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白花の咲く頃に  作者: 夕立
火の国《ハノーファ》編 死に至る病
31/104

3-10 病原の竜 前編

 山へ登るかと思われたラスクだったが、登山道には入らず、山裾へ続く獣道へ走っていった。


 言うまでもなく獣道は人の為の道ではない。

 厄介なことに、ただでさえ進みにくい道に、稀にだが、固い表皮を持つ多肉植物が生えている。トゲを持つ物もあり、怪我をしたくなければ気を抜けない。


 陽が暮れると周囲の確認が一層面倒になった。

 リアンがカンテラに灯を入れ照らしているが、明りは十分とは言えない。暗くなって良かった事といえば、ぼんやりと緑に光るラスクの居場所が視認しやすくなったくらいだ。


 ただ、闇に沈む獣道を進みながら、ゼフィールには気掛かりがあった。

 日没による暗闇とは別の闇がある、そう感じるのだ。先程から悪寒が背筋を這いあがっている。記憶違いでなければ、この感覚は――


(瘴気が漏れてきている)


 足元への注意が疎かにならぬ程度に意識を割き、瘴気の出所を探す。まだ何か影響を及ぼしそうな濃度ではないが、妙に意識に引っかかる。山道からこの村を見た時に見えた陰り、それもこの瘴気だったのかもしれない。


 以前、マルクに瘴気について少し教えてもらったことがある。

 それによると、瘴気の発生は自然災害に近いらしい。いつどこに発生するかは予想できないので、出てきた時に対処していくしかない。そんなものらしい。


 だが、発生場所には傾向があるとも言っていた。負の気が撒き散らされている場所、戦場などで発生しやすい、と。そして、負の気と瘴気は互いに刺激し合い、瘴気は励起され、諍いは悪化していく、とも。


 瘴気が流れてくる先はまさしくゼフィール達の進行方向だ。むしろ、そちらへ向かっているのではないかと思えるほど、ラスクは正確に瘴気の濃い方へ進んで行く。

 こんな僻地の、その中でも、人気のない方に向かっているのに、戦場があるとは思えない。となると、偶然湧き出たものなのだろうが、こんな所で出会いたい代物ではなかった。


「キュイー」


 突然ラスクが止まり、上空に向けて一声鳴いた。

 彼が止まった先には先の見えぬ暗闇がぽっかりと穴を開けている。瘴気が流れ出てきているのもこの穴からで、中に入らねば光苔が手に入らぬのだとすると気が重い。


(入口でこの濃度なら、中はどれほどの瘴気が渦巻いているのやら)


 げんなりと連れ達を見回した。誰も何の反応も示していない。まだ彼らに感じ取れる濃度ではないのだろう。


「苔生えてるし、この穴の奥にあるのかな? ちょっと下り気味な穴みたいだから、みんな滑らないように気を付けてね」


 リアンが穴の中をカンテラで照らし、後方へと注意を促す。

 その一方で、ラスクがこちらへ走ってきた。このタイミングでやって来られると、道案内は終わりだと言われているようだ。ゼフィールが手を出してやると、ラスクは肩の上に収まる。

 やはり、これ以上案内する気はないらしい。


「お前、よくこんな所にこれたな」


 ラスクを撫でながら岩盤を見る。リアンの言うとおり苔が張りついているが、光ってはいない。しかし、ラスクがここで道案内を終えたのだから、光苔はこの奥にある可能性が高い。


「リアン、ユリア」

「「何?」」

「この穴の奥から瘴気が流れてきてる。進む時は気を付けてくれ」

「えー。なんか僕、ものすごく帰りたくなったよ」

「一人で帰ってもいいのよ?」

「行くよ。行きます、行きますよ。ちょっとユリア冷たいんじゃない? 不機嫌だからって僕にあたらないでよ」

「はいはい。ほら、行くわよ」


 リアンをユリアがせっつき穴へ押し込んだ。明りを持つリアンを先頭に、そのすぐ後ろにユリアが付く形で足を踏み入れる。その後ろにゼフィールとヨーナスも続いた。


 リアンの忠告通り穴はやや下り気味だ。入口は大人三人が手をつないでも端から端に届かない程の大きさだったが、それは中でも変わらない。

 冷たい風が吹き込んでこないので外より暖かいが、代わりに、停滞した湿った空気がやや生臭さを孕んでいる。


「それにしても、この穴って何なんだろうね? 採掘用って感じじゃないし、かといって、巣穴にしては大きすぎるし。天然物にしては凸凹無くて綺麗過ぎるしさー」


 先頭を進みながらリアンがあちらこちらを照らす。言われてみれば、彼の疑問ももっともな穴だった。


 空気に生臭さがあるので、生物が暮らしていてもおかしくはないと思うが、そのために掘られた穴かと問われると疑問が残る。横幅はともかく、高さを稼ぐには、それ相応の大きさのある生物である必要があるはずだ。

 まばらに緑色の光が瞬く天井は、手を伸ばしても全く届かぬほど高い。


「あ、おい。ユリア、リアン。上を見ろ」

「上?」

「何さ?」


 立ち止り天井を見上げながら、ゼフィールは二人に上を見るよう促した。そこには、ぽつぽつではあるが緑の光が瞬いている。ラスクがまとう緑と同じ光だ。


「なんか高い所に光が見えるね」

「あれはちょっと無理だわー」

「だよなー」


 高すぎて手の届かぬ光を見ながら三人でぼやく。よくよく見てみると、足元や手の届く高さにも光はあるが、あまりに薄い。

 奥に目を凝らしてみると、光の密度が上がっている気がする。


「もう少し奥まで行けば、手の届く範囲にまとまって生えてる光苔もあるかもな。ラスクだって、天井なんて登れないだろうし」

「キュイー」


 マントの下からラスクの声がする。まるで肯定するかのようなタイミングだ。


「ラスクもこう言ってるし、もう少し奥まで行ってみるか」

「君、ついにラスクとも話せるようになってきたね」

「俺もそんな気がする」


 肩の上でラスクが嬉しそうに騒ぐので、少し黙るように軽く叩く。本当に静かになって驚いたのは言うまでもない。




 奥へと探索を進めるに従って、段々と光苔の密度が上がっていった。今では一面光苔に覆われているような状態だ。


「光苔も見つかったし、帰るか」


 濃くなってきた瘴気が煩わしく、ゼフィールは帰還を提案した。

 この穴に漂う瘴気に身をさらしていると、怨嗟えんさの気持ちが強く刺激される。同時に感じる、内と外から身体を蝕もうというねっとりとした悪意。

 漠然と負の感情全てを刺激してきた"ウルズの泉"の瘴気とは異なる感覚だ。


 しかし、ゼフィールの提案は、穴の奥を指すリアンに反対された。


「あのさ、もうちょっと行ったら行き止まりっぽいから、そこまで行ってみようよ。何かあるかもしれないし」


 わくわくした目でリアンは奥を見ている。冒険譚のように、最奥に何かあると期待しているのかもしれない。確かに、もう少し行った所で穴が終わりそうな気配はある。少し先に行き止まりの壁のようなものが見えるのだ。

 あまり行きたくはないが、強く反対するにも気が引ける。


「分かった。さっさと行って帰ろう」


 不快感を押し殺し、ゼフィールもリアンに続いて奥へ進んだ。思っていたよりすぐに終着点に辿り着き、ぐるりと周囲を見回す。

 最奥はちょっとした広間になっていた。一面に光苔が生えており、まるで満天の星空に投げ出されたように錯覚してしまう。


 ただ、その星空には一部分だけ黒い影があった。広間の入り口付近で、入る時にはちょうど死角になってしまう位置に。

 だから、その危険性に気付けず入ってしまった。この部屋まで。


「キュイィッ!」


 肩の上でラスクが威嚇の声を上げた。

 その声に反応したのか、影がのそりと動く。小さく丸まっていた身体がゆっくりと大きくなり、見事な爪の生えた左手が地面に叩きつけられた。続いて右手が、長くて太い首が、そして、重たそうな尻尾が出てくる。


「シャァアアアアアアッ」


 牙の並んだ口から雄叫びが漏れ、天井近くまで背の翼が広げられた。

 広間に隠れていた影。その姿は、噂にしか聞いたことのない竜そのものだった。

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