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白花の咲く頃に  作者: 夕立
火の国《ハノーファ》編 死に至る病
29/104

3-8 エトナ高地

 ◆


「ホルガー? ああ、うちに泊まってるよ」


 リアンの問いに宿の主人はあっさりと答えた。


「彼、今、宿にいます?」

「いや、昨日出掛けて行ったから今はいないな。いつもの感じだと夜には帰ってくると思うけど、急ぎかい?」

「いえ、そこまで急ぎじゃないんで。僕達も宿を取りたいんですけど、一部屋空いてます?」

「空いてるよ。それじゃ、ここにサインを頼むね」


 主人が帳簿を差し出してくる。それに三人分の名前を書きながら、リアンは会話を続けた。


「ちなみに、ホルガーさんがどこに行ってるか知ってたりします?」

「さぁね。だが、山に向かう連中と同じ装備で出掛けるから、山に入ってるんじゃないかな」

「あの山って何か採れるんですか?」

「うん? ああ。薬の原料になる草とかが採れるらしいよ。ここじゃないと採れない物も多いらしくてね、いい値段で取引されるらしい。羨ましい話だよ」


 主人は棚から部屋の鍵を取り出すと、それをリアンに渡す。


「はい、これ部屋の鍵ね。ああ、そうそう。最近この辺病が流行ってるから、用が済んだらさっさと出て行った方がいいよ」

「それは怖いですね。ホルガーさんが早く戻ってくるのを祈るとしますよ」


 主人から鍵を受け取ると、三人はあてがわれた部屋へ引き上げた。

 窪地の村は背後に背負う山――エトナ高地へ入る為の拠点の村らしく、恒常的にハンターが訪れるらしい。お陰できちんとした宿泊施設があった。

 といっても、宿はここしかない。この村に滞在しているなら、彼もここにいるのではないかと尋ねてみたのだが、正解だったようだ。


「ホルガーさんサックリ見つかって良かったね」


 荷を下ろしたリアンが背伸びした。


「そうだな。さっさとこの地方から離れられそうで何よりだ」


 ゼフィールも荷を下ろす。マントを脱いで一息ついたところで、肩の上にラスクがいないことに気付いた。今の今までいたはずだが見当たらない。どこに行ったのかと見回してみると、マントの下から毛皮がコソコソと出てくる。


「キュイー」


 一声鳴くと、ラスクは部屋の隙間から外へと出て行ってしまった。

 ユリアが窓を開け外を探していたが、振り返って首を横に振る。


「駄目ね。見つからない」

「あいつ急にどうしたんだ?」

「運動不足だったんじゃない? まぁ、出入り口はあるし、そのうち帰ってくるって」

「それもそうか」


 リアンの言う事はもっともだったので、ラスクを気にするのは止めた。

 帰って来なかったとしても、元々拾ったリスだ。野生に帰りたいのなら、その方がいいだろう。


「……――さん。ユリアさーん」


 開け放したままだった窓からユリアを呼ぶ声が聞こえた。名を呼ばれた彼女が外を見たが、苦虫を噛み潰したような顔をしてすぐに窓を閉める。そのまま外から死角になる位置に移動した。


「誰?」

「自分で見てみれば? 多分まだそこら辺にいるわよ」


 つれないユリアの言葉に、リアンが窓へ行って外を眺める。その途端に納得の表情に変わった。


「誰だったんだ?」

「君も知ってる人だよ。エミちゃんの村でさ、ヨーナスさんていたじゃん。彼だよ」

「?」


 ピンと来ずにゼフィールは首を傾げた。

 ヨーナスという男は知っている。しかし、彼はゼフィール達がエミの村を出た同じ日の朝に、別の村に向け出発したはずだった。目的の村まで行った後に折り返してきて、自分達と同じルートをとったとしても、数日の開きがあるはずだ。


(なぜあいつが俺達のすぐ後にここに到着するんだ? 自力で歩かなければならない以上、追いつかれるとも思えない。それに、馬車が乗り入れないこの村に来る理由は無いと思うんだが)


 なんとなくユリアを見た。ゼフィールの視線に気付いたのか、不機嫌な表情のまま彼女が睨んでくる。


「何よ?」

「いや、別に」

(やたらとユリアに絡んでいたが、まさか彼女を追いかけて来たってことはないよな)


 何にせよ、ヨーナスが会いに来そうな気がして、ゼフィールは脱いだばかりのマントに再び包まった。




「私がここにいる理由ですか? ユリアさんを追いかけてきたからですが」


 同じ宿に部屋を取ったヨーナスが挨拶にきた。そこで、どうしてここにいるのか尋ねてみたところ、返ってきた答えがこれだ。

 こめかみに青筋を浮かべたユリアが指をポキポキと鳴らす。笑顔なのが逆に怖い。


「一度本気でシメなきゃ、近寄るなって言ってる意味がわからないみたいね」

「あ、あ、あ。まぁ落ち着いて。冗談ですって。ここで割のいい仕事があったのを思い出して引き返して来たんですよ。そしたら窓からユリアさんの姿が見えて、つい」

「馬車の護衛はどうしたんだ?」

「あの道は来る時にガッツリ掃除しておきましたからね。今はまだ安全なものですよ。でもそれだと、私の報酬は雀の涙になるので……。その旨を説明して、すぐに降りてきたんです」


 どうせなら稼ぎたいですからねぇ。と、ヨーナスは笑う。


「皆さんはなぜこちらにいらしたんです? 正直言って、あなた方のような一般の方がいらっしゃる場所ではないと思うのですが」

「それはあんたに言わないといけないことか?」

「これは立入ったことを伺いました。いや、失礼」


 ヨーナスは少しバツの悪そうな顔で手を振る。


「何にせよ、またお会いできて嬉しいです。ユリアさん、また会いましょうね」


 ユリアに爽やかに微笑むと、ヨーナスは部屋を出て行った。

 閉じられた扉をリアンは見、そして、ユリアに視線を向ける。


「彼さ、ブレないよね。ある意味凄いと思うよ。あんな人滅多にいないだろうし、ユリアももうちょっと優しくしてあげればいいのに」

「そんなに言うならリアンが相手してあげればいいじゃない。顔一緒なんだから、カツラでも被れば分からないんじゃない?」

「嫌ー! やめて! 気持ち悪いこと言うから鳥肌立っちゃったよ! 見てよコレ!」


 袖をまくりあげたリアンが全力で不服と主張する。もちろんユリアも言い返し、いつもの喧嘩が始まった。そんな二人の言い合いを聞き流しつつ、ゼフィールは窓から外を眺める。


(ヨーナス。少しは信用してもいいのか?)


 窓から見える空は、遠くから見た時と同じで少し陰って見える。空気も心なし不快だ。ヨーナスの信用度も、この空や空気のように、なんとも微妙な感じだった。



 ◆


「あんたがホルガーで間違いないか?」


 宿の入り口から入ってきた中年の男にゼフィールは声をかけた。

 中年男は亜麻色の無精髭に茶色の瞳で、厚着に大きな鞄を背負っているとなると、山登りの装備に見える。

 宿の主人はホルガーが今夜あたり帰って来ると言っていた。まだ夕方だが、その程度のズレは誤差の範囲だろう。彼がホルガーではないかとあたりをつけた。


「そうだが。君は?」

「俺はゼフィール。あんたの娘と知りあう機会があってな」

「失礼だが、どういう知り合いかな? あの子は幼い。君のような大人? と知り合うことは無いと思うんだが」

「エミが村へ帰る途中一緒になって。しばらく共にいたら仲良くなったんだ」

「そうか、エミは帰ってきたのか」


 エミを思い出しているのか、懐かしそうにホルガーは髭を撫でる。彼はゼフィールに若干不審げな表情を浮かべたが、アゴをしゃくり、空いている椅子へ歩きだした。


「話があるなら聞こう」


 ホルガーは背負っていた荷を床に置くと、自身は椅子にどっかりと座る。ゼフィールもそちらへ行くと、彼に倣い椅子に腰かけた。

 何から話すべきかとずっと悩んでいたのだが、考えは未だまとまっていない。結局、口から出た言葉は最もシンプルなものだった。


「単刀直入に言う。あんたの奥さんとエミは亡くなった」

「?」


 ホルガーが帽子を脱ぎかけていた手を止め、不思議そうにゼフィールを見る。


「何を言っているんだ?」

「奥さんとエミは殺された。俺が看取った」

「どういうことだそれは!? いや、病で死んだならともかく、殺されたっていうのはどういうことだ!?」


 立ち上がったホルガーがゼフィールの胸倉を掴んだ。顔を近付け、ギリギリとマントを締め上げてくる。


「なぁ、どういうことなんだ!?」

「落ち着いてくれ! なぜ彼女達が狙われたのか、犯人が誰かとかは、俺が村を出てきた時には分かっていなかった。確かなのは、彼女達が亡くなったということだけだ」


 息苦しくなり、ゼフィールはホルガーの手を叩いた。ふらつくようにホルガーが手を離して、ようやく胸元が緩み、呼吸が楽になる。

 ゼフィールが大きく息を吸っている傍らで、ホルガーは項垂れながら椅子に座り込んだ。ガックリと肩を落とし、膝の上で指を組んでいる。


「その話が本当だとしたら、オレは何の為にここまで……」

「共同墓地に埋葬してある。エミがあんたに会いたがっていたから、帰ってやってくれ」


 話は終わりとゼフィールは席を立った。その背にホルガーが声をかけてくる。


「妻の病は治っていたか?」

「いや、俺が見た時は苦しそうにしていたな。医者も治療法を知らないから、あんたはここに来たんだろう?」

「そうか……。そうだったな」

「治療法は見つかったのか?」

「基本は対処療法らしいが特効薬があるらしい。薬の素は分かっているんだ。この高地のどこかにある光苔から、薬効成分が抽出できると医者が言っていた。しかしな、それがいくら探しても見つからないんだ。くそっ、さっさと見つけてさえいれば!」


 床を強く踏みつけホルガーが呻いた。組んだ指を握り締める彼は、大柄であるにも関わらず随分と小さく見える。

 そんな彼にかける言葉を見つけられず、ゼフィールは部屋に戻った。




「あ、お帰りゼフィール。ラスク帰ってきたよ。動物の帰巣本能ってすごいね」


 部屋に入るとリアンとラスクが出迎えてくれた。


「お帰りラスク。外は楽しかったか?」


 ゼフィールの足元へ走り込んできたラスクに手を出してやると、するすると登って定位置である肩におさまる。

 結局彼は野生には帰らなかったらしい。

 肩の上から頬ずりをしてくるラスクを撫でてやりながら、ゼフィールは双子に先ほどの報告をする。


「そういえば、ホルガーと会ったぞ」

「そうなんだ。よく会えたね」

「運が良かった。後は、大まかな特徴を聞いていたお陰だな」

「それで、お母さんとエミちゃんの事は伝えたのかい?」

「ああ……っくしっ!」


 盛大にクシャミが出た。その音に驚いた様子のユリアが顔を向ける。


「やだ、ゼフィール風邪?」

「いや、そんなはずは――」


 妙に鼻がムズムズした。主にラスクが肩の上に乗ってから。

 ラスクに触れた手も何やら粉っぽい。そっと彼を掴んで目の前に持ってきてみると、毛皮に何かの粉を付けていた。


「お前どこに行って遊んできたんだ? こんなに粉だらけになって」


 ラスクの毛皮についた粉を落とそうと軽くはたいてみたが、中々落ちない。触ってみると微かにしっとりしていた。


(ただの粉じゃないのか?)

「ずっと山登りだったんだから、疲れてるならさっさと休みなさいよ。疲れてたら、普段ひかない風邪もひいちゃうかもしれないでしょ?」


 くしゃみが気になったのか、ユリアがゼフィールのもとへやって来た。彼女の身体が窓から入ってくる夕日を遮り影を作る。

 そして、ゼフィールは見た。ラスクの身体に付いている粉が淡く緑に光る光景を。

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