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白花の咲く頃に  作者: 夕立
火の国《ハノーファ》編 死に至る病
35/104

3-14 消えかけの命

 ◆


 ゼフィールが診療所に入ると人々の視線が集中した。

 本来ならば診察順を待たねばならないのだろうが、ユリアを見た人々が優先して医者のもとへ導いてくれる。

 診察室に据え付けられている寝台にユリアを寝かせ、ゼフィールは医者に懇願した。


「お願いです。ユリアを……彼女を助けて下さい」

「どうしてここまでなるまで彼女を放っておいたんだね?」


 ユリアを見た医者が表情を険しくする。

 なぜこんなことになっているのか。それはこっちが聞きたいことだった。何も知らないゼフィールにできるのは、ただ、彼女の回復を願うことだけだ。


「薬を下さい。朝方渡した光苔からはまだ薬はできていませんか? それに、また採ってきたんです。これだけあれば治療に十分な薬が作れませんか?」


 ホルガーに持ってきてもらった光苔を医者に渡し、すがる。病を癒す魔法など知らない。医者に頼るしかなかった。

 そんな彼を落ちつくようになだめると、医者は憐れむような目でゼフィールを見てくる。


「ここまで病状が進行してしまうと薬も効かない。悪化を遅らせることはできるけど、苦しむのが長引くだけだよ。薬はできてるから出せるけど、それでも飲ませるのかね?」

「……お願いします」

「分かったよ」


 医者は頷くと席を立ち、グラスを手に戻ってきた。それをゼフィールに渡す。グラスの中に揺れている透明で薄緑の液体、これが薬なのだろう。


「飲ませてあげなさい。寝たままだと気管に入ってしまうかもしれないから、座らせてね。飲み込んでもらわないといけないから、飲ます時は彼女を起こすんだよ」


 ゼフィールは言われたとおりにユリアの上体を起こし、後ろから支え、座った姿勢にしてやる。


「ユリア。ユリア。起きてくれ、ユリア」


 彼女の耳元で名を呼び、軽く身体を揺する。けれど、目を覚まさない。

 どれほど経っただろうか。根気強く続けていると、薄らとユリアの目が開いた。


「ユリア?」

「……ィ……ル……」


 呼びかけにユリアが答えた。診療所の雑音に消されてしまう程の小さな声だったが、彼女を支えるゼフィールの手に力が入る。

 ユリアはまだ生きている。その事実を感じられたのが嬉しかった。


「ユリア、薬だ。辛いかもしれないが頑張って飲んでくれ」


 彼女の口に少しだけ薬を流し込んでやる。けれど、ユリアは薬を飲み込まない。医者が彼女の口を閉じ、座っている姿勢を少しだけ緩やかにしてやって、ようやくユリアの咽が動いた。


「残りも同じ感じで飲ますんだよ」


 ゼフィールは頷くと、医者に倣い、薬を少しだけ流し込んで口を閉じてやる事を繰り返した。わずかな液量なのに、無くなるまで随分時間が掛かる。それだけ彼女が弱っているのだろう。


 ユリアはグラスの中身を飲み終えると再び目を閉じた。手の平から伝わってくる彼女の体温はとても高い。ユリアが少しでも楽になるように横に寝かせ、ゼフィールは医者に頭を下げた。


「貴重な薬をありがとうございます」

「いいんだよ。元々君達が採ってきてくれた原料だしね。これからどうする気だい?」

「どうする、とは?」


 医者の言いたい事が分からずゼフィールは首を傾げた。医者はそんな彼からユリアへと視線を移す。


「彼女の事だよ。いっそ安楽死させてあげるのも優しさだと思うけどね。治療を続けるというのであれば止めはしない。薬は提供しよう」


 薬の材料は採ってきてもらうけど。と、医者は続ける。

 その程度で貴重な薬を提供してもらえるのであれば、いくら採りに行かされても構わなかった。だが、医者の言葉は、暗に彼女が助からないと告げている。

 震えそうになる唇から、なんとか言葉を捻りだした。


「今まで、この状態から薬を飲んで良くなった患者はいないんですか?」

「薬の量が無かったからね。飲み続ければ効果があるのかもしれないけど、これまでにはいない」

「だったら、俺は彼女が良くなる方に賭けます。少しでも可能性があるのなら、諦めたくない」


 元気になる可能性がゼロでないのなら、その可能性に賭けたかった。ユリアは強い娘だ。きっと病も乗り越えてくれる。そう信じたかった。

 でなければ、彼女を失うなど――耐えられない。


 しばらくゼフィールを見ていた医者が助手を呼んだ。彼女に小声で何かを言うと、再度ユリアの様子を観察しながら告げてくる。


「薬は用意してあげるから毎日取りにおいで。一日分ずつ出すからね。できれば果物の汁か、砂糖と塩を溶かした水でもいいから飲ませてやると良い。体力の消耗を抑えられるからね。後は――」


 何かを考えるように上を向いた医者は、ユリアとゼフィールを交互に見て、ゼフィールの上で視線を止めた。


「君達はこの村の者じゃなさそうだから、宿に滞在しているのかな?」

「はい。それが?」

「早々移る病じゃないんだが、健常者は病人に関わるのを嫌う。重症だと特にだ。彼女を隠してあげないと、宿の主人が入れるのを嫌がるかもね」

「それなら」


 ゼフィールはマントを脱ぐと、それでユリアを包んだ。

 自らの姿を隠すために使っていたマントだったが、それでユリアが助かるというのなら、彼女に与えるのにためらいは無かった。こんな僻地まで刺客が来ているというのなら、その時はその時だ。


 フードですっぽり頭まで覆うと、外からユリアの様子は全く分からなくなった。それを見て医者が頷く。そして、助手が持ってきた小瓶をゼフィールに手渡した。


「これなら大丈夫かもね。で、それが明日の朝の分の薬。薬は一日二回。朝晩に飲ませるように」

「ありがとう……。ありがとうございます!」

「お大事に」


 退室を促されたので、ユリアを抱えようとしたら手に持った小瓶が邪魔になった。どうしようかと悩んでいると、ホルガーがそれを受け取ってくれる。


「手が空いていないようだからオレが持とう」

「すまない。助かる」


 ユリアを背負うと、もう一度礼を言い診療所を後にする。

 医者の助言のお陰で、道中、ユリアの容態をあれこれ言われずにすんだ。むしろ、ゼフィールが素顔を晒した事で宿の主人に止められたが、ホルガーの口添えのお陰ですんなり切り抜けられた。


「お帰りー。ってゼフィール、君、顔モロ出しじゃん! どうしたのさ?」


 部屋でくつろぎきっていたリアンがゼフィールを見て驚いた。彼の問いには答えず、ユリアからマントを脱がせ、寝台に寝かせる。そんな彼女を見て、リアンは更に驚いた。


「うわ、ユリアどうしたの、これ!? 見るからにヤバイ感じなんだけど!」

「落ち着けリアン。知ってる事は教えてやるから」

「オレはこれで失礼する。その子、良くなるといいな」

「ありがとうホルガー。色々助かった」


 薬と剣をゼフィールに渡したホルガーは部屋を出て行った。受け取った物をゼフィールが片付けている間、リアンは大人しく待っている。

 全て片付け終わると、ゼフィールは自分の寝台に腰かけ、リアンに事のあらましを話した。


「――それで、診療所に寄って、ユリアに薬を飲ませてきた。これで全部だ」

「なんなのさ、それ。分からないって事が分かっただけじゃないか」

「そうだな」

「ったく、何やってるんだよ。ユリア」


 リアンはユリアの横に行くと心配そうに彼女を見つめた。ゼフィールの説明で納得した様子はなかったが、それ以上何も言ってこない。言ったところでどうしようもないと割り切っているのだろう。

 ユリアから視線は外さずリアンが呟いた。


「薬を飲んだんなら、ユリアは良くなるんだよね?」

「分からない。医者には望みは薄いと言われた」

「そうなの? あ、でも、どうしても駄目なら君の――」


 何かを言いかけ、リアンは口を閉じた。言わなかったが、言いたかった事は分かる。


 ――薬で治らなければ、青い血を飲ませろ。


 彼の言いかけた言葉はこれだろう。

 だが、それはゼフィールの血を絞る事と同義だ。義兄弟とはいえ、冗談以外で求めてはいけないと思ったのかもしれない。


 聞こえなかった振りをしてユリアの枕元に行き、ゼフィールは苦しそうな彼女を見つめた。おもむろに首からペンダントを外し、ユリアに掛けてやる。

 それは魔のエメラルド。ゼフィールが受け継いだ家宝の一つだ。


「それ、君がいつも肌身離さず付けてるやつだよね? 何かあるのかい?」

「この石は魔に対する耐性を付与してくれるんだ。病自体は魔力的な力で引き起こされているから、耐性が上がれば、進行を遅らせるくらいの効果はあるかもしれない」

「そんな大層な物を手放していいのかい?」

「ユリアの方が大事だろう? 元気になれば返してもらうさ」


 ゼフィールの言葉にリアンは少しだけ表情を緩め、ユリアの手を握った。しかし、すぐに驚いた顔になり扉へと向かう。


「僕ちょっと水貰ってくるよ。熱が高いみたいだし」


 リアンが駆けて行く音を後ろに聞きながら、ゼフィールはユリアの横に佇んだ。よくよく見てみると、彼女の腕や足には細かい傷ができている。暗かったり動転していたせいで気付かなかった。


(ユリア。あそこで何があったんだ?)


 ユリアの傷を癒しながら問いかける。治癒魔法は使えても、病はどうすることもできない己の無力を噛み締めながら。

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― 新着の感想 ―
[一言] 重ねて失礼します。 いえ、魔はエメラルドで合ってますよ! ただ、気のムーンストーンは「呪気を祓う、生命力を高める」って効能があるもんで。 ……ほら、皇帝の病気治すのに、ジャングルの神殿に取…
[良い点] くっ……! エメラルドでなくムーンストーンであれば……! ……え? ディスティニーストーンじゃない?
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