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白花の咲く頃に  作者: 夕立
火の国《ハノーファ》編 死に至る病
28/104

3-7 父を探して

 ◆


「こんな小さな村でも殺人が起こるだなんて、恐ろしい世の中ですね。嗚呼、可憐なお嬢さん、あなたもお気を付けて。今度会う時は私があなたを襲いますから、それまで元気でいてくださいね」


 惨劇のあった翌日、早朝。

 相変わらず騒がしく、ヨーナスは数人の村人と共に馬車に乗り出て行った。昨日言っていた護衛業というやつだろう。


 その日は人々の心を映したような曇りだった。エミとその母を焼く煙が細く立ち昇り、空の灰色と混ざる。


 小さく少なくなった骨は共同墓地に埋められた。その上に目印代わりの石が置かれ、それだけの粗末な墓が、彼女達がいた証の全てだ。

 せめて花を供えてやりたがったが、この辺りには適した花が無い。村人に倣い小石を墓前に供えた。


 エミ母子を襲った犯人は未だに捕まっていない。ゼフィールも現場を見たが、犯人につながる証拠は残っていなかったように思える。


 無理やりに犯人像の手掛かりにするならば、特殊な技術の持ち主だということだろうか。

 一般人が胸を刺せば普通は骨に当たる。しかし、エミの母は心臓を正確に一撃で刺し貫かれていたという。そんなことが出来るのは手練の剣士か医者、もしくは殺し屋くらいだろう。


 エミの家は殺人が行われただけで、荒らされた形跡は無かったらしい。かといって、殺された二人は人に恨みを買うような人柄でもなかった。

 動機の見えない殺人が、ますます犯人像を不明瞭にしていた。


 犯人が不明だったのはゼフィールにとって良かったのかもしれない。あの場で犯人が分かっていれば、暗い感情に任せて殴りつけていただろう。

 犯人が分からないからこそ、エミの死を純粋に悲しむことができた。




 エミの葬儀を終え、郊外の診療所まで来ると、ゼフィールは扉を叩いた。


「開いてるよ」


 返事があったので中へ入る。決して片付いているとはいえない部屋の片隅にあるソファから、白髪交じりの老人が起き上がるところだった。


「あなたが医者せんせいですか?」

「そうだよ。聞かない声だね。まぁ、患者なら診るだけだけど。怪我かい? 病気かい? そこで立ってるのもアレだから、そこの椅子にでも座って」


 大きな欠伸をしながら医者は入口近くの椅子を指す。そして、自身もその対面にある椅子に腰かけた。しかし、ゼフィールは入口に立ったまま動かない。そんな彼に、医者は不思議そうな顔を向けた。


「座らないのかい?」

「聞きたいことがあって来ただけなので。あなたが流行り病についてホルガーと話していたと聞きました。彼がどこに行ったか御存じありませんか?」

「知ってるよ。だけど、見たところ君はこの村の人間じゃないね。そんな君が、どうして彼の行き先を知りたがるのかな?」


 少し俯きながら医者はゼフィールに視線を向けた。その顔には警戒の色が浮かんでいる。昨夜あんな事があったばかりだ。警戒されるのも当然だろう。

 情報を得るためには信用を得なければならないのだろうが、どうすれば良いのか思いつかず、ゼフィールは頭を下げた。

 何もできないが、教えてもらうしかない。


「縁があってエミと仲良くなったのですが、彼女は父親の帰りを楽しみにしていました。母親も亡くなってしまったので、彼が薬を求める理由は無いはずです。ならば、少しでも早く帰って来てやって欲しいと思いまして。お願いします。彼の行き先を教えてください」


 共にいたのは二週間弱だったエミだが、彼女と遊んだ日々は楽しかった。記憶はまだ鮮明で、思い出にしてしまうには新し過ぎる。

 そんなエミはもういない。亡くなってしまった彼女にしてやれる事は、もう、これくらいしかなかった。


「……まぁ、そういうことなら、教えてあげてもいいかな」


 医者の言葉にゼフィールは顔を上げた。

 頭をボリボリと掻きながら、医者がそこら辺の紙の山をひっくり返し始める。たまに、どこにやったかな、と呟いているので、何かを探しているようだ。


「私に治せれば良かったんだけど、生憎と治療法が分からなくてね。だから、流行り病の発祥地って言われているエトナ高地を教えてやったんだ。そこの医者なら、治し方を知っているかもしれないからね。あ、あったあった」


 山の中から医者が一つの紙束を取り出す。彼はゼフィールを手招きすると、紙をペラペラとめくり、あるページで止めた。


「今いる村がここ。で、エトナ高地がここだ。僻地のせいで馬車じゃ行けない所でね、山道を登って行くしかない。地図はあるかい? 持ってないなら書き写してあげるけど」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。あの、この病に治療法は無いんですか?」


 地図から顔をあげ、ゼフィールは尋ねた。

 医者の話を聞いているうちに少しだけ気になったのだ。

 ホルガーがどれ程前に旅立って、エトナ高地との往復にどれだけの時間が掛かるのかは知らないが、まだ帰って来ていないということは、治療法が見つからずに足止めを食らっている可能性もある。


 有りもしない治療法を求め、家族と離れている間に妻子を殺されてしまったのだとしたら、それはあまりに哀れだ。


 ゼフィールの問いに、医者は鼻頭を掻きながら少し遠い目をした。


「私は知らないけど、医術は日進月歩だからね。患者の多い地域なら治療法が確立されているかもしれないとは思うよ。あくまで可能性の話だけどね。救いは、患者に触れたり近くにいるだけじゃ感染しないってことかな」

「そうなんですか? では、どうやってうつるんです?」

「それもよく分からないんだよね。看病していてもうつる人とうつらない人がいるし、患者と全く接点が無いのに発病したりもする。そうだねぇ。精神的に弱ってる人がかかり易い傾向はあるかな?」

「随分と気紛れな病ですね」

「そうなんだよ。予防策も立てられなくて困るよね」


 医者が深くため息をつく。彼の話を頭の中で反芻しながら、ゼフィールは、ふと、自分も病に触れていたことを思い出した。


「実は俺、エミの母親と接触があったんですが、今なんともなければ、うつってないと考えていいですかね?」

「身体はだるくないかい?」

「いえ、全く」

「じゃぁ大丈夫だろうね。最初は身体がだるくなることから始まって、気が付いたら動けなくなるらしいからね。その頃になると身体に斑点が出てくるんだけど。後はじわじわ弱って、死んじゃうんだよ」


 医者の言葉にゼフィールはわずかに身震いした。

 隣のおばさんが大して警戒してなかったこともあり、少し重篤になる風邪程度の認識だった。


(俺が病にかかることは恐らくない。だが、ユリアとリアンは……)


 青い血は病に対する耐性が高い。現に、ゼフィールはこれまで風邪をひいたことが無かった。しかし、双子は違う。丈夫ではあるが普通に風邪もひく。そんな二人が流行り病に感染したら――考えたくもない。


「まぁ、エトナ高地に行くなら気を付けるんだよ。私としてはさっさとこの地方を離れることをお勧めするけどね」

「はい。色々ためになりました。ありがとうございます。では、これで」

「あ、そういえば――」


 ゼフィールが頭を下げ診療所を去ろうとしたところに、医者が何かを言いかけた。まだ何かあるのだろうかと振り返ってみると、医者がこちらを興味深そうに見ている。


「エミちゃんの傷を癒した人物は頭からマントを被っていたらしいね。治癒魔法を使える人が手伝ってくれれば、私の仕事も随分と楽になると思うんだけど。君、知らないかい?」

「どうでしょうね?」


 再度頭を下げると、今度は振り返らずその場を後にした。




 診療所の前で空を眺めていると、荷物を抱えたユリアとリアンがやって来た。二人から少しずつ荷を受け取り鞄に押し込む。


「問題無く買えたみたいだな」

「まぁね。ゼフィールの方はどうだったのさ? エミちゃんのお父さんの行き先聞けた?」

「ああ。エトナ高地という場所に行ったらしいな。山道を登って行かないといけないらしい」


 地図を取り出すとリアンに場所を示す。単調な道だったので簡単に頭に入ったようで、リアンはすぐに歩き出した。その後にユリアもついて行く。

 ゼフィールはそんな二人の後ろ姿を眺めるだけで、歩き出せなかった。

 彼がついてこない事には二人もすぐに気付き、怪訝そうに振り返る。


「何か忘れ物?」

「エトナ高地は流行り病の発祥地らしい。この村より病が蔓延している可能性もある。病にかかると、最終的に待っているのは死だ。お前達は行かない方がいいかもしれない」

「あのねぇ――」


 ユリアはゼフィールのもとへと戻ってくると、軽く彼の胸を突いた。


「そんなのゼフィールも同じでしょ? あんたが行くなら私達も行くに決まってるじゃない」

「俺はほとんど病にかからない。だけど、お前達は違うだろう?」

「無駄無駄。そんなこと言ってもユリアが諦めるわけないじゃん。まぁさ、もしも発病しちゃったら君の血でも飲ませてよ」


 リアンもゼフィールの傍らに来ると肩をぽんぽんと叩く。しかし、ユリアに睨まれていることに気付くと、足早に去って行った。その後をユリアが笑顔で追いかける。

 二人は無言で追いかけっこをし、少し離れた所で振り返ると手を振った。


「ゼフィール早くー」

「ああ、今行く」


 陽気な二人に促され、ゼフィールも足を踏み出す。


(ホルガーは必ず見つけ出す。だから、二人が病にかからぬよう守ってやってくれ、エミ)


 肩の上に収まるラスクをマントの中で撫でながら、ゼフィールは双子に追いつくため歩みを速めた。



 ◆


「なんか集落が見えてきたわよ」


 一人先行しているユリアが、山道の先からゼフィールとリアンに呼びかけた。


「……ああ、そう。やっと……着きそうなんだ」


 息を切らせながらリアンが応答する。途中で拾った杖代わりの枝のお陰で大分楽をしているはずの彼だが、それでも、空気の薄い高地ではきつそうだ。


 エミの村を出て四日。

 エトナ高地を目指してひたすら山道を登ってきた。標高は随分上がったようで、今では雲が下に見える。進むにつれて空気は薄くなり、日差しは強くなってきているのだが、体感気温は下がる一方だ。空気に含まれる水分が服を湿らせ、それがまた一段と体温を奪う。


「二人とも普段の体力作りが足りないんじゃないの?」

「ユリアが鍛えすぎだと……思うんだけどね。僕」


 普段は低地で生活しているゼフィール達だ。元気なのはユリアくらいで、男二人はあっという間にへばってしまった。

 ゆっくり上がって来たので高山病にこそかかっていないものの、正直、何をするにもきつい。今も、ユリアに返事をする元気すら無い。


 ようやくユリアに追いつき、そこからゼフィールは景色を眺めた。

 なだらかに下る山道の先に、地に張り付くように立てられた家々が見える。村の規模は大きくない。エミのいた村より少し大きいくらいだ。

 窪地に作られた村は空気が淀みやすいのか、雲の上にあるにも関わらず、やや陰り気味だった。村の先にある高山のせいで陽の光が遮られているのも原因かもしれない。

 山から吹き下りてくる冷たい風に鳥肌がたった。


「思ったより寒いな」

「ほんとだよ。まさか温暖な《ハノーファ》で、こんな寒い所に来るとは思わなかったよ」


 リアンが腕を擦りながら村を見下ろす。その前をユリアが歩いて行った。


「そろそろね、休憩してくれてもいいと思うんだよ。ユリア」

「まぁ、もう少しだから頑張るしかないだろ」

「だよね。早くホルガーさんを見つけて、《ハノーファ》名物の温泉にでも入りたいよ。僕」

「俺もだ」


 冷たい風に服をはためかせながら、三人は窪地の村へと向かった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 火葬なんすね。 防疫のためって感じでもないし……火の国だからかな?
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