、アレクシア様、急に連絡が取れなくなっちゃったらしいのよね」

「……お母様はご無事なのか!?」


 穏やかでない情報に、ゼフィールは立ち上がってマルクに詰め寄った。


「落ち着いてって。アナタがそれを確認してきてくれるんでしょ? そうそう、ブレスレット(コレ)の使い方も教えておかないとね」


 マルクはソーセージのささったフォークで牽制してきて、ゼフィールがソファに座ると、食べかけのソレに齧りついた。口をもごもごさせながら、左手首にはまるブレスレットを指さしている。


 これ以上マルクにアレクシアの事を聞いても無駄だろう。諦めて、ゼフィールは預かったばかりのブレスレットに視線を落とした。失くすといけないので、マルクに倣って今は左手首にはめている。

 身につけても触ってみても特別な力は感じない。不思議な石だった。


「で、使い方なんだけど、話したい相手を思い浮かべながら心の中で語りかけるだけよ。お互い身に着けていないと効果が無いから、なるべく肌身離さないようにね」

「分かった」


 手首にはまるブレスレットに触れる。教えられた使い方は難しくない。竜と話した感覚と同じだろう。


『テステス。念話のテスト中~。聞こえてるかしら?』


 ふいに頭の中で声が聞こえた。目の前に座る人物を見てみると、笑顔で手を振っている。

 キラキラと輝いている目が何かを求めている気がしてならない。大方、返事をしろといったところだろうが。


『聞こえている。これでテストは終わりだな』

「冷たっ! もうちょっと何か喋ってくれてもいいじゃない!」

「目の前にいるんだから普通に喋ればいいだろ! 新しいおもちゃを買って貰った子供か!」

「あらごめんなさい。新しい話し相手ができたと思ったらつい興奮しちゃって。話は変わるんだけど、四日後に今年最後の《シレジア》への交易隊が出発するの。それで、アナタどうする?」


 コーヒーに砂糖を入れながらマルクが尋ねてきた。


「それを逃すと、しばらく《シレジア》に入国するチャンスは無くなるって認識でいいのか?」

「そうなるわね」

「なら断る理由は無いな。それで、俺はどうしたらいいんだ?」

「そうねぇ――」


 コーヒーに四つ目の砂糖を入れながらマルクが宙を見る。考え事に意識が行き過ぎているのか、彼の手は止まらない。黒い液体にとろみがついてきたように見えるのは気のせいだろうか。


「《シレジア》の状態が分からない以上、やっぱり正体は伏せておいた方がいいでしょうね。交易隊って、全員兵なの。だから、最初はアナタにも兵の格好をさせて紛れこませようかと思っていたんだけど。城にまで行きたいってなると、それじゃ都合が悪そうなのよね。携わる兵は交易地以外は動けないし、下手にバックレたら不法侵入で追われちゃいそうだし。何よりアナタ、兵って感じじゃないのよね」

「それは否定できないな」

「でしょ? どうしたものかしらねぇ」


 大量の砂糖でドロドロになった黒い何かに大量のミルクが注がれる。もはや何だか分からなくなった液体を、マルクは美味しそうに飲む。見ているだけで胸焼けしそうだ。

 しかし、その甘さが彼に閃きをもたらしたようで、マルクはぽんと手を打った。


「そうだ。アナタはアタシの友達の吟遊詩人で、各地の曲を学んで回っている旅の途中っていう設定にしましょ。で、《シレジア》の曲も学ばせたいから、しばらく自由に動けるようにしてくれって」

「その程度の理由じゃ国境で止められると思うぞ?」


 実際ゼフィールは一度国境で入国拒否を食らっている。その程度で入国できるのであれば、あそこで追い返されていた者達の何割かは入国できていただろう。


「そこは権力と餌の使いようよ。アナタを受け入れてもらえるのなら、次の交易で色を付けるとでも条件を付けておけば乗ってくるでしょ。アナタってば、ぱっと見は無害な優男ですもの。向こうからしてみれば断る理由は無いはずよ」

「いいのか? そこまでしてもらって」

「いいのよ。《シレジア》には早く元に戻ってもらった方が、こちらとしても都合がいいの。先行投資ってやつ?」


 マルクはおばさん臭く手をひらひらさせると、再度取り皿に大量の料理を盛った。

 あれだけ食べたのにまた食べるのだろうか。彼の体躯を維持するには、それだけ大量の食糧を必要とするのかもしれない――そんな事を考えながら、ゼフィールはマルクへ軽く頭を下げる。


「すまない。助かる。それで、交易隊の出発時刻は?」

「日の出と共にね」

「隊に参加する兵達に、先に挨拶をしておいた方がいいか?」

「いらない。アタシが話をしておくから、当日城に来てくれるだけでいいわよ」

「何から何まですまないな。手間を掛けるがよろしく頼む」


 それから少しだけ話をし、ゼフィールは城を後にした。


(レンツブルクにいれるのも後三日か。やり残しが無いようにしないと……)


 落ち葉を巻き上げる冷たい風にマントの下で首を竦める。

 まだ見ぬ祖国は、もう雪が降っているのだろうか。



 ◆


 四日後。

 最も闇が深い時刻にゼフィールは寝台を抜け出した。ユリアもリアンもよく眠っている。昨夜のうちに用意しておいた書き置きを寝台の上に残し、二人を起こさぬよう宿を出た。


 城前の大橋には数十台の荷馬車が停まっていた。荷の積み込みやらなんやらで人が慌ただしく行きかっている。これが《シレジア》へ行く交易隊なのだろう。

 詰み込まれる荷はやはり農作物が多い。冬の長い《シレジア》は耕作可能期間が短い。農業国である《ドレスデン》との交易は、《シレジア》にとって生命線なのかもしれない。

 そんな荷馬車の横を通り過ぎながら、ゼフィールはマルクへ連絡を入れた。


『マルク、起きてるか?』

『起きてるわよ。アナタ、今どこにいるの?』

『城前の橋だな。城の方に向かってる』

『丁度良かったわ。交易隊の隊長を紹介するから城門前に来て頂戴』


 指定された城門前に行くと、マルクと一人の男が立っていた。まだ暗いというのにマルクは眠くないのか、暑苦しい笑顔を振りまきながら手を振っている。


「おはようゼフィール。早かったわね」

「おはよう。お前も早いな」

「こちらが交易隊の隊長さん。こっちはゼフィール。言っておいたアタシの友人よ。しばらくの間面倒見てあげてね」


 隊長と紹介された男は一歩前へ出ると敬礼し、深々と腰を曲げた。

 もう少しで中年に入るであろう彼だが、その身体は若者に引けを取らぬほど鍛えられている。所作も洗練され垢抜けており、隊長ともなると下っ端の兵とは違うのだなと、格の違いを感じさせる人物だ。


「隊長を拝命させて頂いております。宜しくお願い致します」

「頭を上げて下さい。こちらこそ、無理に同行させて頂きありがとうございます。俺の事は"ゼファー"と呼んでください」

「ゼファー殿ですか?」


 不思議そうに隊長が顔を上げる。理由を言うわけにもいかず、ゼフィールは少し困った顔を隊長に返した。もっとも、フードに隠れているせいで、こちらの表情は見えないだろうが。


「はい。あちらでゼフィールと呼ばれると、少し都合が悪いもので。お手数ですがお願いできますか?」

「いえ、了解しました! 自分は準備に戻りますが、何かあれば仰ってください」


 声音で困っている事が伝わったのか、隊長が慌てて手を振る。彼は再度敬礼すると、慌ただしく荷馬車の方へ去って行った。

 隊長の後ろ姿とゼフィールを眺めながらマルクがぼやく。


「ゼファーねぇ」

「ベタな方法だが、何もしないよりはマシだろう?」

「まぁね。名前って、少し違うと分からなかったりするし。あ、これ餞別。道中暇な時もあるだろうから、暇つぶしにね?」


 マルクが懐から一冊の本を取り出して寄こしてくる。それを受け取り鞄に入れると、ゼフィールはマルクに尋ねた。


「そういえば、お前に一つ聞きたい事があるんだった。コレなんだが、お前の魔法で見えなくできるか? 大丈夫だと思うが、もしもがあると困るからな」


 首元から下げた小さな巾着をマルクに見せる。中身は外したピアスと指輪だ。

 名前もだが、ゼフィールの正体に辿り着きそうな情報は削ぎ落してきた。髪と瞳の色が違うので早々バレないだろうが、危険率は下げておきたい。


「それ、外してきたのね。まぁ、知ってる人が見たら一発ですもんねぇ。アタシもそうだったし。で、隠すんだったかしら? アナタにだけ感じられて、他の人からは見えないようにすればいい?」

「できるのか? なら頼む」

「はいはいっと」


 マルクは巾着を手の平で包むと口の中で何かをもごもごと呟いた。しばらくして言葉が止むと、確かに巾着が見えなくなっている。それでいて、ゼフィールには首から掛けている感覚があるのだから、大したものだ。

 見えなくなった巾着にマルクも満足したのか、笑顔で指を開いた。


「はい、お終い」

「すまない。色々とできるもんだな。これって、術を解きたい時はどうしたらいいんだ?」

「普通に解呪してくれればいいわよ。アナタの魔力で簡単に解けるようにしてあるから」

「解呪?」

「あら、そこから知らないのね。そうねー。移動中暇でしょうし、後でおいおい教えるわ」

「重ね重ねすまない」


 細々(こまごま)した事の礼と、これからマルクに頼む事の申し訳なさを込めて、ゼフィールは軽く頭を下げた。


「……あいつらの事、頼む」

「任せて頂戴。今はどうやって出てきたの?」

「二人が寝てる間に書き置きだけして出てきた。お前の所に行って来るって書いてあるから、上手い事どうにかしてくれ」


 マルクの表情が一瞬固まる。

 ゼフィールが一人で《シレジア》に行ったことがバレれば、双子の怒りが大変なものになるのは想像に難くない。

 説得が面倒だったのと、マルクならあの二人もなだめられるだろうと踏んでの暴挙だったが、まぁ、なんとかしてくれるだろう。


「あと、これを頼みたいんだが」


 荷の中から二つの小箱をゼフィールは取りだした。手の平に収まる程度の大きさのシンプルな箱に、それぞれピンクと緑のリボンがかけてある。それをマルクに渡す。


「ユリアとリアンに明日渡してくれ。ピンクがユリアで緑がリアンな」

「明日なの?」

「ああ。その時に伝えて欲しい。"誕生日おめでとう"と」

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